14:魔法島から来たエルフ1
ロバートと一緒に家へ帰ると、店先で心配そうな表情を浮かべた、サムとカミラがリロを出迎えてくれた。
「リロ、大丈夫だったかい? ロバート、迎えに行ってくれてありがとう」
「急に飛び出していっちゃって、びっくりしたわ。リロ、あなたのおかげで、お父さんは無事よ」
手を繋がれたままのリロは、ぱちくりと瞬きする。
(……怒られない。おにいちゃんの、言ったとおり)
そっとロバートを見上げると、得意げな笑みを浮かべていた。
「それにしても、リロは魔法が使えたのね。小さいのにすごいわ」
カミラは、責めるどころか、むしろリロを褒めているように見える。
「……魔法、使っていいの?」
「ええ、もちろんよ。ここでは、魔法を使っても、誰も怒ったりしないわ。……とはいえ、人間が魔法を使える例は、ほかに知らないから……一度、専門の人に見てもらったほうが、いいかもしれないわね。獣人の場合と、違うところがあるかもしれないわ」
その話を聞いて、リロは再び不安になった。
やってくる人がハシノ村の人みたいに、攻撃的な相手だったら困る。
「大丈夫よ。変な人は呼ばないし、私たちが、リロを守るからね」
まるで心を読んだかのように、カミラが微笑む。
リロは、彼女の言うことなら、信頼できると思った。
※
そうして、何日か経ったあと、カミラが呼んだ「学術機関の調査員」がやってきた。
リロに難しいことはわからないが、様々な魔法を判断してくれる人だそうだ。
「やあ、初めまして。魔法島の魔法研究施設から来た、クリストファー・リエルトフだ」
リオパール家にきたのは、金色の髪をした、耳の長い男性だった。
家族全員で、店の前で彼を出迎える。
隣に立つロバートが、こっそり「あれはエルフっていう種族だよ」と教えてくれた。
(えるふ……はじめて見た)
父のサムが、エルフの男性――クリストファーを店内に案内する。リロたちも、その後ろに続いた。
クリストファーは、奥の接客用の椅子に腰掛け、ぐるりと店内を見回す。
「いい店だね。商品の品質も、魔法島のものと遜色ない。もっといい場所に店を出せばいいのに」
すると、サムが「ここがいいんですよ」と言って微笑んだ。
「森に近くて材料が豊富です。それに、うちの店には、帝都から買い付けに来てくださる、お得意様がいますから」
「ああ、なるほど。これだけの腕があれば、ね……」
そう言うと彼は、今度は、近くに立つリロに視線を移す。
「君だね。人間なのに魔法を使えるという子は」
「……!」
リロはロバートの袖をぎゅっと握りながら、勇気を出して声を上げた。
「こ、こんにちは……リロです。五歳です!」
クリストファーは淡い緑色の瞳で、リロをまじまじと見つめる。
(どうしたの、かな?)
少し不安になっていると、彼が柔らかい笑顔を浮かべて言った。
「わぁ、若いね。僕の年齢を四十三か四で割ったくらい? こんにちは~」
「よん、じゅう……? ええと……?」
数の数え方や計算方法は、母のカミラに習っている最中だ。
(この人、にじゅっさい、くらいに見える……けど)
耳を疑うような年齢に驚いていると、ロバートがまたしても「エルフは長生きなんだ」と、小声で教えてくれた。
「こっちへきて、顔をもっとよく見せて」
言われて、リロはおずおずと、にこにこ微笑むクリストファーに近づく。
「ああ、桃色の髪に、桃色の瞳……――に似てる。ここにいたんだね」
「……?」
リロにしか聞こえないほどの声量で、よくわからないことを告げるクリストファー。
「あの、わたし、どうして魔法、つかえるの? にんげん、なのに」
何か答えがあるはずだと、リロは期待を込めて彼を見る。しかし……。
「なんでだろう?」
帰ってきた言葉は、期待外れも甚だしかった。
(魔法せんもんの人、じゃ、なかったの?)
あからさまに落胆するリロに向かって、クリストファーは「まあまあ」と明るく笑う。
「パッと見ただけじゃ、わからないという意味だよ。そうだ、君の魔法を見せてくれる?」
リロは戸惑った。
(この人には、魔法、見せてもだいじょうぶ、だよね……?)
おそるおそる、両親のいるカウンターのほうを見ると、彼らは大丈夫だよというように微笑んだ。
そうして、カウンターの下から、リロの頭くらいの大きさの石を取り出して持ってくる。
「この石に、リロの魔法をかけてみましょう。お庭で少し練習したでしょ? あのときと同じように、できる?」
実は、あのあと、リロは両親と一緒に庭で魔法の練習をした。
意図せず物を壊してしまうことを防ぐため、自分の意思で魔法を制御する練習が必要と言われたのだ。
無理のない範囲で、リロは魔法で石を粉砕し続けた。
「おかあさん、わたし、できるよ」




