1:初めて魔法を使った日
空に浮かぶ大きな島の天気は快晴だった。
海から吹く風が、肩上で切りそろえられた桃色の髪を揺らす。
「ここが、魔法島……私がこれから暮らす街」
古いけれど大きくて丈夫な鞄を手に、十二歳のリロはおろしたての茶色い靴で石畳の道を進む。
真新しい制服は、ネクタイ付きの白いブラウスに、レモンイエローのチェック柄のキュロット。
(まさか、私が魔法学校に通えるなんて……)
あの頃は、こんな未来があるなんて、想像することさえできなかった。
※
「出て行け! この化け物!!」
鋭い叫びとともに飛んできた小石が、五歳の少女――リロのこめかみに当たった。
鈍い衝撃のあとで小石は乾いた音を立て、枯れ葉の積もる地面に転がり落ちる。
日暮れが近づく材木置き場に、秋の冷たい風が吹き抜けた。
赤く染まりかけた空の下、リロは桃色の頭を抱え、小さく背中を震わせる。
怒りに顔を歪めた村の大人たちがリロを取り囲んでいた。
「……いたい、よう……」
「黙れ! 呪われた子どものくせに!」
「……っ!」
罵声がまた飛んだ。
恐怖に身をすくめたリロは、どうしたらいいかわからず、静かに後退して彼らから距離をとる。
(こわい……こわいよ……)
カサカサと足元で枯れ葉が小さな音を立てた。
(どうして? 皆、前は優しかったのに……なんで、変わっちゃったの……?)
戸惑っていると、さらに罵声を浴びせかけられる。
「気味の悪い娘だな! 人間なのに魔法なんか使いやがって!」
「リロは人間じゃないんだよ! 幼い子供のふりをした化け物だよ!」
皆が口々にリロを責め立てた。庇ってくれる人なんていない。
おそるおそるこめかみに手をやると、指先が濡れた。
見ると、それは真っ赤な血だった。
「ひっ……や、やだ!」
混乱と恐怖に突き動かされ、リロは思わずその場から駆け出した。
(いたいよ……血、こわいよ……)
けれど、一番痛むのは、怪我をした場所じゃない。
心が……胸の奥が、締め付けられるように痛んでいた。
(かなしい……)
涙で滲む視界の中、何度も転びそうになりながら、小さな足を懸命に動かす。
そして、材木置き場の傍にある、朽ちかけの家の裏口から、よろめくようにして中へ飛び込んだ。
バタン、と背後で扉が閉まる。もう誰の声も聞こえない。
心臓がドクドクと激しく脈打ち、ハアハアと吐く自分の息の音がやけに大きく感じられる。
扉の近くの薄汚れた壁にもたれ、リロはその場にしゃがみ込んだ。
「いたい……おなか、すいた」
か細い声が、しんと静まり返った家の中に落ちる。
怪我した箇所を確認すると、腕にも足にも、あちこちに小さな傷がついていた。
擦りむけた皮膚にはまだ土がこびりついていて、こめかみの痛みはじんじんと熱を持っている。
(どうして、こんなことになってしまったの?)
優しかった皆から、冷たい目で見られることが悲しかった。
(わたし、あんなことをしなければよかったの? 魔法なんて使わなければ……)
土で汚れた頬を涙が伝った。
難しい理屈はまだ知らない。
けれど、それでもわかることがひとつだけあった。
(わたしが……あのとき、「魔法」を使ったから……わるいの? だから、みんな、怒るの?)
それがすべての始まりだったように思う。
村の大人たちの態度が急に冷たくなったのも、きっと「魔法」が原因だ。
(でも、だったら……あのとき、どうすればよかったの……?)
いくら考えても答えが見つからない。
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
自分はあのとき、魔法を使おうと思ったわけではなかった。
(たおれてきた木から、村長を助けたかっただけだったの……)
あの瞬間、リロの体の中を何かが走り抜け、魔法として光が放たれた。
その光がはじけて、重たい木が村長にぶつかる寸前で、小石のように小さく砕け散った。
自分でも、未だに意味がわからない。
けれど、その結果がこれだ。
リロの胸の奥が、また、きゅっと苦しくなった。
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