第7話 実は私、いじめられていたらしい…ってマジ?
「と、言うわけで。よろしくお願いします、お嬢様」
「あ…はあ」
父が、私に小さいクロッセンをたくさん置いてくれるようになってから二日。
家庭教師がやって来たのだけど、…その容姿に思わず胸がときめいた。すらりと伸びた長い藍色の髪に、スクエア眼鏡。この世界では珍しいパンツスタイルの背の高いお姉さまだったのだ…!
(カッコいい…!)
「私の名前はジェンナ・フルワトスと申します」
「は、はい!ジェンナ先生…!!」
「よろしくお願いします。リッハシャルお嬢様」
なんだけど。
「…リッハシャル」
「あ、お父様」
「!!」
父との関係は良好だ。
ここ最近は大分仲良くなれるようなった気がする。
けど、やっぱりこう、抱き着いたりとかそう言うのは恥ずかしいので、もじもじしてしまうのだった。
「初めまして。あなたのうわさは聞いています。フルワトス嬢。なんでも、国立アカデミーきっての天才だとか…あなたの論文も拝見させていただきました。…とても興味深い」
「こ、ここ光栄でございます…!!その、誠心誠意お嬢様にご教育を指導させていただきます!」
(…おやおやおや?)
さて、ここで実は前世の私と同年代たるお父様・レイグッド=ルドヴィガを、違う目線で見てみよう。
若くして伯爵家を継いだスペックは当然高い。すらりと背も高く、佇まいも仕草も美しい。何より、異国の絶世の美女たるお母さまを速攻で落とし、障害を取っ払って結婚するくらいだもの!意外と情熱的なのよね。
しかもまだまだ30代になったばかり…と、言いたくはないけど、誰だって憧れてしまうくらい整った容姿と言える。
そして、このジェンナ先生もその一人のようだ。
(目がハートになってる)
「そう言えば…リッハシャル」
「はい?」
「実は…明日急な来客が来ることになった」
「お客さま?」
ん?なぜ子供の私にそんなことを言うんだろう?
「わかりました、じゃあ、お部屋から出ないように…」
「いや」
「え?」
「…その、侍女たちには言っておくが、明日はしっかり準備するように」
「じゅんび…?わ、わかりました…」
「うむ」
一体どういうことなんだろう?
首をかしげていると、ジェンナ先生が私を見てほほ笑んだ。
「お嬢様。…もし、嫌なことを言われたり、無理な要求をされたら…自分は子供だから、と一度だけ断ることができるんです」
「一度だけ…?」
「はい。…一度だけ、いいですね?子供の特権です」
「はあ…」
(なぜ突然こんなことを?)
「では、本格的な授業は来週から。今週は教材などを準備して…」
「あ、待って先生!」
そうだわ、私には、真っ先に解決しないといけない問題がある!
グイ、と先生の手を引っ張る。
「あのね、…その、読んでほしい文字があるんだけど…」
「文字…ですか?」
私は頷く。
この間、机に刻まれた文字。あれは、母の幽霊が私に残したメッセージだ。
本当は誰か侍女の人や執事の人に読んでもらおうとも考えたけれど。
「とにかくきて!」
「あ…いけません、走っては…」
…もしあれが。
(何か、お母様の死が普通ではない原因があるのだとしたら…大ごとになっちゃう)
「あの…お嬢様?こちらに本当に…お嬢様のお部屋があるんですか?」
「?うん。私のお部屋はあっち!」
まあ、驚くのは無理もない…のかな?
一応立場的に伯爵令嬢となるんだけど、その割には住んでいる部屋が豪華じゃないのは少し気になっていた。だって、北側の日の当たらない部屋なんて、現代で考えても一番家賃が安い部屋になるじゃない?
(私としては…あまりに豪華すぎると落ち着かないし、質素でいいんだけど)
何人かの侍女とすれ違ったけど、みんな道を開けるでもなく、会釈をするでもない。
ここ最近、気が付いたのは、恐らく侍女にもいわゆるロザベーリ派のような奴らがいて、そういう人たちはみんな私のことを煙たがっているということ。
「ついたよ!ここ…」
あれ?
「……お嬢様」
ジェンナ先生の表情がみるみる曇っていく。
「後で…伯爵さまに確認しなくては」
「あの、先生…?」
「ああ、すみません、お嬢様。それで…文字というのは?」
「これなんだけど…その、あ、ある日突然見つけちゃって!でも気になるけど、読めなくて」
まさか、幽霊が書いてくれました、とも言えず、苦しい説明になってしまった…。
「これは…ベラドンナ」
「ベラドンナ…?って」
あ。思い出した。
それって…毒草の名前じゃ。すると、先生は真剣な表情で私の両肩を力強くつかんだ。
「…いつからこれが?」
「え?え?えっと…わかんない、けど…」
あれ、これはちょっとまずいかもしれない。
ジェンナ先生の顔が…怒ってる。
「すぐに伯爵さまにご報告をしましょう。それと、お部屋も交代するようにしていただかないと」
「え??」
あれ?もしかして、これが私に向けられたメッセージだって思ってる?
「変だと思いました…先ほどの侍女たちもお嬢様に挨拶するどころか、皆無礼極まりない態度ばかり…!これは明らかに陰湿な嫌がらせです!」
「い、いやがらせ」
(あれ?もしかして…リッハシャルってば、侍女たちにいじめられていたの??)
思い返してみれば…一人で過ごすことに慣れていた私は気楽でよかったけど、リッハシャルはよくある専属侍女がいるわけでもなく、朝だけ無表情のメイドが来て、服と洗顔の水を用意して去っていくだけ。
夜は勝手に部屋に戻って勝手に寝てるし、あまり気にしたことがなかった!!
「善は急げです!一刻も早く伯爵さまに…」
「ま、まま待って!!先生!!明日はお父様がお客様が来るって言ってたし…」
「ならば猶更!です」
「え?」
「お嬢様…私は、一応名門男爵家、フルワトスの姓を名乗っています。色々と事情がありまして…家門での扱いは末端で、勉強や他の分野で兄二人と差をつけるしかありませんでした。だからこそ…こういう悪質な嫌がらせに関しては、とても敏感なんです」
「そ、そうなの?」
というか、5歳の子供にそれは言いすぎな気もするんだけど。
先生から真摯な想いが伝わってくる。
「ああいう連中は、そう言う家の大事な行事の時こそ、本性を見せるんです」
「ほんしょう」
「さあ。伯爵さまのところに参りましょう。…字が読めないお嬢様の部屋のメッセージに、北側の部屋、それに挨拶をしないメイド達。…これだけ証拠があれば、十分です」
二っと笑った先生はなんだか頼もしい。
ああ、この人はきっと信頼できる。…この世界に来て、私は初めてそう言う人に会うことができた。
それから。
事の詳細はあっという間にお父様の耳に入り、私の部屋は北側のあの部屋から、父の寝室にほど近い日の当たる大きな部屋に移動することになったのだった。
更に喜ばしいことに、昨日厨房に連れて行ってくれたあのルルが…私の専属の侍女となったのだった。
―――そして、これは、私が予想しなかった出来事何だけど。
どうやら、ロザベーリと、レイグッドの仲は元々険悪だったのが、輪をかけて最悪になってしまったらしい。
「…娘のことを任せていたはずだが。ロザべーリ」
「娘などと…所詮、庶子の出。あなたがわたくしとの間に後継が生れれば、存在価値もなくなるでしょう?」
表情を変えずに、さらりと言ったロザベーリを見て、レイグッドは声を出して笑った。
「ははは!…面白い冗談を言う」
「…何がです?」
「6年」
「!」
「君が我が家門に来て、丁度それくらいだったか。…あと1年だな」
「……」
「王国法第129章4節…後継を生まぬ妻は夫の権限で婚姻を解消できる。私は義理を通してきたつもりだが…君も、まだ若く美しい。その気になれば、次の場所などすぐに決まるだろうな」
「…レイグッド=ルドヴィガ‥‥!」
ぎろりとにらみつけるロザベーリの視線を真正面から受け止め、更にレイグッドは続けた。
「私の娘、リッハシャルの部屋は本邸の庭園が見える南東の棟に移動させる。勿論、形だけの侍女達には他家への招待状も渡さずそのまま邸から出て行ってもらうとしよう。…新しい指導者もつけたことだし、将来が楽しみだ。…執事、彼女を外へ」
「かしこまりました」
さっとドアを開き、出ていくよう促す。
くるりと踵を返し、ロザベーリは部屋から出ていった。
それを見届けてから、パイプを取り出した。さっとライターを出した執事は、小さく息を吐く。
「……美しい顔が怒りで歪むと、途端に醜くなる」
「…これでよろしいのでしょうか」
「さあ。…だが、あの人の相手は正直疲れる。…リッハシャルの方がよほど気が楽だ」
「気が楽…というよりは、可愛くてたまらない、の間違いでは?」
「さてな」
誤魔化すように煙草の煙をふかす主を見て、執事の笑みは深まる。
「明日の来客…大丈夫でしょうか」
「……先方からの申し出だ。あとは、あの子が決める事」
「もし、お断りになられたら?」
「その時は…」
もう一度大きな煙を吐き、呟く。
「あの子の意志を…可能な限り尊重しようと思う」




