第26話 マダム・ルーラン
「綺麗だなあ」
開いては閉じて、また開いてを繰り返す。
その度に赤いカメリアの花が花咲くように見えて、また広げて眺めてしまう。
…だが、そんな幸せも長くは続かない。
『…ガチャのお時間です』
「……」
よし来た。チャンス、とばかりに私はしまっていたハンマーを取り出し、ガチャ目掛けて思い切り振り降ろす。
『危険、とても危険!何をするのですか!』
「見てわからない?ぶっ壊そうとしてるの…これ以上振り回されるのは」
そして力を込めて…思い切り振り降ろす。
「うんざりなのよ!!!」
ボスッという音共に、私のハンマーはベッドにめり込んだ。
「ちっ外したか」
『なんてことをするのですか!!ペナルティ!ペナルティ発生!!』
「…フン、できるもんならしてみなさいっ!!」
更にブン!と振り回すが、かすりもしない。
ああ、なんて腹立たしいことか!するとガチャはバタバタと羽をばたつけせ、天井に張り付いた。
…ほんと、こいつドンドン生物化していくみたいで気持ち悪いのよね。
「こら!逃げるな!」
『危険と判断し、ペナルティ許可!これでもくらえ!』
捨て台詞と共に金色の玉が私目掛けてすっ飛んでくる。それを受け止め…ハンマーでぶっ潰す!
グシャっと悲鳴を上げて潰れたガチャ玉から出てきたのは…【全員の好感度10%ダウン券】で、すぐさまびりびりに破かれ発動してしまった。
気付いた時にはもう、神様ガチャはどこかに姿を消していた。
「フン、だ。…なんだか」
最近特に、人間の言葉遣いに近づいている気がする。まさか、私の行動を見て、学習してるとか?
(…そんな、AIじゃあるまいし…)
ガチャについてはいまだにわからないことが多い、ただ、言えること…それは、連中が遺すガチャの報酬は、私以外の人の運命すら左右する危険性があるということ。
しかも、面白いことに報酬のOO券というのは、私の頭の中に収納できるということを、最近知った。
私のスキル【メモリアル・エコー】は、イメージすればその形になるようで、私の脳内では図書館のように本棚がたくさん並んでいる。
本棚に収まっているのはいわゆる【フォルダ】のような役割で、手に入れたガチャ券が全て収まっている。…今まで、無理やりひかされたガチャ券は引いた瞬間今見たく発動するものもあれば、ストックできるものも少なくない。
その中の一つ「好感度10%アップチケット」を取り出し、発動させる。
「これでとんとん…プラマイゼロね」
そもそも好感度と一口で言っても別にパラメータがあるわけでもないし、正直よくわからないのが本音である。ついでに言うと、脳内でどれだけライブラリを引いても「神様ガチャ」について書かれた情報は引き出せなかった。
――そして、次の日
私は、ルルと一緒に中心部よりも少し離れた場所にある、小さな反物屋の前にいた。
「あった!…ここが、アズレアに唯一の、キアルーンの生地が置いてあるお店!」
キアルーン地方との取引を行っている店は決して多くはなく、アズレアではほんの一握りである。最も、その店はどれもルドヴィガ伯爵家と懇意にしているお店だったりするので、私としては大助かりである。
涼し気な音のベルと共に、ガラスの戸を開くと、茶色の混じった黒髪のほっそりとした女性が笑顔で迎えてくれた。
「まあまあま!伯爵家のお嬢様ですわね?!」
「あ、は、初めまして。マダム・ルーラン。ええと、お父様から紹介状を」
肩にかけていた鞄から紹介状を出そうとするけれど、マダム・ルーランはそれを制した。
「うちのお店にいらっしゃる方は、皆さま大切なお客様です。紹介状なんかなくっても、とびっきりのドレスをお仕立てしますわ!」
「…ありがとう!」
「フフこちらこそ!こんな可愛らしいお嬢様のデビュードレスをお仕立てできるなんて、なんて喜ばしいことでしょう!…ですがよろしいので?うちはアズレア一とうたわれる【カッセルー・ド・メゾン】には到底かなわぬような、小売店ですけれど…」
「いいんです!お母さまのドレスを仕立てたのも、マダム・ルーランと聞いていたから…」
そう、私が子供の頃、ある日突然大量にドレスがクローゼットの中に出現したのも、このマダム・ルーラのお店から購入したのだと、あとで聞いた。
そして…母の結婚式のドレスも。それはまだ見ていないけれど。
「それに…一度、キアルーンの反物って見てみたかったんです!」
「まあ…それならお安い御用ですわ。では、まずどんなドレスになさいます?うちには最近、ランザ王国から、一人デザイナーを呼び寄せたばかりなんですの!」
「ランザ王国のデザイナー…?!どんなドレスがあるの?」
「はい!お待ちくださいね!」
残念ながら、リア―ネが結婚する前に着ていたという衣装や装飾品はもう、ほとんど残っていない。
どうやらロザベーリが色々手を尽くして、葬り去った後だと…執事に教えてもらった。
(私はまだ、あなたの事をちゃんと知らない)
どうやら、私は…勝手にリア―ネを友人のように見てしまっているのかもしれない。
本当は親子なんだけど、何だろう?何も知らない、見慣れない場所にやって来た、その境遇が少し重なるように見えるからかな。
(今、こうしてみる店頭にも…私がいた世界の古き文化によく似てる物が多い)
ドレスはやはりこちらのアズレア風デザインの物が多いけど、小さな装飾品のモチーフ…たとえば、このハンドバックの模様。
「着物の柄みたい…」
「そちらは、小紋柄ですわね」
「コモン…??」
「一つの大きな花柄に、小さなお花がたくさん入っているでしょう?」
「それがこもん?可愛い…!」
振り返ると…そこにいたのは、マダム・ルーランではなく、落ち着いた黒髪の若い女性だ。
やんわりとほほ笑む困り眉は、なんだかククナを思い出す。
「もしかして…デザイナーさん?」
「はい。ミナル=ルミノと申します」
ん?!ルミノって…もしかして
「ククナの…お母さま?」
「!あ…」
あれ?…なんだか、どこか思い詰めたような、怖い顔。
「…あの、私同じ学校でククナと」
「申し訳ありませんが…」
「え?」
「……今日は、お引き取り願えますか?」
「…っあの」
「ミナル!」
大量の本を抱えたマダム・ルーランが血相を変えてやってきた。
「あなた…お客様になんてこと!申し訳ありません、お嬢様…!!!ミナルは、この国に来てまだ少ししなもので」
それでも、ミナルは頭をあげない。
ただずっと、何かを耐えるようにうつむいたまま…よく見れば手も震えている。
「あの…マダム、今日は一度帰ります!いくつかデザインを考えておいてくれると嬉しいです」
「お嬢様、ですが…」
「その、私もどういう風にするか考えてなかったし…」
「わ、わかりました…」
(なんだろう…何か、あったのかな)
ふと、先日カレンシアに言われた言葉を思い出す。
『身分とか、そう言うの…息をするように見下す連中が多いから。あいつら陰湿で計算高くてずる賢いわよ。注意することね』
ククナの事を離そうと思った瞬間、顔色が悪くなった。
まさか、ククナに何か…?
「……」
「お嬢様…何か心配事でも?」
「ルル…今、何時?」
「ええと…14時を回ったところですけれど」
(じゃあ、まだ学校は終わってないよね…あーも―こういう時、スマホとかあればなあ)
「あ…手紙。そっか!手紙!」
「お嬢様?」
「ルル!手紙を出さないと!かわいい便箋と封筒、探しに行こ!」
同じ頃――エストランテ学園
「……」
手に持っているのは、ビリビリに引き裂かれた小紋柄のポーチだった。
(相変わらず…よくこんなに毎日続くなあ)
これで、二個目。
リッハシャルがいなくなってからの僅か二日間で、嫌がらせは急にヒートアップした。
胸ポケットにしまっていた携帯用の裁縫道具を取り出し、誰もいない場所を探して昨日も、今日も修繕をする。
夕焼けの赤い色に染められた使っていない教室。
ボロボロになった椅子に腰かける。
「あ、痛っ」
ちくりと針が指に触れ、ぷっくりと血が膨らむ。
「…っう」
こういうことは今までだって少なくなかった。
キアルーン出身というだけで、アズレアではあまり良い印象に見てもらえないのは知っている。アズレアはとても開放的で、だれでも受け入れるが…同時に拒否をする、閉鎖的な国民性。
(こんなこと、慣れっこだわ)
心で何度そう唱えても、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
ぐっと持っていたハンカチで目元を拭き、顔をあげる。
「うん、大丈夫!…シャルちゃんが帰ってきたら、たくさんお話しするんだ!」
ククナ=ルミノは、キアルーン地方の一番アズレアに近い小国ランザ生まれの母と、キアルーン王国出身の父を持つ。
母は、ランザでも人気のデザイナーで、父も根っからの商売人だから、拠点をこちらに移動することとなった。幸い、貴族の中でもキアルーン地方の文化や芸術に関心を持つ人は多く、移住するのは難しくはなかった。
しかし…国民の間で広がるキアルーン地方自体を軽んじる傾向は、差別や確執を生む。
ある程度財を成したからこそ、父は国立アカデミーをククナの入学先に決めたのだが、現実は厳しかった。根底にある、ネガティブな感情はぬぐい切れず、結果、ククナは初等部から在籍していても、嫌がらせや差別は消えない。
「大丈夫…っ… …」
次の日、ククナは学校に姿を現さなかった。
読んでいただきありがとうございます!精進します




