執行官
正直なところ自信は全くないですが、また投稿してみようと思いました。
この話は、「エルフェンリート」というアニメを見返していたときにふと頭に思い浮かんだものです。
アニメの内容とこの短編の内容は全く違いますが、前述した作品のテーマの1つに"差別"がありました。
一言に差別と言っても色々あり、職業差別、人種差別、身分による差別など…と、僕も似たような題材の何かを書いてみたいと思い、執筆した次第です。
拙文で申し訳ないですが、一行だけでもお読みいただけたら幸いです。
闇の中から光が浮かび上がる夢を何度も見る。
いつからだったかはあまり覚えていない。
確か、父が死んでからだったような気もするし、兄が狂い始めた頃からだったかもしれない。
俺はその闇を覗き込んでおり、光が眼前に迫ってきたところでいつも目が覚めるので、光の正体は
分からずじまいだった。
また憂鬱な朝が来た。
この朝を何年と繰り返しているが、未だに慣れない。
仕事着に着替え、職場へと向かう。
今日は何人殺せばいいんだ。
俺の仕事は執行官だ。
罪人の首に斧を振り下ろすことで食っている。
他の国では執行官の精神の負担を減らすために何人かで行われる上に、銃が使われることがほとんどだ。しかし、この国では執行人は一人。渡されるのは銃ではなく、大斧というなんとも古臭い道具だ。
人材と金銭の余裕が無い、と言われるが、それは建前で、国のお上、あの老い耄れは仕事の内容も分からぬまま古い考えを振りかざしているのだろう。
昔から執行官は一人で何人も処刑するものだ、と。
そんなことを思いながら、自分の持ち場に足を運ぶ。
途中で刑務官とすれ違うが、皆俺のことを避けて通っていく。
それもそうだ、この国の執行官は穢れ仕事と見なされており、賃金も安いため、やろうとする人がいない。なので執行官の息子である俺に白羽の矢が立ったのだ。
準備室で神に祈りを捧げた後に、せめて苦しませぬようにと刃を入念に研磨する。ギャリギャリという不気味な音は、屋外にも聞こえているらしく、同僚達は気味悪がって誰一人このあばら家には近づこうとしない。
もうすぐ罪人がやってくる。重い腰を上げ、斧を持って刑場に入ると同時に、処刑を見物に来た物好きな連中の歓声が静寂を切り裂いた。
"今日も豪快に頼むぜ!"
"悪人に裁きを下してやれ!"
(うるさいな、狂人ども。
お前らのような歪んだ正義感を掲げる連中が俺は大嫌いだ。)
心の中でそう呟きながら斧を担ぐ。
処刑場はコロシアムのように円形で、東と西の方角に出入り口があり、観客席以外に屋根はなく、雨でも雪でも処刑は執り行われる。執行官は北の方角、罪人は南の方角から姿を現す。この国では処刑は一種の娯楽であり、観客は飲食をしながら観賞することができた。
数分後、鐘の音が鳴り響き、刑務官に半ば引きずられる形で罪人が来る。
その姿を見て、俺は愕然とした。
「こ、子ども...ち、ちょっと待ってくれ、まだ子どもじゃないか!」
見たところ、10歳くらいだろうか。シミだらけのボロ布同然の服を着せられ、その体は痛々しいほどに痩せ細っており、無数の傷痕が見えた。髪はボサボサで、伸びきっているため、性別もはっきりしない。その子は怯えるでもなく泣き叫ぶでもなく、ただ死んだ魚のような目でじっと俺を見つめていた。
動揺する俺をよそに、刑務官は罪人を強引に跪かせると、断頭台に頭を乗せた。
刑務官は俺と子どもを交互に睨み付けると、踵を返して去っていく。
その後ろ姿に向かって俺は叫んだ。
「この子が何をしたっていうんだよ!
いきなり死刑を宣告するなんて非人道的じゃないか!」
「穢らわしい口を閉じろ、執行官。
こいつはな、重罪人なんだ。
こういった奴らの命でお前は生かされてるんだろう?結構なことではないか。
それに、非人道的と言ったか?こいつの右腕を見てもそんなことが言えるのか?」
「何だと?」
腕を見てみると、奴隷の証である"犬の頭骨"の刺青があった。
おそらく、この子は主からの逃亡を図ったため、死罪となったのだろう。
「こ...これって...そんな…」
「こいつは奴隷、道具なんだよ。
道具に人権などあるわけがないだろう。」
「道具だと?
ふざけるな!こんなのあんまりじゃないか...」
刑務官はその言葉を聞くと、ずかずかと俺に歩み寄り、冷たい目をして言った。
「死穢に冒された者の分際で、大口を叩くな。
それともお前が首を刎ねられる側に回るか?
お前の父のように情に絆されて処刑できませんでした、なんて執行官は恥だからな。
さぁ、どうする?」
その言葉を聞いて俺は返す言葉が見つからなかった。
「やらせて...ぃ、いただきます...」
「それでいい。
情など捨てろ。
執行官とはそういうものだろう?」
俺はその子の前に立つと、無心で斧を曇天に振りかざした。刹那、刑場が割れんばかりの歓声と、
カピロテを被った聖職者達の神への祈りで包まれる。
俺はゆっくりと深呼吸をし、精神を落ち着かせると、斧を思い切り振り下ろした。
一瞬の静寂の後、観客からの非難が一斉に身を貫き、杯や石、果てにはナイフが投げ込まれた。
それもそのはず、俺の斧は首枷と断頭台を繋ぐ鎖を切断し、罪人を解放したからだ。
刑務官達は観客の怒りを静めることに集中しており、こちらには目もくれていなかった。
その隙に俺は斧を投げ捨て、子どもを抱きかかえて刑場から抜け出した。
刑場の外には、中に入ることができなかった観客達が犇めいていた。
そして俺を見つけるや否や、様々な言葉で罵倒を繰り返した。
「この恥さらしが!」
「穢れた血に溺れて死んでしまえ!」
「黙れ!
罰せられるべきは貴様らの方だ!
人の死を娯楽とした挙げ句、今度はこの力無き子どもの命を弄ぶというのか!?
お前らの所業こそ地獄の業火で焼かれるに値する大罪だ!」
そう叫ぶと俺は、人の波を押し退け、走った。
行く宛などない。
ただこんな街にはもう居たくはなかった。
なんとか街の門をくぐりぬけた辺りで、後ろから追ってくる憲兵達が見えた。
俺は一瞬怯んだが、すぐに正気を取り戻し、街の外れにある山まで持てる全ての力を出して走った。捕まれば二人共死んでしまう。
俺はどうなってもいい、ただこの子だけは守りたかった。
憲兵を振り切る頃には、辺りは夕闇に包まれていた。
一息つこうと切り株に腰を下ろした時、か細い声でその子が話しかけてきた。
「どうして助けてくれたの?」
「…実は、俺も君と同じだったんだ。」
俺は、右腕にある刺青を切り取った傷痕を見せ、助けた理由を語り聞かせた。
ある執行人が奴隷だった俺を助け、息子として引き取ってくれたこと、父と兄が与えてくれた第2の生を、誰かに分け与えたかったこと。
それを聞くとその子は微笑み、ありがとう、と一言俺に告げた。
「そういえば名前を聞けていなかったね、君の名前は?」
「わたしはオデットっていうんだよ!」
そう言い終わると、少女は少し不満げな顔をして言った。
「でもそういうのは先に名乗ってからって教えてもらわなかったの?」
「ごめんごめん、じゃあ改めて、俺の名前は……」
最後までお読みいただき誠にありがとうございます。
それでは、お目汚し失礼致しました。