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前編

 ロックバンドとは明るくて、大騒ぎが大好きな陽キャのものだと思われていないだろうか?

 実際、私が軽音楽部に入部し、初めてその部室に顔を出した時、あまりに場違いな空気に包囲されて、危うく自分を消してしまいそうになった。

 ミオ先輩がその時ちょうどそこにいてくれなかったら、私は煙を吐いてその場に倒れ、誰にも発見されることなく、夜に誰もいなくなってから気がついて、ひとりでトボトボと暗い道を家に帰っていただろう。


 私はただの、地味で暗い、顔だけはそこそこいい女の子だった。


 ロックになんて、特に興味ももってなかった。


 ミオ先輩を知るまでは。


「あっ。新しく入部してくれたひとだよね?」


 陽キャの集まりの中で消えそうになっている私を見つけ、ミオ先輩が声をかけてくれた。

 憧れのかわいい顔がすぐ前に近づいてきた。ほっぺたがアンパンマンみたいでかわいい……。腰まである長い髪がかっこいい……。


 そう、引っ込み思案で根暗で大人しすぎる私が自主的に軽音楽部に入部なんかしたのは、ミオ先輩に憧れてのことだった。


 ミオ先輩は高校二年生ながら『つゆだく豚丼』という4人組のバンドで今年、インディーズレーベルからデビューした。動画サイト等で絶賛売り出し中で、まだまだこれからのバンドだが、絶対に有名になると私は確信している。

 まずバンド編成が面白い。ミオ先輩以外は全員男子で、三人ともがボディービルディング同好会とかけもちしている、つまりはムキムキマッチョだ。

 そんな中に一人だけ女の子だからということもあるが、ギターボーカルのミオ先輩の存在感はとにかく飛び抜けている。

 高校生らしくフレッシュでかわいいのに、かっこいいのだ。明るくてポジティブで、見ているだけで勇気がもらえる。

 作詞・作曲もこなし、まるで10年ぐらい芸能活動をやっているかのようにステージ度胸があり、愛嬌がある。


 私が入学してすぐの頃、『新入生歓迎パーティー』と銘打って、ミオ先輩のバンド『つゆだく豚丼』が体育館でミニライブをやったのだった。

 それを見て、私はひとり、雷に打たれたぐらいのショックを受けた。


 すごい──

 パワーに溢れてて、かっこいい──

 それなのに、かわいい!


 なんだ、この、色んなすごいものをまとめて食らったみたいな、痺れるほどの感動は!


 私もやりたい……!


 こんなすごいことがやってみたい!


 アイドルとしてもデビューできそうなミオ先輩と違って、地味でオドオドしてる陰キャの私だけど、そんなことはその時はどうにかなる気がしていた──っていうか忘れてた。


 憧れのミオ先輩と初対面して、そんな胸の中のいっぱいの気持ちを、言葉にして伝えたかった。


 でも気持ち通りに私の口は動かず、ただヘラヘラと笑って、「はい」だの「よ、よろしく」だの、誰でも言える言葉が不器用に出るだけだった。


「みんな楽しいひとばっかりだから、仲良くやろうね」

 憧れのひとが太陽みたいに笑ってくれた。

「えっと……、お名前は?」


「かっ……、影倉かげくらです!」

 先輩に名前を知ってもらえる感激に、声がひっくり返った。

影倉かげくら陰子いんこですっ!」


「インコちゃん? かわいい名前!」

 どうやら鳥の音呼インコだと思われたようだった。

「あたし、大本おおもと美緒みお! よろしくね、インコちゃん」


 知ってる。


 ミオ先輩は、誰にでもフレンドリーで、みんなを幸せにしようとするひとだ。


 彼女に笑顔で話しかけられると、誰でも自分が特別仲良しにしてもらえたような気持ちになる。何人の男子に勘違いされ、どれだけ「ごめんなさい」を誠意を込めてこのひとが言ったかを、私は知っていた。


 それでも私は有頂天にならずにいられなかった。



 ♪ ♫ ♬ .。.:*✧



 一人でギターは練習して来ていた。

 動画サイトで色々学び、『つゆだく豚丼』の新曲『You Win!!!』もフルで弾ける。


 でも、誰も『一緒にバンドやらない?』と、声をかけてくれない……。


 男子の先輩がドラムの練習をしている部室の隅っこで、消えそうになっている私を見つけ、ミオ先輩が声をかけてくれた。


「ねぇ、インコちゃん、ギター希望なんだよね?」


 テレテレとしながら、私は無言でうなずいた。


「ギターは希望者多いから、なかなか誘ってもらえないんだよねぇ……。仲良しさんで固まっちゃってもいるし……」


 なるほど……と思いながら、私はテレテレとうなずいた。


「だからさ、ベースに転向しない?」


 えっ? と思ったが、私は従順にうなずいた。




 ちょうどベーシストのいないガールズ・バンドがあって、私はそこに入れてもらえた。みんな私と同じ一年生だ。


 他のひとのエレキベースを借りた。初めて触るエレキベース──


 弦、太っ!


 ネック、長っ!

 指、届かな……いっ!


「UFОの『Rock Bottom』、弾ける?」

 ボーカルの子から、聞いたこともない曲名を聞いた。


「……じゃ、ほぼ同じ音ばっかり弾いててくれたらいいから。やろうよ」


 ギターのひとが、なんだかカッコいいリフを弾きはじめた。

 彼女が目で合図するのに合わせて、私は言われた通りのリズムでベースを弾きはじめる。


 ドードドド、ドドドド、ドドドド、ドドドドーン──


 必死だった。


 つまらなくはないし、カッコいいんだけど、ただ必死でピックを動かしてるだけだった。


 ずっと思ってた。


 私は『つゆだく豚丼』の『You Win!!!』がやりたい!


 できればギターを弾きながら、ボーカルやりたい!


 私、ミオ先輩みたいになりたくて、軽音楽部に入ったんだから……っ!





 演奏というか練習が終わって、みんなはスポーツドリンクを飲みながらお喋りをはじめた。

 私はすることがなくて、だけどしたいことはあって、ウズウズしていた。


 ボーカルのひとがさっきまで歌っていたマイクが放置されてある。

 そろ〜りと近づいて、指でコンッってしてみた。スピーカーからゴウンって音が鳴った。


 アンプの電源はまだ切ってないようだ。


 今、これに向かって歌ったら、私のボーカルが、スピーカーから流れ出す。


 歌った。


 とても声の小さなお坊さんがお経を唱えるような声で。


「ゴンにょー、ゴンにょー、ゴニョゴニョ、ゴンにょー」みたいな、呪いの呪文みたいなものがスピーカーから漏れはじめた。


 みんなが不気味なきのこでも見るような顔をして、私を遠巻きに見ていた。



 ♪ ♫ ♬ .。.:*✧



 軽音楽部に入って10日ぐらい経った頃のことだった。

 私がお昼休みに、図書室で楽譜の読み方を勉強していると、聞き覚えのあるヒソヒソ声が複数、聞こえてきた。


「影倉さんさー、正直キモいよねー」

「何考えてんのかわかんないわ、アレは」


 思わず身を屈めた。

 おそるおそる覗いてみると、軽音楽部の先輩たち、私がベーシストを務めるバンドのメンバーたち、そしてミオ先輩が、テーブルを挟んで私の噂をしているのが見えた。


「表情ないしさ、見ててつまんない」

「どう考えてもロックには向いてないだろ、あの子」

「同じ部屋にいるだけで湿気が増すっていうか、憂鬱な空気撒き散らかしてくれるから、やめてほしい」


「自己主張が下手なだけなんだよー、インコちゃんは」

 ミオ先輩が困ったように笑ってた。

「仲良くしてあげようよ。みんなが仲良くないと、あたし、やだよ」


「そう言ってもさ、ミオもわかんないっしょ? あの子のこと」


「うーん……」

 ミオ先輩が、もっと困った顔になった。

「だよね……。何がやりたいか、言ってくんないもんね」


 涙と声が出そうになった。


 私は──


 私は──!


「でもね、この前、チラッと見かけたら、ウチのバンドの曲のフレーズ、弾いてたよ?」


 あ──


 見ててくれたんだ!


 そう! 私は──!


「もしかして、『つゆだく豚丼』のコピーやってくれたがってたりするのかも? だったら嬉しいな」


 そうです!


 私は、ミオ先輩に憧れて──!


 他のひとが、全員、笑った。


「あの子にミオの曲、似合わないよー!」

「ポジティブなミオの曲が汚されそう」

「やってほしくないわー」

「曲にカビ生えそう」



 ♪ ♫ ♬ .。.:*✧



 その日から私は部室へ行かなくなった。

 辞めることもせずに、ただ成り行きに任せて消えるつもりでいた。

 

 あるいはミオ先輩が連れ戻しに来てくれたら、戻ろう──


 そんな考えも頭の片隅にあったが、先輩が一年の私の教室に姿を見せてくれることはなかった。




 屋上でひとり、お弁当を食べていた。


 梅雨の空はどんより曇っていて、今にも雨が降りそうだったけど、降ったら濡れればいいやと思いながら──


 やっぱりバンドがやりたかった。


 ギターを弾いて、人前で歌ってみたかった。


 以前にミオ先輩のインタビュー記事が載った音楽雑誌を買った。それは私の宝物だ。

 先輩のことばは全部、暗誦できる。


『みんなの背中を押すような音楽がやりたいんです』 


 その通りだ。ミオ先輩の音楽はポジティブで、まったくその通りだ。私もそれで背中を押された。


 ──でも、私はミオ先輩みたいにはなれなかった。


 涙がこぼれそうになった時──


「おい」


 いきなり声をかけられて、お弁当を投げ出しそうになるほど驚いた。誰もいないと思ってたのに!


 振り向くと、屋上のさらに上にあがる梯子のところに、背の高い女子がひっかかるようにぶら下がって、こっちを見てた。病的に顔が白くて、幽霊かと思った。


 地の底から響くような声で、その子が言う。

「……オマエ、軽音楽部なんだってな?」


「だ……、誰ですか?」


「隣のクラスのひとたま霊子れいこってモンだ。よろしく」


「よ……、よろしく」


「……ギターボーカルなんだってな、オマエ」


「それが希望だったんだけど……」


「やらせてもらってねーのか?」


 私は陰鬱にうなずいた。


 すると彼女が言ったのだった。


「……じゃ、オレたちのバンドに入らんか? 軽音楽部には所属してねーけど、フリーでバンドやってる。ギターボーカルを探してたんだ」


「えっ!?」

 私は彼女の白い顔を見た。


 彼女は何も言わずに、ただ白すぎる顔をニヤッと笑わせた。



 ♪ ♫ ♬ .。.:*✧



 彼女のあとをついて行った。


 学校から出て、謎の地下室へ入って行った。


 階段を下りるにつれて、なんだかどんどん湿気が高まってくる。

 どんどん暗くなる中で、隣の彼女の顔がぼうっと白く浮かび上がった。


 鉄の扉を無言で彼女が開いた。


 中は音楽スタジオみたいになっていた。とはいえコンソールとかモニタースピーカーはなく、ひとつの部屋の中にドラムセットとアンプが置いてあるだけだ。

 埃が湿気で貼りついたような、そこそこ広い部屋のその中に、よく見れば二人、人間がいた。ソファーの背もたれ越しに、こっちをじっと見ていた。


「ゾンビ?」

 メガネをかけたボサボサ頭の女の子が顔を上げ、言った。

「ゾンビが好き。あたしゾンビが好き」


「ふはははは」

 逞しい体躯の女の子が腕組みをして、魔王みたいに笑った。

「タマよ、連れて来たのか。この世を憎む同胞を?」


「紹介しよう。影倉かけくら陰子インコ──オレたちの仲間だ」

 一ツ玉さんは私を二人に紹介すると、私にも二人を紹介してくれた。

「そっちのメガネが草田くさた屍鬼シキ、こっちのデカい女が赤鬼頭あかきとう剛右衛門ごうえもん──もちろん二人とも芸名だ」


「そ……、それで……」

 私はタマさんに聞いた。

「ど、どんなバンドをやるんですか?」


「決まってるじゃねーか」

 タマさんの白すぎる顔が、薄暗い空中で、ニタァと笑う。

「陰キャバンド『人類絶滅計画』のギターボーカルをオマエにやってもらうんだよ!」




      


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― 新着の感想 ―
な‥‥名前がっ‥‥!(^^;) この設定と、どこか乾いた地獄テイストのタッチが椎名さんらしさのような気がします。
陰キャラの視点からして陽キャは「リア充め!」と心の中で叫びたくなりますよね。 逆に陽キャらは陰キャラの事はどう思っているんだろう?
 これはもしやビジュアル系パンクバンドだったりするのでしょうか……。  素顔を偽って反骨精神丸出しではっちゃける。  陰気キャラのストレス発散には向いてそうです。
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