第30話 ミリア・フォルテの誤算
「ねえねえ、職員会議長いけどさ…何話してるんだろうね?!」
…自称友人の一人が、くすくすと弾んだ声ではしゃぐ。
(わかってるくせに)
「あれでしょ?…あの異国の商人の娘、学校から逃げ出したんだってさ」
「それそれ!聞いた時笑いすぎて息できなかったぁ!」
「退学かなあ?…それとも、頑張ってきちゃう?」
「そしたら来たくなるようにしてあげないと!ねえ、ミリア!」
「そうねえ…」
彼女の名前はミリア・フォルテ。
家門の爵位は男爵位で…そこまで裕福ではない。だが母はアズレア王国一番の公爵家、ヴァラモの出身で、フォルテ家は傍系に当たる。
手鏡の中に映る自分の顔を見てミリアは、頷いた。
(うん、まだ慣れてないけど、いい感じに化粧できた。素材は悪くないと思う。お母さまがよく言ってる。ヴァラモの血を引く限り、美しくありなさいって言ってるもの)
「ねえ、今度は何する?」
彼女の周りには常に人がいる。
みんな、ヴァラモの名に惹かれてやってくるものばかり。カレンシアの立場が良くないからって、鞍替えし、いつの間にかミリアの周りを取り囲んでいる。
そんなカレンシアは…今は、クラスで孤立しているが動じることなく今も、教室の奥の席で一人で黙々と自習をしている。
(何で、こっち見ないの?こいつら全部あんたの取り巻きだったじゃない…悔しくないの?)
カレンシアは、家が没落しかけていると言っても、公爵令嬢…ミリアとは全然違うところにいて、でも変わらない。
むしろ、取り巻きがいなくなった分存在感が増したような気さえする。
「ねえねえ!!なんか中庭がすごいことになってるよ!!」
バタバタと複数の生徒が嬉々としてやってきた。
そしてかわるがわる、何か言いたそうににやにやとミリアの顔を見る。
(…なに?)
「中庭?」
「なになにー?」
「行けばわかるって!‥‥かなりやばいよね」
そして、ちらちらとこちらの様子をうかがう取り巻きの子たち。
「行きたいなら行けばいいじゃない」
「う、うん!あとで報告するね!」
(自分で決めることもできないの?)
ちらりとカレンシアを見る。何があっても動じない姿を見てると、イライラする。
「…さっきから、私を見てるけど、何か用?」
「?!…べ、べつに」
「行かないの?…行きたそうにしてるけど」
「あ、あんたは?」
「興味がないわ」
すると、開いた窓から紙飛行機が一枚飛んできて、カレンシアの目のまえに落ちた。
「…?」
それを開いた瞬間みるみる顔が険しくなっていく。
「…何よこれ」
「え?」
「あ、良かった。今二人しかいないのね」
がさ、と木々が揺れたかと思うと、黒い影が窓から教室に躍り出た。
束ねた黒い髪がふわりと舞う。
「…リッハシャル・ルドヴィガ?!」
「何して…」
「ああ…カレンシアは断ったのね。ヴァラモのお遊戯会の招待状」
「!」
「お遊戯って…」
「あれ?あなたは知らないのね。ミリア・フォルテ…届いてないんだ。アリストクラッツ・フェア―の招待状」
アリストクラッツ・フェアー…って。
ヴァラモの公爵家の直系のみが開催できる、貴族の品評会と聞いたことがある。それに選ばれるのは、名誉あることだと。
(私に…届いてないのに!!なんでこの子に…だって異国の血を引く庶子の子でしょう?!)
「あ あんた…何で!!」
「まあ、どうでもいいけど」
「どうでもって…!私はっ」
「それより、カレンシアは見た?ソレの中」
「……ええ。何よ、これ…!」
「?!」
(何、何が書いてるの?)
「侮辱にもほどがある…!私を何だと思ってるの‥‥!!」
さっきまで平静だったカレンシアが、こんなふうに怒るなんて。
「ちょ、ちょっと、何よ…それ、何が書いて」
「中庭に行けば?そしたらわかるわ」
「……っ」
バタバタと走り去るミリアを見ながら、リッハシャルは不敵な笑みを浮かべた。
「どうして、あんたがこれを?…オラン教菅のサインの入った、私の評価表じゃない!」
「たまたま拾ったの。それ、原本だから、あなたの好きにしていいよ?」
「拾った…って」
カレンシアは窓の外を見てはっとなる。
青い空を流れる風に狂わされるようくるくる回る、たくさんの白い紙。
「何あれ…まさか」
「そう。……全校生徒じゃないわ。ごくごく一部の生徒達の評価表のコピー…例えばミリア・フォルテとか、私に水をぶっかけたり、制服汚したり…とかの、子たちね」
「……あんた、一体何のつもりで」
「意趣返し…って言葉があるの。仕返しとか、報復とか…そう言う意味。ミリアもあの取り巻きの子たちも、私と私の友人に散々いろいろしてくれたじゃない。でも、カレンシアは、ククナには手を出さなかったでしょ」
「……べつに。興味がないだけよ、それよりこれ…銘柄とか、投資とか…まるで」
「………どれくらいの教官が関わってるかわからないけど、みんなの将来を売り物にして、買う奴らもいるってことじゃない?」
窓を開けると、複数の子たちの叫び声が聞こえた。
「見ないで!!見ないで拾ってよ!!!」
「な、何これ…」
「嘘?!私の評価って…こんなに低いのっ?!」
その声を聴いて、カレンシアは顔をしかめた。
「……外の紙くずって」
「ミリアの評価。…容姿の評価から、何から何まで全部オールD⁺だって。それが、ミリア・フォルテの価値…正直、馬鹿みたいって思うけど」
一拍おいて、リッハシャルは言う。
「…あの子、自己評価高そうだし、いい気味。」
「………」
「さて、じゃあ帰るね」
「これをどうするの?…全生徒分、あるんじゃないの?」
「どうもしない。…あるべき場所に返すだけよ」
くるりと背を向けるリッハシャルは何も言わない。
カレンシアもまた、何も言わず、評価表をじっと見た。
(カレンシア・エルメア…総合評価、B⁺…フン、馬鹿にして。今に見てなさいよ)
そして、ぐしゃりと握りつぶした。
「見ないでよ!!見るなーーー!!!」
悲痛なミリアの声を背に、カレンシアは再び机に向かうのだった。
その日、学園内は騒然とした。昼休みになる直前、突如屋上からばらまかれた【ミリア・フォルテ】と以下数名の評価表のコピーは風を受け舞い上がり、学園中に散らばったという。
同日、職員会議が行われていた為、教官たちが一同にそろう場面で、その事件が起きた。
そして、同時刻に学園本部に匿名の「金銭授受表」と書かれた書類が封筒に入れた状態で入り口に置かれて評価表・呪時評全てに一学年主任のオラン・ハリムアの印とサインがあり、急遽教官詰問会が開催されることとなったのである。
―――そして、再び中庭に戻ったころ…もう日が暮れかけていた。
「思った以上に大騒ぎ、だね」
「…ばらまいた評価表全部に、オラン教官専用の印鑑を押すなんて…」
「俺もあの教官、昔から嫌いだったんだ」
「へえ…」
本当、けろりという。
評価表発見後…予想以上に職員会議とやらは長引いたようで、私達は好き放題に工作をすることができた。だって、あの部屋には、オラン教官の私物が山のようにあったから。
ちなみに育毛剤だけは、元の場所に置いておいた。そのほかはもうもぬけの殻だけどね。
「…こっちの方はどうする?」
「うーん…ヴァラモ公爵家と言っても…直接郵送じゃあ意味ないし。明後日開かれる、アリストクラッツ・フェアーにでも持ってこうかしら」
「…それよりも、いい案があるよ」
「いい案?」
クロノ先輩の眼鏡が夕陽を反射してきらりと光る。
「俺に任せてもらえないかな」
「…先輩に?」
「ああ。…君が創造するよりも、もっと面白い効果を生み出せる自信がある」
「……聞こうかどうか迷ったんですけど」
「うん?」
「先輩って…何者ですか?」
「ふふ…どう思う?」
うーん…この人のことは、知りたいけど、知ってはいけない気がする。
知ったら二度と戻れないような、どこか遠くに行きそうな…何かに流されそうで、正直恐ろしくも感じる。だから、私はこう結論付けることにした。
「きっと…学園の秘密を暴く、謎の工作員!…とか!!」
「……工作員??」
「はい!きっとそう!!だって、株とかヴァラモとか色々…詳しいし!だから、その原本も…本当にすごいことを起こしくれそうだな、とは思います」
「そこは…褒めてくれるの?」
「ほ、ほめ?」
「褒められると、誰でも嬉しいじゃないか」
こ、これは。褒めた方がいいの??
工作員!で話を終わらせようとしただけなのに…
「す、すごーい…?」
「心がこもってないけど」
「え、えぇ…」
「あ、じゃあご褒美をもらえる?」
そして…先輩は軽やかに私の手を取った。
そして、そのままステップを踏み、くるくるとまわされる。
「わ わわ?!」
「ダンスは?」
「家庭教師の先生に叩き込まれたから…な、なんとか?でも、音が」
「なくていいよ、そんなの」
「ど、ドレス着てませんけど、いいの??」
「気にしない、気にしない。…どうせ、フェアーでも誰かとダンスすることになるんだろうし。その前に練習しておかない?」
「れ、練習?!」
「そう!…最初は、俺。譲らないよ」
これがご褒美??
本当、不思議な人だ、このクロノ先輩って。
誰もいない庭園は、草はぼうぼうだし、廃墟と化した噴水みたいなものもあるし…風情なんてありはしない。でも、夕焼けの赤い光が影を映して、ディストピア感があって雰囲気がある。
(あ…でも、ちょっと楽しいかも)
大理石のダンスホールはないけど、石畳はまだ原形をとどめているから、何とかステップも踏める。
「正しいことに使うから、大丈夫。そこは信頼してくれていいよ」
「…わかりました」
「伯爵にこのことは?」
「え?」
本当は、子供の問題だから、お父様の力は借りたくないけど…この先輩も巻き込んじゃったわけだし、報告しないわけにはいかない。
「…ルドヴィガ伯爵なら、きっちりと仕事をこなしてくれるよ」
「……私、何も言ってないのに」
「何となく、そうかなって」
やっぱり、この先輩不思議。
そして、音がないダンスホールで…私たちは日が落ちるまで踊り続けた。




