第27話 ククナ=ルミノ
「はあ…っはあ…」
一番最初の始まりは、多分なんてことはない悪意のない子供の一言だった。
「あなた、貴族でもないのにどうしてこの学園にいるの?」
「…え?」
「あ、そっか。身分はなくても、お金持ちなんだ」
それは、栄えあるエストランテ学園の別院・初等部で中途で編入したての頃の話。
それからなぜか、私はクラスメイト全員に無視されることとなった。一時は泣くことすらできないくらい、表情が固まったこともある。
…その度にお母さんは泣いていた。
「こんなところに来なければよかった」って。
でも、父はそんな世界を変えたいから、と理想論を掲げ、まい進した。
私は…二人が言い争うのを見てられなくて、つい「大丈夫、頑張るよ」と言ってしまったのだ。
「ククナ…」
母は、私の気持ちを察したのか、「負けないで」という花ことばの意味を持つ、12枚の花弁の【レオパード】という花の刺繍をしたポーチをくれたのだ。
それは、キアルーンで伝わるおまじないの一つで、つらい毎日でも、それが支えになっていた。
そして…年月が経ち、中等部の入学式でひときわ異彩を放つ子を見つけた。それが…
「シャルちゃんみたく、強くなれたらって」
何をされても顔色も変えない、ブレない。
むしろ、ピンチを好転させて「あの子、なんか怖い」と学園ではすっかり有名になった、リッハシャル=ルドヴィガ。
それから、勇気を出して、声をかけて…友達になることができた。でも…彼女がいなくなった途端、その標的は私に移動した。
「ねえ、ハンカチ貸してくれる?」
「え?」
一度も話したこともない、ある生徒。
(この人…シャルちゃんに水をかけたひと)
「う、うん…いいよ」
「そ?ありがと」
その時、彼女はにぃっと笑った。
そして…後ろから複数に肩を掴まれた。
「っ…?」
「何これ?刺繍?」
「…やめて!」
サイドポケットから、ポーチごと取り出すと、それを見せびらかすように上にあげた。
「これ花?田舎臭い!」
「やっぱり成金だから?糸は高級そうじゃない」
「あはは、やっぱり引っ張れば解ける!」
はたから見れば、女生徒四人がきゃあきゃあと円を作ってはしゃいでいるように見えるかもしれない。でも、巧妙に視線を遮り、私は両腕を掴まれてなすすべもない。
ただ茫然と…母が作ってくれた刺繍がボロボロにされるのを、黙ってみているしかなかったのだ。
今、思い出しても、胸が痛い。
「あ――――!!もうやだ…ヤダヤダ…ッ嫌だ!!!!」
そして…何かが切れた音がして、私は学園に背を向けて走り出した。
走りながら、誰かが後ろでささやく。逃げるの?と。
「逃げることの何が悪いの?!!」
こんなにつらくて、苦しくて、なのにどうして我慢しないとならないの?!
やみくもに走って走って…でも、だれも止める人はいなくて。
私の足は、知らないうちに自分の家に向かっていた。でも…
(お母さんになんて言えば、お父さんだって悲しむ…)
「だめ…もう…!」
苦しい、助けて。
もう私に…居場所なんて。
「ククナ?!」
はっとなる。
無我夢中だった意識が、ふっと現実に戻って…私はその場に座り込んだ。
(はあ、はあ…苦しい…)
「水!飲める?!」
差し出されたグラスを手に取り、ぐっと水を飲み干す。
冷たい水が渇いた喉を通り過ぎて、徐々に呼吸も落ち着いていった。
「ククナ…どうしたの?私の事、わかる?」
故郷でよく見た、黒い髪。そして、整った顔に憂いのブルーの瞳。
「あ…リッハ…シャル、苦しいよ、わたし」
「何でこんな…髪も、顔も…一体何があったの?!」
「ふ…う わああああん!」
「ククナ…?!」
もしかしたら、こうして涙を流すのは本当に久しぶりかもしれない。
それくらい私はたくさん泣いて、疲れて眠ってしまった。
**
「お嬢さんの具合はどうだ?」
「うん、大丈夫。眠ってるよ」
ここはルドヴィガ邸の私の部屋。
ベッドで眠っているのはククナ…手紙を出そうとポストを探していたところ…ふらふらと歩いてくるククナを見つけた。
基本的に、寮で生活している生徒が街中に制服のまま歩いていることは、絶対にない。だからこそ、目立つし、あの制服を着ていることは、貴族か金持ちだってことを宣伝して歩いているようなものなのだ。
「学園は、生徒の無断外出は禁止されている。…一体なにがあったのやら」
「うん…」
あのまま気絶をするように眠ってしまったククナを介抱していると、運よく父の馬車が通りかかり、こうして無事に運ぶことができたのだ。
「この子がいたのは、ルミノの家の近くだ…そちらに渡した方がよかったのではないか?」
「うーん…なんか、様子がおかしかったし。それに…」
見間違いじゃなければ、ククナは家に背を向けていた。
それに、昼に会ったミナルの様子も気になったのだ。
「連絡はしてある。今はここで休ませてあげると良い」
「…うん、ありがとう、お父様」
「ああ、おやすみ、シャル」
父のチークキスを受けた後、私は再びククナのポケットに入っていたボロボロの刺繍のポーチを見る。ボロボロにほつれた糸はまるでククナの心の模様みたいで少し胸が痛い。
それでも、少しでも直そうとした修繕の痕がある、頑張ろうって思ったんだろうな。でも…
(原因は、これ、だよね…)
元は黄色の花だったらしい。
こういう時、私の頭の辞書は役に立つ!じっと見て、そのモチーフの花を予測変換していく。そして当たったのは。
「ツワブキって読むのよね?コレ…日本語っぽい。花言葉が…負けないで……そっか」
我慢をすると、いつか決壊してしまうときがくる。
今のククナの気持ちは、よくわかる。
「う…」
「!あ、ククナ!」
「シャル…ちゃん?あ…ごめんなさい、私」
ククナは起き上がるや否や、手で顔を覆う。
「いいの、謝らないで!とりあえず顔拭いて!お腹すいたでしょ?一緒に食べよ?」
「でも」
「うちのシェフがね、女の子が夜遅く食べるならって、軽い物を作ってくれたの」
もう夜は10時を回ってる。
いつ目が覚めてもいいように、とサラダとスープ、それに少し軽めのハムとパンを用意してくれた。
「あの…ここ、シャルちゃんの」
「そ」
ふうふうと冷ましながら、熱いスープを飲む。
うん、じんわり五臓六腑に染み渡る…。
「ごめんなさ…むぐ」
「謝るのダメ!今はとりあえず食べるの!…おなかすいてると、身体の力、抜けちゃうんだから」
そう、不思議なことに本当に疲れている時空腹状態だと、おなかに力が入らず、気分は落ち込んでいく一方なのだ。
「うん…ありがとう、シャルちゃん……」
「ん」
不謹慎だけど、この流れはお泊り会のような流れ…なんか、こうくすぐったいような。
(女子会…!)
なんて、そんな状況でもないけど。
なんだかんだとシェフ自慢のデザートまでしっかり味わって平らげると、やっと人心地が付く。
うん、やっぱシャルロットケーキは絶品だった…!
「それで…聞いても、いい?それとも、聞かない方が」
「ううん…聞いて、シャルちゃん」
「…ポーチとハンカチ、見ちゃった。ごめん」
「…へへ、直そうって思ったんだけど」
ククナの言葉に私は首を左右に振る。
「黄色の花だね。なんて花?」
「…レオパードっていうの」
「レオパード…ツワブキ、だね」
「!知ってるの?」
「私ね、亡くなったお母さまがキアルーンの出身なの、キアルーンの本を見るのは大好き!」
残念ながら、まともな教科書があるわけでもないので、キアルーン関連の本を読んでメモリアルエコーで調べるの繰り返しだけどね…
「…そうなの?」
「うん…この黒髪はお母さま譲りだよ。瞳の色はお父様だけどね」
「……私、本当は染めてるの」
ギュッと自分の顔にかかった髪を掴んで、ククナは顔を隠してしまう。
「本当は、シャルちゃん程じゃないけど、黒茶色で…でも、そのままの髪でいたら…よくないことばかり、起きちゃう…」
ぽろぽろと流れる涙はこちらまでもらい泣きしそうになる…
「ククナ…」
「だから、染めたの。でも…嫌なことは増えるばっかり…!いつも苦しくて、辛くて…でも、お母様も、お父様にも頑張るって言っちゃったから、頑張ろうって。でも…」
ほつれた糸のままの刺繍を抱えたまま、ククナはうつむいてしまう。
「この刺繍だって…せっかく、お母様が私の為に作ってくれたのに…こんな」
「ククナ!」
「!」
「あのね、ククナはもう頑張らなくていい!!」
「…え で でも」
「頑張るってのは、頑なに意地を張り続けるばかりじゃない!辛いって助けてほしい…って、そうやって弱音を吐いていかないと、苦しいだけだよ!」
「……苦しいって 私」
しっかりとポーチを握りしめた手を離し、私の手を握った。
「ずっと、そう思ってた…助けてっ…て」
「うん…ちゃんと言って?いつでも聞くから!」
「なんで、シャルちゃんが泣いてるの」
「だって…なんか移っちゃった」
学園は嫌なものもいい物を凝縮されたような、そんな場所だとつくづく思う。本当に身分の格差とか、国の格とかそんな話ばかりが耳に入るようになった。
「私も…シャルちゃんみたく、なれるかな」
「わ、私みたいになったら…学園からなんか怖い奴扱いされるから…あまりオススメは」
「なんで?カッコいいよ」
「…カッコいい」
(なんだろう、女の子に言われると五倍嬉しい)
「えへへ、なんか、すっきりした…」
「うん」
良かった、ほっとしたような笑顔が見れた。
「あ、シャルちゃん、涙の痕のこっちゃう…その、汚れてるけど、これで拭いて?」
「あ、ありがと」
見せてくれたのは、見事な青い花の刺繍だった。
「え、これ綺麗…」
「実はね、それ私が縫ったんだよ」
「コレ?!すごい!」
それから、夜通したくさんおしゃべりして…私たちは、本当に友達になれたって、実感した。
次の日は昼までゆっくりして、目が覚めた時、とんでもないニュースが私の元に届いた。
「…退学…?ククナが?!」
「……」
「無断で…外出をしたから、と。」
朝起きてすぐ…ククナの両親のリムノ夫妻が現われて、そう言ったのだった。
私は、例の眼鏡の年配ハゲ教官を思い出す。
(あいつ…どっかから圧力かかったな…?!)
読んでいただきありがとうございました。ちゃんとスカッとサイダーしますので、お付き合いいただけたら幸いです




