不器用トライアングル
男二人、女一人。高校生にしては異様な組み合わせの中、茶髪の彼は言った。
「恋バナしようぜ」
キラキラした目で彼はそう言う。別に彼が恋バナが大好きとかそう言うわけではない。
「別にいいけど。どうしたの? いきなり」
彼女がいるからだ。彼女は長い髪を掴んで耳にかけると胡乱な眼を彼へ向けた。
彼は彼女が好きだ。直接聞いたことはないが普段の態度から明白な事実。彼女も気付いているのではないかと俺は思う。
「いや、なんとなく暇だと思って。な、お前もそう思わね?」
縋るように目を向けられた。課題に目を落として無視を決め込もうとしていたのだが彼がそんなことで引きさがるわけがない。課題を取り上げられてしまった。
「おい、返せ」
「じゃあ恋バナしようぜ」
「……俺もか?」
「お前もだよ」
彼と彼女は俺の机に席を持ち寄って勝手に集まっていたので自身は参加していないと思っていたのだがそうではなかったらしい。
「そうね。二人で恋バナしてもつまらないもの」
「だよな! そういうわけでお前も参加!」
「はあ、わかった。わかったから課題返してくれ」
「おう。お前真面目なー」
彼が課題を机に戻す。ついでに眼鏡をつつくので軽く払いのけた。指紋つける気か。
「で、恋バナって具体的に何するんだ?」
眼鏡を押し上げながら問う。すると彼は今更な疑問を口にした。
「そういえば二人って好きな奴とかいんの?」
「いるわよ。いなきゃ恋バナ成立しないでしょ」
「全く同意見だな」
そんな話をしている間にも数学の問題を一問解いた。彼女は何故か俺を見ている。……見ていて楽しいか?
「じゃ、何年くらい片思いしてんの?」
「あのさ、もう付き合ってるって可能性は考えないの?」
「考えないよ。だって彼女彼氏いたら休日暇だから集合とかしないしー」
「うっ」
彼女が傷付いた表情をした。まあ、確かにこの年頃に付き合っている人間がいないというのはプライド的に問題だろう。俺はそこまで気にしないが。
「俺は三年ー。高校入って初めて会って一目惚れでした」
「あー、アンタそんな感じよね。私も三年かな。高校入ってしばらく見てたらいいなと思って」
「……三年」
どうやら全員高校に入ってから片思い中ならしい。彼が答えると俺が耳を傾ける。彼女が言うと彼が耳を傾ける。俺が答えると彼女が耳を傾ける。そんな微妙な構図が出来上がっていた。
「じ、じゃあ、そいつのイニシャル!」
「え、嘘。そこまで言うの?」
「いいじゃん。本名言えってほど鬼じゃないよ、俺は」
そういう彼は軽薄な笑みを浮かべながらも目は真剣だ。ああ、なるほど。この場面で告白するつもりなのかもしれない。そう思いながら横目で彼女を見ると彼と同じような表情をしていた。……なんでお前らはそういうところで息が合うんだ。
「じゃあ俺から順に言うぜ? リアクションは全員言った後でそれぞれしよう。それでいいよなー?」
「いいわ」
「異議なし」
口調とは裏腹に二人があまりに真剣な表情をしているものだからこちらも決意しなければいけないような気がした。
「んじゃ、行くぜ。俺の好きな奴のイニシャルはM.M。ちなみに同学年」
「私はH.H。同学年よ」
「……S.S。同じく同学年」
とりあえず、現状を把握した俺――春川弘人は課題を閉じた。思わず後悔が滲み出る。ああ、言うんじゃなかった。
彼女――森下美帆と彼――杉田誠二は似たり寄ったりな驚愕の表情。
「あれ? イニシャルで同じアルファベットが並ぶのってこの学年だと俺達だけ、だよな?」
「ええ、そうね。不思議なことに」
「偶然としか言いようがないな」
どうでもいいことでごまかしながら俺は課題を鞄に詰め込む。あああ、言うんじゃなかった。これは絶対に軽蔑される。そんな予感だけをひしひしと感じて俺はいたたまれなくなった。鞄を引っ掴んで立ち上がる。
「じゃ、俺はこれから塾がある」
「え、おう。わかった。また明日な」
「そ、そうね。放課後だものね」
「ん」
苦々しい表情を押し隠すように眼鏡を押し上げてから俺はほぼ逃げるように教室を出た。ああああああああ、言うんじゃなかった!