第28話 平日学園潜入①
「ハゲと老害の教官は滅ぶべきだと思うわ!!」
「シャルちゃん…」
私は、リムノ夫妻の持ってきたくそ教官の名前が書かれた手紙を机にたたきつけた。
「あんのハゲクソジジイ…!私の時もうわ言みたいな狂言ばっかり言いやがって…!!今度はククナにも?!ふざけるな!!」
「こらこら、シャル。言葉づかい」
あ。しまった、つい本性が。
「…はい、すみません。つい本音が」
「……うん、でもしょうがないかもしれない。勝手に飛び出したのは本当だし」
「ククナ…」
「シャル、一度ククナさんにはご両親と話し合ってもらおう」
「!」
お父様の言葉に、リムノ夫妻は気まずそうに顔を伏せた。
「あの…リッハシャルお嬢様…!」
「…ミナルさん」
すると、深々と頭を下げた。
「昨日は失礼な態度をとってしまいました。申し訳ありません…」
「……うーん」
なんだろう、彼女がこうして頭を下げるのはまあ、そうなんだけど。
少し、何かが違う気がする。
(貴族に頭を下げることが、習慣になっているというか…あ)
そうか。私の目を見て謝っていないから、なんだかしっくりこないんだ。
事実、振り返った時、私はミナルの顔を見ていない。
「……ミナル=リムノさん、顔をあげて」
「!」
「私…五日後に、ヴァラモ公爵家の主催する【アリストクラット・フェア】のパーティに、ルドヴィガ令嬢として、初めて正式に招待を受けたんです」
「…は、はい。存じて」
「それで、今回、私のドレスをあなたにデザインしてもらおうと思っています」
「?!」
まさか、そう言われると思っていなかったのか、ミナルは思わず顔をあげ、私の顔を見た。
…うん、やっと見れたね。
「わ、私は、令嬢にご無礼を」
「無礼とか、そんなのは、あなたが決める事じゃないわ。ええと…五日しかないけど、実質四日間よね。その期間にできうる限り、最高の物を私に作ってくださいませんか?」
「…い、いいんですか?だって私は」
「だから、それを決めるのはあなたじゃないんです。それともし、これであなたが私の期待以上の物を作ることができたなら…私は今後参加する全てのパーティーの衣裳を、あなたに作ってもらおうと思っています」
「お、お嬢様?」
あ、今度はお父様の方も立ち上がった。
「それに…日数も少ないし、人手も足りないと思うから、ぜひ、ククナにも手伝わせてあげてください」
「シャルちゃん…でも」
「なんで?ククナってば素敵なデザインの刺繍ができるじゃない」
「ククナ…そうなの?」
「あ…えっと、その。お母さまが刺繍が得意でしょう?…だから、やってみたくて」
「実は、私、お父様からキアルーンで仕立てたエヴァンテイルを貰ったんです。だから、それに合わせて造れますか?」
私は持っていたカメリアのエヴァンテイルをパッと広げる。
それを見て、お父様が嬉しそうにほほ笑んだの、見逃してないわ。
「…わかりました!その仕事…お受けします!」
「ええ。頼みましたよ」
「では…まずは採寸を計らせてください…!」
バタバタと去っていく女性たちを見送り、レイドックは短く息を吐く。
「そうだ…リムノさん」
「は、はい!」
しばし呆然としていたが、はっとしたように顔をあげる。
「あなたも商人だと聞いたが…主に何を?」
「あ…おれ あいえ 私が扱うのは、実家が染め物屋なもので…重ね染のできる染料、それと、香木やお香の原料…薫香などです」
「ほお!それは興味深い。我が国ではまだ香の文化は根付いておりませんから…」
「はい、よくご存じで!その他にも――」
**
「四日間は…ちょっと厳しかったかなあ」
採寸をして、デザインを決めて…あっという間に今日という一日が終わってしまった。
「ちょっとというか…でも、よろしかったのですか?リムノさんのデザインで」
「いいのよ。…どうせ、アズレア一の仕立て屋には、みんな殺到するだろうし…それに、マダム・ローレンのブティックに合ったデザインは皆とても素敵だったもの!」
「あらあら、もうしっかりチェックされていたんですね」
「…うん、大丈夫、きっと素敵なドレスを作ってくれるはずよ」
実はあの後…お父様にすごく褒められた。
でも、同時にとても危険だということも説明してくれた。
「いいかい、シャル。お前はこれから大人になり、社交の場に行くことも増えていくだろう。彼女たちを専属にするつもりなら、その責任もお前は負わなければならない…いわば、投資先を未来事前借したような状態だ」
「はい。…つまり、私が失敗したら、彼女たちも…ってことですよね」
「そう…だが、逆を言えば、お前が成功すれば、彼らは勿論…その後ろにあるキアルーンの評価にも直結していく。…それだけの影響力を、我が家門は持っているからな」
「はい!」
「どちらにせよ…今回のお前の判断は、英断だ。私は誇らしいよ、シャル」
(よし…頑張ろう!)
ああでも、もうひとつ、やらないといけないことがある。
「明日はね、出かけるよ!ルル」
「はい、どちらへ?」
「決まってるじゃない。…悪党どもの弱みを探りに行くのよ」
――平日の学校というのは、意外と隙だらけだったりする。
「よし、瞬間運動能力UPチケット発動!」
その言葉と同時に、全身の力がみなぎる。学園の裏口に回り、高い塀を思いきりジャンプする。ただ…気をつけないと。
「…ッと!」
チケット効果はほんの数秒なので、無駄な動きは極力なくす。
最後は木の枝を使って、着地!
とん、と降りた場所は、私もたまに来る学園の裏手の廃庭園。…本当に、この学園は「元」とか「廃」とか「今はあまり使っていない」施設が多すぎる。
どれもこれも、どこぞの王族がああいったとか、大貴族がこう言ったとか…そんなのばかりだろうなあ。
ちなみに、今ルルは別の場所にいてもらってる。
私一人の方が動きやすいし、十分注意はするつもり!なんだけど
「何してるの?こんなところで」
「え」
…速攻でバレた。
「こ、ん にち は…茶髪先輩…」
「こんにちは、黒髪の後輩さん」
なんか…この人、いつもいいところに出くわすなあ。
だって、ここ…普段から人が寄り付かない廃庭園だもの。入り口がそもそも木に覆われてるから見つけにくいし絶好の隠れ家見っけ!くらいに思っていたのに。
「ええと…見逃しては、もらえませんか?」
「君だってここの生徒だろう?堂々としていればいいのに…あ、もしかして」
「……え…?」
茶髪先輩の眼鏡がきらりと光る。
「誰にも見つからずに何かしようとしてる?」
「……」
どうしよう。いっそ白状して力を貸してもらおうかな?
恐らくどこかの貴族なんだろうけど、王室派側なのか、ヴァラモとか有力貴族側なのかもわからないし。
逡巡したが、至極当たり前のことに気が付いた。
「あ 先輩こそ…今、授業中ですよね?」
「……あー、はは。バレたか」
「もしかしてサボり?」
「授業はつまらなくて」
その気持ちはよくわかる…けど、ここまではっきり言って、堂々とさぼる人なんて初めて見た。
「…ちょっと、許せない人たちがいて」
「なら、こうしようか。俺もそれ、手伝うから…君のことを誰かに言ったりしない」
「え?!…で、でもそれじゃ。先輩には何の得もないんじゃ」
「損得で考えるより、面白そうなことを手伝う方がいいと思うけど」
「面白そう…」
「君の噂を総合すると…例えば大切な友人を傷つけた連中と、腐敗したこの学園の教官たちを懲らしめたい、とかじゃない?」
え、この人探偵?
実を言うと、私は自分がどう噂されているのか興味がない。
「そ、そんな風に言われてるんですね…」
「うん、有名人だよ」
「わ、わかりました。お手伝い、お願いできますか?…中等部1学年の主任教官と、中等部1学年のミリア・フォルテの二人を懲らしめたいんです」
本当は、私が手を出すこともないかもしれない。
でも、ミリアは私に色絵の具をぶっかけたお礼もしてやりたいし、学年主任がああならその下に、芋づる式的な疑念がわいて出てきそうだと思ったのだ。
すると、茶髪先輩はなんとも満足そうな笑みを浮かべて、力強く頷いた。
「いいね。その考え、俺は好きだな」
「はあ…」
この人と、遭遇するのは約3回目なんだけど…とても不思議な人だ、と思う。
毎度毎度影が薄いのに印象に残るというか、タダモノじゃない雰囲気というか。実は双子にもそれとなく聞いてみたけど、そんな人は知らない、と言っていた。
(どこかの大貴族とか??一学年の生徒の家柄は何となく把握していたつもりだけど…その上はまだ知らないのよね…)
「じゃあどこから行く?」
「あ!」
さっさと先を行こうとするので、ついスクールセーターを思いきり引っ張ってしまった。
「!」
「えっと…名前を、聞いても?私は」
「リッハシャル・ルドヴィガ」
「えっ」
「言ったろう?有名だって」
「…はあ、先輩は?」
どうやらその拍子に、眼鏡が外れてしまったらしい。
先輩がくるりと振り返り、思わず私は息をのむ。
「俺の名前は、クロノ・リヴィアーヴ」
その瞳は、銀色に薄い青を混ぜたような、不思議な色だったから。




