10:新しい家族とカドの町
山に捨てられたと思っていたリロに、新しい家族ができた。
養子の手続きが済み、リオは正式にリロ・リオパールになったのだ。
怪我をして眠っていた、あのベッドのある部屋が、リロの新しい部屋になった。
自分の居場所を得たリロは、朝から部屋の掃除をしつつ、新しい家族について考える。
少し過ごしただけだが、リロは既に彼らが大好きになっていた。
今度の家族、リオパール家の人々は少し変わっている。
聞けば、ハシノ村にいたリロたち「人間」とは違う、「獣人」という種族らしい。
とはいえ、見た目は人間とあまり変わらない。耳と尻尾がついているくらいだ。
リオパール家の人たちは「豹の獣人」だそうだ。
父のサムと兄のロバートは普通の豹獣人、母のカミラは黒豹獣人らしい。
獣人には「兎」や「熊」など、様々な種類がいる。
けれど、大抵は同じ種族同士で結婚するのだそう。
これは、好きな食べ物や、生活習慣の違いが理由なのだそうだ。
肉を食べる者、食べない者。昼行性の者、夜行性の者。などなど、獣人は種類によって、暮らし方が全く違ってきてしまい、共同生活が困難なようなのだ。
(でも、ここの人たちは、わたしを、受け入れてくれた)
豹獣人は肉が多めの食事をとるが、リオパール家の皆は、リロのために野菜や果物、穀物を敢えて用意してくれている。
彼らは肉を多めにとるだけで、野菜が食べられないわけではないらしい。
だが、肉以外の食べ物は、さほど好きではないように見える。
(たぶん……わたしに、合わせてくれてる……)
前に「わたしのごはん、お肉だけでいいよ」と言ったら、皆から「リロは肉だけじゃ駄目」と、強めに言われた。
以来、家族の食事は肉が増えたが、リロのものだけは野菜と果物、穀物や豆類が多めである。
ハシノ村にいた頃の家族は、弟や妹が生まれて食い扶持が増えたら、文句ばかり言っていた。実際、村では「口減らし」をする家族もいる。
だから、リロは、自分を引き取ってくれたリオパール家の皆に、申し訳ない気持ちを感じていた。
(……やさいを植えよう。やさいならタダ、村でも植えてた)
種が手に入らないのには困ったが、この間キッチンで、捨てられていたカボチャとオレンジの種を拾った。
土に埋めたら、生えるかもしれない。
リオパール家は「アクセサリー工房」をやっていた。
家は三階建ての縦に長い建物で、屋根にはコケが生えていたり、花が咲いていたりする。
三階は両親と兄の部屋、リロがいた二階は、ロバートの祖母の部屋と生活スペースがあった。
一階が店と工房になっている。
建物の周りには、小さな庭と倉庫があった。
庭の一部もまた作業場になっていて、白いペイントの施された木でできた素朴な倉庫には、両親が集めたり買ったりした、アクセサリーの材料が入っている。
父のサムが、庭の隅っこに、リロ用の花壇のスペースを作ってくれた。
リロはそこに、キッチンで拾った野菜の種を埋めようと思っている。
リオパール家は帝国の「一般的な家庭」らしい。
他の家は知らないが、少なくともハシノ村の住人たちより豊かな暮らしをしているように思えた。
森の近くのこの場所は、獣人地区の「カドの町」という。
緑の溢れる集落で、リオパール家と同じような建物が周囲にいくつも並んでいる。
ハシノ村よりも住人が多く、全員が農民というよりも、農業を担当する人や工房を担当する人、そのほかの店を営んでいる人が多い場所だ。
町全体で役割分担がされている。
(ここにいるのは、みんな、『獣人』みたい)
ロバートの言っていた「帝国」は、正確には、「ボウル帝国」という名前らしい。
そして、リロのいた人間の国は、「ピア王国」という名前があったようだ。
世の中には、まだまだ知らないことがたくさんある。
ボウル帝国には、獣人の他にも様々な種族が住んでいるみたいだが、ここは獣人地区と呼ばれる場所のため、住人の多くが獣人で構成されているらしい。
獣人は自然が多い場所を好むので、こういった国境沿いに多く住んでいるのだとか。
けれど、ボウル帝国の中心地へ行くと、様々な種族が混じり合って暮らしているという。
(人間も、いるのかな?)
リロはハシノ村しか知らない。そして今はカドの町について覚えている最中だ。
(もっとたくさん、世界を知りたい)
昼前に、母になったカミラがリロ用の服を持って、部屋に現れた。
いつもロバートのお古を着ていたが、カミラはリロ用の服を用意してくれたようだ。
「あなた用に、こっそり服を作ってみたの。うちは『アクセサリー工房』ってことになっているけど、私は服だって鞄や靴だって作れるのよ。女の子の服、作ってみたかったのよね」
渡されたのは、白いワンピースと、その上から羽織るふわふわの上着だ。
上着には白いフードがついている。てっぺんには、リオパール家の皆のような耳があった。
さらに全体に、ロバートや父のサムの耳のような、豹柄の模様が入っている。
「かわいい……」
ロバートの服も、ハシノ村で着ていた使い回しの服に比べたら、綺麗で気に入っていた。
だが、上から布を縫い付けてもらっていたとはいえ、お尻に尻尾用の穴が空いていたし、新たに自分用の服をもらえたことは特別に嬉しい。
「あなたの桃色の髪に合うと思って、上着は雪豹みたいな柄にしてみたのよ」
「ゆきひょう?」
「白い豹ってこと」
「とてもすてき。ありがとう、おかあさん。服、だいじにする」
リロは服を受け取ると、にっこり笑った。
「んんーっ! うちの娘が可愛すぎる! さっそく着てみて」
カミラは目をきらきらさせている。
言われたとおり、リロは着ていた服を脱いで、新しい衣装に着替えた。
鏡の前に立つリロの頬は、嬉しさから、ほんのり赤くなっていた。
「ああっ、予想通り、可愛いわ! 作り甲斐があるわ!」
リロは新しい服を、とても気に入った。
可愛くて素敵なのはもちろんだが、フードを被っていると、獣人の仲間になれた気がするのだ。
「わたし、ゆきひょう獣人に、なれた?」
「ええ、そうね。リロは素敵な女豹だわ」
「……めひょう。わたしは、めひょう」
新しい服がすっかり気に入ったリロは、いつもフードを被るようになった。
気分はすっかり、雪豹獣人だ。
その後も、リロの服のレパートリーは少しずつ増えていくことになる。
リロがすっかり豹耳を気に入ったので、カミラは豹耳付きの帽子や、カチューシャも用意してくれた。




