第25話 朱は交わらず、赤は赤
「招待状?」
「はい」
「ふうん…どうやって調べたのかな?届いたのは森の館の方だろう?」
「あ」
ちりちりと焦げた匂いが部屋中に広がっていく。
手紙は一瞬にして暖炉の中で燃え尽きてしまった。
「…よろしいのですか?」
「うん。まだ、時じゃない……それに、面白くないだろう?あいつらの思い通りに動くなんて」
「それは、まあ…」
「伯爵にも、16歳になるまで大人しくするように言われていたしね」
(既に大人しくはないような…)
主なりに、大人しくしているつもりなのだろう…ただ、その基準が少し常人と異なるのようだが。
「…お嬢様は大丈夫でしょうか?」
「賢い子だから…きっと大丈夫だろう。それより、旧校舎の方は?」
「あ、はい…調べましたところ、あの校舎を重んじた王族の方はもうご存命ではありません。つまりは…」
「やっぱり…ただの思い付きか。あの方らしい…なら、私の権限で壊しても問題ないね」
「わかりました」
気配が消えた部屋で、一人窓に寄り掛かる。
…窓の向こうにある旧校舎は、冴え冴えとした下弦の月の光に照らされ、過去の輝かしい栄光を湛えるモニュメントのように闇夜に浮かんでいる。
「一つずつ…壊して行こうか」
***
同じ頃――
下弦に欠けた月を窓から見上げていたルビエル=ヴァラモは、振り返り、長椅子に座る兄を見つめていた。
「…招待状は全員に送りました、お兄様」
「ああ、ご苦労さま」
足を組み、物思いにふける…その姿だけでも絵画一枚のように洗練されており、思わずほう、とため息が出る。
(相変わらず…お兄様の美しさは人外のそれですわ…)
「…あの方に招待状は?」
「送りましたけれど…果たしてフェアーに来るかどうか。そもそも、きちんと手元に届いているかどうかもわかりませんもの」
「……まあ、今すぐ顔を出すほど愚かではないだろう。父上もそれくらいは計算済みだ」
「ならば、この栄えあるアリストクラッツ・フェアーを今すぐ無理をして開かなくても…それとも」
言いながら、ルビエルはセフィールの隣に腰かける。
「お兄様のお目にかなうご令嬢でもいらしたのかしら?」
「……ルヴィ」
「そうですわねぇ…私は平和主義ですのよ、お兄様。どんな方でも、ヴァラモの外にいる内はできる限り仲良くしたいと思っていますの」
「君はそう言いながら、手は抜かないだろう?」
「あら。その程度でしおれるくらいなら、ヴァラモの花になる資格はございません」
にこやかだった表情は、次の瞬間怜悧になる。
「内側に入れば、もっと大変な目に合うんですもの。優しいくらいですわ?」
「はいはい…」
「さて、パーティーのドレスはそろそろ出来上がる頃かしら?…明日が楽しみ」
「今回もドレスは赤に?」
「ええ。わたくしにもっとも合う色でしょう?…そうねえ、あの方なら」
自身の赤い髪先をくるくると弄びながら、ルビエルは背を向ける。
「もう少し朱色の方が似合うかしら。その方が黒い髪も映えるでしょう。そう思いませんこと?お兄様」
「……同感だ」
「ふふ、おやすみなさい」
「……」
ひとりになったセフィールは窓辺に立つ。
「夜の空の色にも近い…どうせなら、僕の髪と同じ色がいいのに」
もうすっかり夜も更けた。
結局あの後、双子のエイデン家にお邪魔して、婦人とすっかり話し込んでしまった。
ついこの間生まれたばかりだという妹君はとっても可愛らしくて、ついつい長居してしまったのだ。
「ちょっと、遅くなりすぎちゃった…でも、可愛かったなあ…メリンダちゃん!今度プレゼントあげないと!」
整備された森を抜けると、見えてきたのは…ルドヴィガ本邸。
エイデン侯爵家は外観がほぼお城なので、ちょっと落ち着かない。うちの真っ白い壁と、季節によって色の変わる弦薔薇のアーチはなんだかほっとする。
「お父様!」
「おかえり、シャル!」
「わ…お、お父様ってば」
なんだか難しい仕事がひと段落したとかで、ほっとしたのだろうか??満面の笑みで迎えてくれる。
昔は無愛想だったのに、最近は笑顔も多くて私も嬉しい。
久々…と言う程間が空いているわけではないけれど、お父様は相変わらずかっこいい。
ただ、いまだに子供扱いするのがちょっと気になるけれど…ほら、今もまた、軽々と抱き上げられてしまった。
そう言えば、ケディにも片手で簡単に持ち上げられてしまったことを思い出す。
(も、もう少し大きくなりたいな…)
とりあえず、私の事を離そうとするつもりはなさそうなので、そのままリビングへと運ばれる。
「手紙を読んだか?…招待を受けるつもりなんだね」
「はい!…エイデン家の双子も行くって言うし、一人じゃないから」
「…ケディックとフォーレストか…まあ、彼らが一緒なら大丈夫だろうが…」
ストン、と下ろされると父は私と目線を合わせるように床に膝をつく。
「無理はするなよ?…ヴァラモと関わらずに済むなら、その方がいいだろうからな」
「でも、立場上、断るのも難しいでしょう?…お父様」
「……ふむ。無理はするな」
「大丈夫!それより…アリストクラッツ・フェアーとは、どんなパーティですか?双子にも何となく聞いたけれど…お父様の話も聞きたいです」
「そうだな…」
あ、みるみるお父様の顔が険しくなっていく。
本当に、あの家のことが嫌いなのね…
「シャルにも、話しておくとしようか」
「?…はい」
そう言って父が私の隣に座ると、執事がいいタイミングでお茶を持ってきた。
「ルドヴィガ家は…一度、没落しそうになったことがある」
「…?!そんなことが…」
「今はその危機は脱した。国内よりも、他国の方が染織物は種類が多いし、色も豊富だ…それに、リア―ネが私の元に遣わしてくれた縁もある」
「お母さま…?」
「シャル。この国で、ヴァラモが優先的に取引ができる交易品は?」
「ええと…宝石と、シルクとか絹とか、あと、香辛料?」
「王家の衣裳の「青」の染織物は、布を織る糸から染料まで…ヴァラモ家は、自分達で認めた公式の染料配合を勝手に作ったことで、安定した供給と賃金を職人たちに約束してしまった」
「はい!特に絹はドレスにもよく使われる素材…結果、同じ染織物を取り扱うルドヴィガはその市場を独占されてしまった…ですよね?」
「…よく勉強したな」
「へへ」
アズレア王国で使われる王家の【青】の素材は、全てヴァラモ家が専任で取引をしている。
ほんの数10年前までは、染料を生業にする小さな工房がたくさんあった。市場価格も彼らの言い値で回り、時には恐喝まがいの高額を請求されることも日常茶飯事だったとか。
そこで、ヴァラモ家は職人達を一から育て労働環境を整えた上に、「王家御用達」の認可を受け、結果染織物の市場を独占した。
「でも、ちょっと乱暴な方法だと思うわ」
「結果的に、王家衣装の納入資格を失い、大量の在庫を抱えてしまったんだ」
現代で言う独占禁止法みたいなものはなかったのだろう。
王族が着用する青の布は、ヴァラモ家の認印がなければ扱うことすらできない。彼らの特権…だからこそ
同じように染織物を主戦場していたルドヴィガは、打つ手がなかったんだ。
「あ…もしかして、だから」
「ヴァラモに融資を頼み…あの女を我が家門に迎え入れるしか、道はなかった」
(そんな事情があったなんて…)
「ルドヴィガが今、取り扱っている交易品は?」
「ええと、染料や糸と言うよりも、染布の反物…藍染とかが得意、でしたよね」
「そう。リア―ネは旅の踊り子だった。…だが出逢ったとき、彼女が身に着けていた衣裳は、このアズレアにはない染料や技術が詰め込まれていた。結果的に、その意匠や布、染料を新たなキアルーンとのルートの開拓につながったんだ」
「そうだったんだ…」
うわあ…なんだかんだでロマンチックよね、リア―ネとレイドック伯爵の恋物語。
結末は、少し悲しいけれど。
「アリストクラッツ・フェアーは…いわゆる、ヴァラモによる、ヴァラモの為に開かれる貴族の品評会。連中によって有益かそうでないかを振り分ける、バカげた夜会だ」
わお。辛辣…お父様って、ホント時々口が悪いのよね。
「本当なら、無理に行く必要もない。お前は一度…ヴァラモのイヌに誘拐されかけたのだから」
「……ラウ=カーナイザー…あの人は、あれから?」
「狼たちに探させてはいるが…中々確たる正体を突き止められない」
実は、私が誘拐されかけて、ロザベーリがいなくなってから…追跡調査が行われていた。
私はまだ見たことがないけれど、ルドヴィガには国内外に繋がる情報の網のような物が張り巡らされていて、影の私兵…独自の私兵団を擁している。
その役割は商業ルートの開拓から、営業、使用人達の雇用は勿論、果ては暗殺じみたことまで…誘拐事件の一件があってからというもの、その規則をさらに強めたらしい。
「ただ、奴は恐らくヴァラモ家に深く関わりを持ち、ヴァラモにいるのは間違いない…気を付けるんだぞ?」
「…はい!」
「あー…それと!」
「?」
伯爵がわざとらしく咳ばらいをすると、執事のマクスウェルが軽く手をたたいた。
すると、数人のメイドが木の箱を持ってきた。
「先日、キアルーンに行ったときに見つけた。…シャルに似合うだろうと思って」
「私に…?なんだか…変わった箱」
それは細長く、20センチくらいの大きさの箱。
赤いリボンがしてあるので、それを慎重に解いた。中に入っていたのは…どことなく、私にとっての遠い故郷を思い出すような、朱に染められたレースの洋扇だった。
「これ…素敵!」
「そう、エヴァンテールだ。今度のパーティにでも使いなさい」
「わあ…この模様って、確かキアルーンにしか咲かないカメリアの花?!綺麗…」
このアズレアでは見たことがないけれど、キアルーンにはツバキによく似た、カメリアという花がある。
「その色は…シュアンと言って、キアルーンのランザでは祝い事に使う色だという。私からの、パーティーデビューの記念のプレゼントだ。…気に入ってくれたか?」
「はい!じゃあ、これに合わせてドレスを作ります…!」
ああ、なんだか俄然楽しみになってきた。
今日は久しぶりに、よく眠れそう。
お読みいただきありがとうございました!評価&ブックマークもありがとうございます!精進します。




