9:拾われ少女の処遇(ロバート)2
人間は、魔法が使えないのにプライドが高く、他の種族と仲良くできない困った存在。
そんな感じの話を、ロバートは街で聞いたことがある。
(リロは違うけどな)
まだ幼いからかもしれないが、彼女は素直で、ロバートや両親に対して面倒な態度をとったりしない。
「ロバート、リロが、うちの家族になってもいいかしら?」
真剣な表情の母に問われたロバートは、素早く頷く。
「リロが妹になるんだよね?」
「そう。あなたは、あの子のお兄ちゃん」
「いいよ、あの子なら妹になっても。放り出したら可哀想だ」
それに、リロとなら、仲良くできそうな気がする。
彼女がハシノ村で、いないことにされている話を聞いたら、余計に守ってあげたいと思ってしまった。
獣人族はよく、「庇護欲が高い」と言われるけれど、ロバートもそれに当てはまるのかもしれない。
(少なくとも、五歳の子どもを放っておけないよね)
両親やロバートの決断を聞いた熊の獣人は、こちらの本気を感じ取ったようだ。
「本当に、いいんですね?」
「ああ」
ロバートの父親が答えた。
「……それでは、養子縁組の手続きをします。少し例外的な措置になりますが、あの子の保護を目的としていますので、なんとかなるでしょう。書類を用意して、また、こちらへ伺いますね」
「面倒をかけるね」
「とんでもない。子どもを守ることが我々の仕事です。リロにとって、とてもいい結果になったと思いますよ」
熊の獣人はそう告げると、ゆっくりと立ち上がり、居間をあとにする。
両親は彼を見送りに行った。
ロバートは、食べ終えた食器を流しに運び、洗って片付ける。
(リロが、妹になるのか……)
リロに、このことを話したら、どう思うだろう。
そんなことを考えていたら、居間の扉の向こうから、こちらを伺う視線を感じた。リロが起きてきたのだ。そして、初めて部屋から出て、居間に来た。
ロバートのお古の、大きめの寝間着を引きずりながら、リロはおそるおそる、ロバートに近づいてくる。
「おはよう、リロ」
「……おは、よう」
いつも、リロはビクビクしている。臆病な小動物のようだ。
(虐待されていたから……かなぁ……?)
その意味は、七歳のロバートでも知っていた。
「ご飯、食べる?」
「……? ……うん」
それでも、リロはロバートに、こうして会いにきてくれる。なんとなく、それが誇らしかった。
キッチンへ向かい、既に用意されていたサラダやパンを適当に皿に載せ、ロバートはリロに運んでいく。フォークとナイフも準備した。
「リロ、そこに座って」
テーブル席を指し示すと、リロはそっと頷いて、椅子を引いた。
五歳の人間の少女に、この家のテーブルや椅子は、少し大きいようだ。
テーブルに皿を載せると、リロは「ありがとう」とお礼を言い、渡したフォークとナイフを使って、いそいそと食事を始める。まだ、カトラリーの使い方が下手だ。
グラスに水を入れてリロのテーブルに置いてあげるのと同時に、父と母が居間に戻ってきた。
「あら、リロ。起きてきたのね。ロバート、朝食の用意をありがとう」
優しく声を掛ける母の横から、のっそりと父が歩いてくる。
「リロ、大事な話があるんだ」
食事の手を止め、フォークとナイフを皿に置いたリロが、じっと父のほうを見る。
「ごめんね。リロの家を探したけれど、見つけられなかったんだ」
父は嘘をついた。村人たちの仕打ちを、リロに話したくなかったのだ。
リロは少し安堵したような、それでいて不安が増したような表情を浮かべた。
「それで、リロ。よかったら、うちの子になってくれないかい?」
椅子に座ったまま、リロは大きく目を見開く。そんな彼女に向かって、父は話を続けた。
「僕も妻も、息子のロバートも、君を歓迎するよ」
リロの瞳が揺れる。
「……の?」
かすれるような声が彼女の喉から出た。
もう一度、リロは父に問いかける。
「……いいの? わたし、ここにいて、いいの……?」
父の言葉の真の意味を、リロは正確に理解しているようだった。
思ったよりも聡い子どもだ。
自分の境遇も、村人の自分に対する仕打ちも、全部わかっていたのだろう。ただ、無力さから、全てを諦めていたのかもしれない。
けれど、ロバートたちが、リロを家族に迎え入れたことで、彼女に新たな道が開けた。
「当たり前だよ」
父の隣に並んだロバートは、二人の会話に混じる。
「リロこそ、いいのか? ここは君の家じゃないけど」
言われたことを反芻するように、リロは数度瞬きする。
そして、無言でコクンと頷いた。
同時に彼女の目から、じわりと涙が溢れ出てくる。
「わっ……リロ……!? 大丈夫!?」
他人の涙に弱いロバートがオロオロしていると、母がやってきて男二人を押しのけ、正面からぎゅっとリロを抱きしめた。
「あなたはうちの子。誰がなんと言おうと、今日から私の娘なのよ。だから、これからはリロ・リオパールと名乗って」
そっと体を離した母の服は、リロの涙で濡れている。
「私は、カミラ・リオパール。横にいるのは夫のサム。ロバートの名前は、もう知っているわね?」
黒い瞳で視線を合わせ、母は言い聞かせるようにリロに告げる。
「今後は私のことをお母さん、サムのことはお父さんと呼ぶの。わかった?」
うるんだ瞳を揺らしたリロは、本当にそう呼んでいいのか迷っている様子で、しばらく戸惑っていた。
やがて、こわごわと小さな口を開く。
「……うん。お、おかあ、さん」
窺うような視線で、おそるおそる母を見る。
母はというと、そんなリロの様子を見て、頬を緩ませていた。
「あらまあ。なんて……なんて、可愛いの」
母が心から、そう思っているのが伝わってきた。
実際、リロは可愛いのだ。
幼く健気で素直で、人間だからか体も小さい。ひたすら、獣人の庇護欲を掻き立てる存在なのである。
それは、父とロバートも同じだった。
「リロ、僕のことも、お父さんと呼んでみてくれないか?」
「……? おとうさん」
名前を呼ばれた父は、嬉しそうに尻尾をピンと立てる。
羨ましくなり、ロバートもリロに話しかけた。
「俺のことはお兄ちゃんって呼んで」
「……おにいちゃん」
ロバートもまた、身を震わせ、尻尾を天井に向かってピンと伸ばした。




