16:魔法島から来たエルフ3
もし自分がこの家の本当の子どもだったなら、胸を張って「行きたい」と言えたかもしれない。
でもリロは、リオパール家の厚意で置いてもらっているだけの穀潰しだ。
リオパール家の皆はリロを家族だと言ってくれる。
さらに、家も食事も衣服も用意してもらっている上に、勉強まで見てもらっている。
だからこそ、こういうことに関しては、気が引けてしまう。
ハシノ村には学校なんてない。
でも、それが「お金のかかるもの」だということは、リロにもなんとなくわかっていた。
学校に通うには、費用がかかる。制服やノート、魔法の道具など、すべてが無料ではないはずだ。
ロバートが、学校に入ったら向こうで暮らすことになると言っていた。つまり、生活費も必要になる。
(リオパール家の子にしてもらえただけで、じゅうぶん)
今以上を望むのは贅沢だ。リロは自分に言い聞かせる。
胸に灯った小さな憧れは、そっとしまい込むことにした。そのはずだったのに……。
「じゃあさ、リロも、アヴァレラに行けばいいじゃん。ねえ、父さん、母さん」
ロバートの無邪気な声が、すぐ横から上がる。
「えっ……!?」
リロはギョッとしてロバートと……それから両親のほうを見た。
けれど、ふたりは驚くでもなく、むしろ息子の言葉に頷いていた。
「そうだな。リロには魔法の才能もありそうだし」
「リロが行きたいなら、私も賛成よ。アヴァレラを卒業して、損することなんてないわ」
それでもなお、不安が消えずにいるリロの顔を見て、カミラは朗らかに笑った。
「大丈夫よ、リロ。お金の心配ならいらないわ。勉強のことだって、これから頑張ればいいの。アヴァレラの最低入学年齢は十二歳だから、まだまだ時間はたっぷりあるでしょう?」
「でも……」
「五歳の子どもが気を回しすぎよ。うちの家はこう見えて、二人を学校へ行かせるくらいの余裕はあるんだから。アヴァレラの学費なら、良心的だしね」
「リロの気持ちはどうなんだい?」
サムが優しく問いかける。
「わたし……、おにいちゃんと同じ、魔法島のがっこうに行きたい」
そして、自分が何なのかを知りたい。
心の奥にしまい込んでいた小さな願いを告げると、リオパール家の皆とクリストファーがにっこり笑った。
「決まりだね」
クリストファーはそう言うと、持っていた鞄をガサゴソと探り、リロに一冊の分厚い本を差し出した。
「魔法学校に入るために必要な知識が書かれた本だよ。市販されている本だから、ここへ持ってきても問題はない。お兄ちゃんと一緒に、これで勉強するといい」
「……ありがとう」
「入学試験は難しいよ。受験者は多いけれど、合格者はごく僅か。頑張ってね」
クリストファーの言葉に、リロはぎゅっと唇を結び、力強くうなずいた。
「うん……!」
そうして、クリストファーから本を受け取る。
金の装飾が光るその本は、重くて、分厚い。知らない言葉がたくさん詰まっていそうだった。
ロバートが横から手を出して、重い本を持つのを手伝ってくれる。
「うわぁ、うちにある辞書並みの重さだ。もっと重いかも」
兄のおどけた口調に、リロは思わずくすりと笑った。
そのあと、クリストファーはサムやカミラと一緒に、何やら真剣な話を始めた。
内容までは聞こえない。
ロバートがリロの手を引いて言った。
「俺たちは二階に行こう」
「う、うん……」
リロたち子どもは、さりげなく席を外し、二階の居間へ移動する。
そうして、テーブルの前の椅子に腰掛けた。
「ねえ、リロ。その本、ちょっと見てみようよ」
ロバートに言われ、リロはテーブルの上に置いた分厚い本をそっと開いた。
「……ぜんぜん、よめない……」
ページにびっしりと並ぶ文字の海。
(ひぇ……)
リロには、そこに何が書かれているのか、まったく見当がつかなかった。前途多難だ。
落ち込んでいるリロの横で、ロバートは真剣な顔でページをめくっている。
どうやら、文字は読めているらしい。リロは彼に尊敬の眼差しを向けた。
「おにいちゃん、わかるの? よめる?」
「読むことはできるよ。でも……内容は、ほとんど意味不明だな。言い回しが難しいし、専門用語ばっかり」
そう言って、ロバートは肩をすくめた。
どうやら、兄にとっても、入学への道のりは険しいようだった。




