第29話 平日学園潜入②
(ん…?あれ、クロノ・リヴィアーヴル…ってどこかで聞いたような)
「あ!!」
「おっと、声が大きい…どうかした?」
「もしかして、図書室にあるテネシー・テーゼの冒険譚…読んだことありませんか?」
「!…あるけど」
「やっぱり!それじゃあ、キアルーン探訪記と、シリエルの標的も読みませんでしたか?!」
「あれ、君も読んだの?」
「はい!!」
この学校には、図書室がある。
勿論、王家管轄の学園ということで、蔵書も含めたら本のジャンル幅がものすごく多い。入学当初、私は友達がいないボッチ生徒だったので、主に本が友達だった。
本は貸し出し期間が設定されており、いわゆる図書カードに名前を記入するのが決まりなんだけど、私が読んだ本全てに【クロノ・リヴィアーヴル】という名前が記入されていたのを思い出した。
時折、新刊入荷の時期はバッティングすることもあり、続き物なんかはいつ返されるのかやきもきしたものだ…それがまさか、この人だったとは
(物凄く本の趣味が合う人って、この世にいるものねなのね…!)
「へえ、【シリエルの標的】なんてマイナーな本、借りる人がいるとは」
ちなみに、【シリエルの標的】はいわゆるスパイ小説。でも、主人公はアクションとか身体を動かすことが全くできない代わりに知略で難題をこなしていくっていう華やかさのない地味なストーリー。
でも、それがいいのだ。
「はい!仕掛けた罠がはまる爽快感ときたら…!」
「あはは、始めはパッとしない展開でも、あとからどんどん伏線が回収されていくのは、見てて面白い」
「そうそう!…あ」
しまった。
つい喋りすぎてしまった…今はそれどころじゃない。
私は一つ、咳払いをする。
「え、えっと…ひとまず、雑談はこのくらいにして」
「あれ、終わっちゃうの?残念」
うーん、私もできればもっと共有したい!語り合いたい!…けれども、他に優先すべきことがある。
「今度、お茶でもどう?」
「つ、都合が合えば」
「わかった。楽しみにしてる」
この人、つかみどころがない人だ。マイペースというか、我が道を行くというか…ただ、するりと懐に入るのがうまいというか、そんな感じ。
先ほど少しだけ見えた瞳は、もうすっかり眼鏡で覆い隠されてしまった。
(銀色に見えたのは、気のせい…?まあ、でも…そんなわけないよね)
銀の混じった瞳というのは、王家の象徴と言われている。
…現在、アズレアには二人の王子がいるけど、いずれも瞳の色は銀と言うより灰褐色に近いと言われている。実物を見たことがあるわけでないので、なんとも言えないけれど。
「さて、じゃあ…今は丁度職員会議が行われている最中だ。どこから行く?」
「職員会議…?」
「そう。ほかの生徒は授業中だし、見つからないように行動できると思うよ」
「とりあえず…教官の方から。ちなみに、クロノ先輩の授業不参加の言い訳は?」
「体調不良。生まれながらにして、か弱い体質なもので…という、設定」
「設定…」
どう見ても健康そうだものね、この人。
「とにかく…一学年主任教官室に行ってみます」
「鍵はどうする?」
「あ…それ、多分私なんとかできると思います」
「?」
本音を言うと、ガチャアイテムの恩恵はなるべく使いたくはない。
けれども、私があんな思いやこんな思いをして、引かざるを得なかったものの集まりだもん!
物には罪はない精神で積極的に使うことにしている。
(なんでも開ける一度だけ使える鍵!)
ガチャには、なぜかイメージではなく、物理的にガチャ玉から飛び出してくるものもある。一度使えば溶けて消える魔法の鍵。物理的なものはほかにもいくつかあるので、このウェストバッグに全部収納しているのだ。中から一本取りだして…鍵穴に入れてちょいちょいっと。
カチリ、と開錠の音がする。くぅ――この音、たまらん!
「…すごい、手慣れているね」
「?!」
そうだった、先輩も一緒だったんだっけ?!
「しっ しゅくじょの 嗜みですわ…」
「へえ、最近の淑女は一味違うんだ」
くすくす笑いながら言う辺り、それが嘘だということには気が付いている様子なのに。
(やっぱりつかみどころなくて困る…気をつないと)
入った瞬間、むわっと煙草とおっさん臭らしきものが風に乗って運ばれてくる。そして…その匂いの次に横長の大きな絵画が目に入る。
(花畑と、白い服の女性の絵画…?なんか、らしくない感じ)
「そう言えば…私、一度だけこのゴミ教官に点数と評価を高得点にしてやろうか?と取引を持ち掛けられてことがあるんです」
「!それが記録できていたら、一蓮托生だったのに」
「正直、ここまで腐っていると思っていませんでしたから」
「……教官は腐敗の元の一つではあるけど、元凶ではない」
「……え?」
私とクロノ先輩は、それぞれ引き出しやテーブル横の小さな棚などを細かく調べていく。
この会話も、勿論手で作業しながらなのだ。
「元凶…を、知ってるんですか?先輩」
「うん、…曇りのない目で見れば、火を見るよりも明らかさ」
「何だか、クイズみたい」
「君はわかる?シャル」
(シャル…って呼ばれるとは)
まあいいか、と思いつつ思考する。
「運営は王家、理事長はランド・ローム公爵……あ、そっか…」
「「ヴァラモ家」」
そして、私と先輩の声は重なった。
「ローム公爵夫人はヴァラモの出身だし、学校の制服、建物とか内部の管理はヴァラモ家、と聞いたことがあります」
「そう。ついでに言うと、旧校舎もね…元々の所有者はヴァラモの一族だし、教官もその系統の貴族出自が多い」
「!もしかして…このくそ教官も…?」
「…オラン・ハリムア、ね。」
あ、そんな名前だったのか。
ハゲとかクソとか…そんな風にばっかり呼んでたから、本名を知らなかったわ。
「でも、どうして先輩がそんなことを?」
「あまりにも有名な話だよ。…あの教官がいつまでも学校にい続けることができる理由を考えたら簡単さ」
「…だとしたら、この学園が王家直轄の管理というのは噓になるのね」
「間違ってはいないよ。…今の国王妃アゼンデリアはヴァラモの直系だろう」
その言葉の時だけ、先輩はとても低い声を出した。
(何か事情がありそう…あまり深くは聞かないでおこう)
これではっきりした。ヴァラモの出身だからこそ、オラン教官はいつまでもこの学校にい続けることができて、自分のお気に入りの生徒を評価で贔屓することができるのか。
あれ?でも…私には、旧校舎の件をもみ消すのに持ちかけた取引だけど。
「他の人にそれをやるときの基準って…?」
「【ヴァラモの花は、例え咲いたとしても、必ず良い実をもたらすとは限らない―――】」
「!」
先輩はそう言って、壁に掛けられた絵を指さした。
「…?」
隣に並び、先輩に倣ってじっと絵を見る。
どこかの花畑で佇む後姿の女性…手の篭にはたくさんの葡萄の果実が入っているが、いくつかの実は地面に落ちてしまっている。
(葡萄の色は青いけど…足元に転がり落ちた葡萄は色が違って、青葡萄よりもくすんでいるように見えまるけど…腐ってるの?)
そして、はっとなる。
「もしかして、花は女……実は子供?」
「ああ、それがヴァラモ公爵家の思想や理念…この絵画のように。一見美しく見えても、中を紐解けば、碌でもないことばかりさ」
「何それ…信じられな」
本来なら、由緒ある学園で、その一学年全体を任された教官室に飾っていいものではない。
絵画に触れた瞬間、カタン、と額縁が揺れた。
「?!」
「おっと」
あわあわする私を横目に、先輩は軽やかにそれを回収してくれた。
安堵したのもつかの間…絵画を外した奥に本が一冊はいるほどの大きさの空間がある。そして、なにやら意味ありげな箱と、分厚い本、そして小さな瓶が収納されていた。
その瓶を手に取って中を確認しようとすると、すぐ耳元で先輩が笑った。
「!」
「ああ、それ…なるほど」
「な、なるほど?」
「ココ見て。…【毛髪発育研究所】だって」
「は?」
「なるほど。あの髪は現在進行中で育毛中…というわけか」
「……いっそ全部なくなった方がいいんじゃないの?」
「言えてる。…で、こちらは」
分厚い本のようなノートに書かれていたのは、「補助金授受帳」。何ページに渡って貴族と思しき個人名義と、用途が補助金と記載されている。
「補助金授受帳…これ、全部入学式の日付になってる。受取先は、全部オラン・ハリムア宛…」
「もしかしたら…入学初日にまとめて献金してるのかも」
「献金…って、この額を?!」
これを見る限り、この人たちは教官本人に、郊外の一等地なら家一軒買えるほどの額を納金していることになる。
「支援として渡す補助金は基本的に家門の名前で手続きをして、納めていくものじゃないの?!」
「本来ならそうあるべきだろうけど。残念ながら、支払先が全部個人名。つまり教官一人に直接補助金を渡しているってことになるね」
「信じられない…そんなお金、何につか」
「例えば…個人の評価を意図的にあげる、とかじゃない?」
「!!」
「家柄、日常生活…色々加味して、教官内で生徒一人一人の個人評価を決める。それが、将来的に選ぶ道の基準になる」
「…嫌な感じ…!」
「さて、じゃあ…ご立派な箱には何が入っているかな」
「でも鍵が」
先輩は、どこからか鍵を取り出し、開錠した。
「あ」
「鍵…?どこで」
「拾った」
「ひろ…」
開いた箱の中身を見て、ゾッとした。
「何これ……生徒の個人名と、家門、それと…評価と投資額?」
「君の名前もある」
「私の?!」
「銘柄リッハシャル=ルドヴィガ、家門A、容姿SS、生活態度D、将来性A、レート1500以上…投資額0:プラチナ…だって」
「ティッカー…って??」
「株の銘柄みたいなものさ」
「!?株って…何それ。お金の取引をしてるってこと?!
「…悪辣だな。どうやら、この学園自体、巨大な才能と将来性を取引する、巨大な市場そのものみたいだ」
「何それそんな…!」
ふと、立てかけてあった絵画の裏を見て、言葉を失う。
そこに書かれていたのは…【落ちた実りはいずれ肥沃な土地に、青い葡萄は高価なる宝石に】と書かれた文字だった。
お読みいただきありがとうございます。
続きも読んでいただけたら幸いです




