第31話 花は美しく、姿は見せず
【落ちた実りはいずれ肥沃な土地に、青い葡萄は高価なる宝石に】
以前、フォーレから聞いた。
「ヴァラモ家はモチーフを使った言葉遊びが好きだ」と―――その言葉が、あんな形で目にすることになるなんて。
…教官室で評価表を見つけた直後の事。
「何これ…」
「家門は信用度、容姿や態度は格付け、レートは市場価値…投資額は親の入札金。要するに、この学園自体才能の証券売買の取引所、と言うところかな」
「…葡萄を外見だけで振り分け、形のいい物にはさらに付加価値をつけて金持ちの元に運んでいく…ってこと」
「…シャル」
私は思わず、自分の評価表を地面にたたきつけた。
「…ふざけるな。あのくそ教官…私達の情報を投資ゲームに使ってるってことじゃない…!いっそここから全部書類事ぶちまけて!」
「こらこら。そんなことしても、意味がないことくらいわかるだろ?」
「…でも!!!こんな…私達は人間じゃない!物でもなければ葡萄でもないし!!」
「リッハシャル!」
「!…す、すみません」
…失敗した。つい、取り乱してしまった…。
すると、先輩は床に落ちた私の紙を拾い上げてくれた。
「…君の銘柄は【プラチナ】だ」
「…なんです、それ…」
「いわゆる、誰にも手が出せない、最高級のティッカーってこと」
「あまり、嬉しくないです」
「そう言わないで。つまりは、君の可能性は誰にも価値が決められない高嶺の花…未来の選択権は君自身がもっているってこと…それは、素晴らしいことだよ」
「!」
(この人…褒めて乗せるの、上手だなあ…)
なんだか、毒気が抜かれてしまう。
「落ち着いた?」
う。カッとなったの、ばれていたのね。
――もう、大丈夫。
「はい…今考えないといけないのは、私達の情報が勝手に外部に流れて、その将来性が金で取引されているかもしれないっていう事実。しかも、投資額=親が教官たちに渡している賄賂の額となると」
「大ごとだ。…この学園の体制が非難されるだろうけど」
「なんか、ことが大きくなっていきますね…」
それだけのものを見つけてしまった、という事実に少しだけ怖くなる。
「幸いなことに、この授受表はいつ、だれがオラン教官に補助金を渡したのかが明確にわかる。賄賂を渡す方も受け取るほうも罪にはなるし、学園の統括の本部に送れば教官は追放できると思うけど」
「でも、どうやって?このノートを持っていくのはさすがに」
「いや…大丈夫」
先輩はノートをパラパラとめくっていく。
そして一通り見た後、静かに閉じて、再度私に渡してくれた。
「…ふうん」
「?」
「大体わかった」
「先輩??」
「何か、書けるものを持ってる?」
「め、メモ帳なら」
ウェストバックの中から、小さなメモ紙を渡すと、先輩はものすごい速さで何かを書き込んでいく。
「?!何を書いて…」
「これが一ページ目、2ページ目…1ページにつき30行だから、今年度の入学式に納金したのは全部で136件だね」
「お、覚えたの??」
「うん。これで…教官の末路は決まったも同然だ」
こともなげに先輩は言うけど…これが、速読ってやつ?!
一度見たページを全部覚えきれるっていう…本当にいたんだ、そんなスキルみたいな特技を持っている人って…!
「でも悪いことをする奴って、一人減ってもまた新しい悪者が出てきますよね」
「そうだね。恐らくこの才能市場…情報を独占してる者はこの学園の教官たちだろうし」
「あの、…銘柄の評価をあげて高く売りたい投資家たちが家門や親だとして、それを買うのは誰なんでしょう」
「才能ある子たちが欲しくて、国で一番金を持っている人たちと言えば?」
「…ええと、商人とか、大貴族とか――」
この学園は、みんな将来的に国の重要な機関に就くことが約束されている。
そんな子たちが大人になった時、その才能を買った奴らにとっては、最大のコネクションになる。
(うーん…腐った匂いしかしない…)
「…どういう経緯でこの市場が開かれたのかはわからないけど、ここまで悪習が続いているとなると、その規模は相当だね」
(これは…ちょっと、私ごときの手には負えない。なら…)
「…これ、いっそ、ヴァラモ公爵家の渡すのはどうでしょうか」
「理由を聞いても?」
「さっき先輩も言っていたでしょう?この学園自体ヴァラモ公爵家に関係する人間が多い、って」
「そうだね。…王家の権威など、この学園においては無価値だ」
「なら、身内の後始末は、身内が責任を負うべきでは?」
「……!」
この評価表は、使い方によっては、相当数の人間の人生を狂わすことになる。
悪いことをした奴らはざまあって思うけど…何も知らない生徒たちの将来がおかしくなる可能性が高いし、それは可哀想だ。
「だから、私は…私の目的を遂行します」
私はパラパラと紙をめくり、ミリア・フォルテと、その取りまき達の情報が書かれた紙を取り出した。
(案の上…というか、ミリアの投資額がやたらと高い)
「それをどうするの?」
「言ったでしょう?私は、禿教官と、私と私の友人に手を出した連中を懲らしめたいって。旧校舎の清掃如きじゃあ、全然応えなかったみたいだし」
「うん…それで?」
なんだか、先輩まで嬉しそう。
…私が何をするのか楽しんでるっていうか。
「昼休み…今いる生徒たちが中庭に出た瞬間、そいつらの評価表だけ、屋上からばらします」
「!それは…いいね」
「いっそ、全校生徒がこの不正の目撃者になってもらえばいいでしょう。そしたら、たとえヴァラモ公爵家がこの市場に関わっていてもいなくても…無視はできないもの」
「はは、悪者に不利な証拠は、その手が握りつぶす前に大衆に混乱を!…だね」
「はい。スパイ・シリエルの定義…ファンなので!」
そして…宣言通り、私は屋上からミリアと取りまき達、そのほか私に中途半端ないじめ行為をしてきた連中全員を大量にコピー生産して、屋上からばらまいたのである。
…正直、だいぶすっきりした。そして、ククナはと言うと。
「どう?ククナ!」
「あ、シャルちゃん…」
「え」
次の日、私は今回のアリストクラッツ・フェアーのドレスを製作中の、マダム・ルーランのお店に行ってきた。迎えてくれたのは…げっそりと頬のこけたククナだった…。
「ど、どうしたの…?」
「えへへ…今、刺繍中」
ククナが持っているのは、シュアンのシルクで作ったカメリアの花の造形に金色の糸で刺繍をしている最中だった。
「うん…わぁ…!すごい!カメリアの模様!」
「ふふ、たのしくてたのしくて」
言いながら、ちくちくと刺繍に勤しむククナの目は、完全に据わってる…。
それを苦笑しながら、マダムとお母さんのミナルもまた、ドレスの裾の長さを調整していた。
そのドレスを見て、私も言葉を失う。
「…すごく、綺麗!この花立体的ね?!」
「今回のテーマは満開になる直前のカメリアです。扇子と同じシュアンの布と、ククナの刺繍で、花びら一枚一枚を立体的になるようにグラデーションをつけています。右肩から胸元の花びらと葉を立体的にしたもの、ゴールドのラインで連ねて、弦のようにウェストへとつなげました」
「うんうん!」
「それから腰に広げて、全体にボリュームを出す工夫をしています。ただ…これはお嬢様にお伺いしたいのですが」
すると、同じく目の下にクマを作ったミナルはドレスの後ろの裾を持ち上げた。
「この後ろの部分…トレーンと言います。が、前方の長さをどうされますか?」
見れば、前の方が膝丈だけど、後ろは長い。
「これ、着て歩いたら、後ろが揺れて綺麗ね!このままの形で十分だよ?」
「ええと…大丈夫、でしょうか。アズレアでは、くるぶしまである長いドレスがトレンドなのですけど」
ミナルは、どこか心配そう。
「…いいじゃない。こんなデザイン見たことない!どうせなら、他とは違うドレスを着てみたいな」
「ですが…ううん、わかりました!」
「うん!…任せるね」
「はい!」
ただ、やっぱり大変そう…。
四日で作れ、なんて横暴だったかな…と反省しつつも、予想以上の出来栄えに私は三日後ががぜん楽しみになったのだった。
(そういえば…)
クロノ先輩の正しいことに使う、という言葉を思い出す。
「大丈夫…だよね?」
もう、夜は深い。
そんなことを考えている内に、私はすっかり寝入ってしまったのだ。
**
――ヴァラモ公爵家のタウンハウス。
セフィール・ヴァラモは、ずらりと並べられた招待客のリストをじっと眺めていた。
(彼の名前は…やはり、ない。警戒してるのか、それとも…もう生きてはいないのか)
すると、こつん、と小さい音が窓をたたく。
「?」
そっと窓を開くと、開いた隙間から風を切、何か鋭い光る物が飛んできた。一瞬ひやりとしたが、頬の僅か横をかすめ、快活な音を立て足元に突き刺さる。
よく見れば、小さな投器と四角く織り込まれた紙だった。広げてみたのものは…自分の名前が書かれたトリプルSの評価表だった。
「……なんだ、これは?」
「君たちが管理、運営する箱庭の汚物、と言うところさ」
「!!」
ぎょっとなり、後ろを振り返る。その瞬間、目の前に鋭い刃が首元に当たる。若い男…ただ、黒いマントに隠されているうえに、新月のせいか姿はわからない。
「お前は…誰だ」
「これを届けようと思って」
「な…」
すっと胸元のポケットに、小さく折りたたんだ招待状が差し込まれる。
「直接断りを入れる方が礼儀だろう?」
「まさか、貴様…うっ」
「声を出すなよ。今日はお前と取引をしに来たんだ」
「取り…引き…だと?!」
「見ただろ?さっきの評価表。お前達がしっかり管理しないせいで、お前も含めた生徒全員の名簿が売られて将来性を取引する市場が生まれたようだ」
ばさり、と足元に書類の束を置いた。
それを拾い上げてみると…一番上の評価表には、ルビエル・ヴァラモの名前があった。
「…まさか」
「その内お前達本家の元に一報が届くだろう。エストランテ学院の大規模な不正行為がな」
「……っ傍系の犬どもめ」
「これに本家の関与は?」
「ない…はずだ。本家の直系人間の名を使うなど…父上や兄上が許すはずもない」
「…ふうん。なら、これをうまく使う方法、わかるだろう?」
「ふん、僕が隠匿するとは思わないのか?」
「残念ながら、原本はこちらにある。お前に渡しているのは繊細に作られたコピーだからね」
「…なんだと」
「それと、その紙の第一発見者からの伝言だ。【正しきことに使え。才能は金で買えない】」
「才能…」
裏に書かれたのは、「リッハシャル・ルドヴィガ」のサイン。
「……まさか、彼女が」
「これを渡してやるから、その名を公に明かすことは許さない。…お前はするべきことをし、ありのままを本家に報告しろ。…それが、取引だ」
「………ああ」
瞬間、二人の視線が交錯する。
(銀色の…瞳、やはり)
「セフィール様!!!」
「!…じゃあ、失礼」
同時に、どこからか複数の弓矢が飛んできた。
そして…黒い影の主は、もうその場にはいなかった。




