第21話 地下にて、三人並んで
「いたた…」
落ちた、と思ったときにはもう身体が宙に浮い、次の瞬間にはもう地面についていた。
見上げると、私達が落ちて来たであろう天井にぽっかりと穴が開いている。
「ここって…地下、とか?」
「あ、あの」
「ん?あ」
「お、降りて…」
「!!かばってくれたの?!ご、ごめん」
私が無事に着地できたのは、ケディの身体を下敷きにしていたからのようだ。
慌てて起き上がろうとするが、ケディは私より速く勢いよく立ち上がる。
「…けがは?ってシャル!!膝、ひざ!」
「えっと…あー」
見れば…私の膝からだらだらと血が流れてる。
落ちた時、何かにぶつかったのだろうか?
「これくらい平気だよ…ケディこそけがはない?」
「ぼ、僕は平気だけどさ…」
言いながら、ケディの視線は私の膝をしっかり見てる。
仕方ないので持っていたハンカチを取り出し、患部に括り付けた。
「相変わらずたくましいよな…」
「そお?…それより、ここどこだろ。地下室かなあ」
「……普通に、しゃべってくれるのか?」
「え?」
「その、僕のこと…嫌いになったのかなって」
う。罪悪感…別にこの子とフォーレが何かしたわけじゃないのに。
「んんと…カレンシアに目をつけられてしまって…」
「カレンシア・エルメア?」
「そう。…その、カレンシアの事、知ってる?ケディ」
「いや…?直接かかわったことはないけど、名前位なら」
「おーい!二人とも!!」
遠くから聞こえた耳なじみのある声に、私とケディはぱっと顔をあげる。
「フォーレ!!」
「無事か?!待ってろ、今」
その瞬間…あのミシミシという嫌な音が聞こえてきた。
そして…
「ちょっと待ってフォーレ!!そこ床が…!」
「え?わ?!!うわあああ?!!」
「あーぁ…もーお…」
舞上がる土埃。
結果、私達は三人仲良く下に落ちてしまったのだった。
「いって・・・」
「もう!何でフォーレまできちゃうの!全く!」
頭の木片を払いながら、手を差し伸べる。
すると…なんともばつの悪そうな顔をしながら、その手を取った。
「ごめん…二人がこの旧校舎に走っていくのが見えて」
「だからって、一緒に落ちることないでしょ?!」
「それより、シャル、大丈夫か?」
「え?」
「エルメアに目、付けられてるだ」
「バカ!私の心配よりも!自分を心配しなさい!」
「でも…わっ」
ぐっと腕を引っ張って立たせると、落ちた眼鏡を拾う。
「それより…眼鏡、割れてるよ。大丈夫?」
「あ…まあ、伊達だし」
「そうなの?!」
「色々と…眼鏡してた方が面倒じゃないんだ」
(あー…そういうことか、人気者は辛いわね)
「…ていうか、なんでフォーレまでここに?」
「止めないとって。なのにごめん…まさか、俺まで落ちるなんて…」
「ここに来ること、誰かに話したか?」
「……いいや」
「じゃあ、助けは無理だな」
こうして、三人並んでみると…なんだか久しぶりに双子の顔が良く見える。
大人びた顔立ちで、背も大きくなったはずなのに、私の中の彼らは子供の姿のまま。
なんだか、妙な気分。
(そう言えば…二人とこうしてゆっくり顔を合わすの、久しぶりだなあ)
その時、ふと現代にいた頃のことを急に思い出した。
…私はまた、あのときと同じように【空気を読んで】、二人から距離を取ろうとしていたんだな、と気がつく。でも、それって…
(幼馴染に突然他人行儀にされたら…誰だっていやだよね)
「…ケディック、フォーレスト…ごめん」
―――一瞬の間。
「え?!!あ、えっと…」
「な、なに?どうしたの、シャル?」
さすが双子。
間の取り方とタイミングがシンクロしている…そして、ぽかんとした表情も。
「ふふ…っ。ちょっと昔の癖、出ちゃったかな」
「な なに??」
「あの!俺たちが何とかするから!」
「アハハ大丈夫よ!…なんか、随分と久しぶりに二人と話したなあって」
「…それは シャ、シャルが勝手にそうしてただけだろ!」
「俺たちは…いつだって、話したいって思ってたよ」
「うん…ごめんね」
ほら、やっぱり…二人は変わらない。
「それより二人とも、大きくなったね!私の中で子供のままで止まってるから…変な感じ」
「こ、子供のまま??」
「ちょっと…シャル、それは」
「うん、でもそんなことより、出口探さないと…ん?どうしたの二人とも、固まって。早く進まないと、日が暮れちゃう」
「そ、そんなこと…?!」
私がケディから逃げてきたのがランチタイムの頃だったから…あまりもたもたしていると真っ暗になってしまう。
「せ、先頭は僕が行く!」
「何?ケディってば、どうしたの?突然」
「いや、ほら危ないじゃん?」
「誰が先頭でも変わらないって…」
とは言いつつ、二人とも私を後ろに下がらせたがるので、しょうがなく後ろに下がる。
確かに、道なき道…とまでは行かないにしても、所々水没してたり地面がむき出しになっているところもある。
元々木造の校舎なのだろう。上階の床が抜けてる場所からうっすら挿し込む光のおかげで、完全な暗闇じゃないのが救いだろうか。途中、幾つか上に繋がりそうなドアを見つけたけれど、どこも半壊してたり、階段が落ちているばかり。
「相当年月が経ってるみたいだね…この間見た資料には、確か50年くらい前の施設だって書いてあったけど」
「フォーレは物知りね?…私はこんな場所があること自体知らなかったわ」
「あ・ああ…一応俺、学園の生徒会役員だから…」
「へええ…すごいね、ケディは?」
「僕?!そんなこと、よくやるなって思うよ…あ、でも、僕はこの学校で一番剣術は得意だぜ?なんたって去年秋の剣術大会優勝したし!」
「おお凄い!二人とも成長してるのねえ…」
うんうん、相変わらず素直でいい子たちだなあ。
「…あのさ、シャルって…なんか、時々おばあちゃんみたいなこと言うよな…」
「お、おばあちゃん??」
「ケディ、そこはすごく年上みたいっていう方が…」
「…老けてるってこと…?」
どっと三人同時に吹き出す。
なんだか、他愛もない会話がこんなに嬉しいのは、初めてだ。
危機的な状況かも知れないのに、どうにかなりそうな、そんな不思議な感覚。
(でも…)
実は、さっきから膝が痛む。
後ろにいるから、二人は気が付いていないみたい。
(歩く分には、まだ大丈夫)
『ピコーン☆、ガチャのお時間です』
「?!」
このタイミングで…?いやな予感しかしない。
いつもの妙な空気、そして見上げた先にあるのは、羽根のついたガチャ。
(この野郎…)
思わずにらみつけてしまうが、腹立つことに私の手が届かなそうな絶妙な距離感で、羽根をばたつかせている。
『なんだか、思ったより平気そうですね!』
(平気って何がよ!!)
「もしかして、例の精神的疲弊のことを言ってる?フン、あの程度なんてことないわ!」
『…それじゃあ、つまらない』
「…は?」
突然誰かがしゃべったのかと思った。
『つまらない』だなんて、あまりにも人間的で、なんて残酷な言葉なんだろう。
「あんた…」
『物語はもっと面白くしないと、減点対象でーす!ペナルティ!発動!』
「な…」
まるで、誰かが笑っているかのようにガチャの赤い光が激しく点滅する。
と、同時にズキン、と膝に激痛が走る。
「―――っ?!!」
『では!ご健闘をーーー☆』
そう言って、天井にある赤い光の隙間にガチャは飛び去っていく。
「嘘…もう、夕方に近い」
今、ここで座り込んだら、日が完全に暮れてしまう。
(それは、だめ…!大丈夫、まだ、行ける…!)
そのまましばらく歩き続けていると…ちょうど二つに道が分かれている場所に出た。
「行き止まりか…さて、どっちにい…?!」
「え?」
振り返ったフォーレの顔は、私を見て真っ青になった。
「シャル!!大丈夫か?!」
「…だ、大丈夫だって、大げさだなあ…っ」
なるべく笑って見せたけど、耐え切れず座り込んでしまう。
「…その膝」
「え?」
「血が…すげえ出てる…!!」
一拍遅れてケディもこちらに駆け寄る。
「そこ、座って!シャル!止血しないと!」
「あ、ちょっと、フォーレ!タイ…汚れちゃうって」
「そんなのどうでもいい!…無理してるのそっちじゃないか!」
「だ、大丈夫だってば」
「大丈夫じゃない!!!!」
思わず目を瞬いた。
今まで聞いたこともない、フォーレの怒った声。
「背中!乗って!」
「え?ええ??」
「ケディ、シャルを背負って。俺が前を行く。多分…出口があるとしたら、こっちだよ」
そう言って、フォーレが指をさしたのは…二つに分かれた道の、左の方。
「理由は?」
「右の方角に行けば、王宮があるよね?今の校舎もそうだけど、王宮のある東の方角に正面が来るように作られてるはず」
一度周りを見渡し、天井を見る。
「夕焼けはこっちに光が伸びてる、ってことは逆側が東。なら厨房は西側にあることが多いから、こっち。荷物の搬入口とか色々動線がありそうだから…壊れてない出口があるかも」
「確かに。厨房はオーブンも使うし、焼き場だってある…きっと頑丈にできてるだろうし」
私が口を挟む間もなく、二人の間で話がまとまっていく。
「ってわけで、シャル!じっとしてて」
「わ!」
そう言って、いとも簡単にケディは私を片手で担ぎ上げてしまう。
「思った以上に軽いなあ、やっぱり。…膝ケガしてるから、おんぶは辞めくよ?」
「だからってこの持ち方…こ、子供じゃないんだから?!」
「…辛くなったら、俺が変わる」
「全然余裕。諦めろ、フォーレ」
「……ふん」
そんなこんなで、フォーレの導き通り進んでいくと…本当に厨房があった。
そして…上に行く石の階段を見つけて、私達はこの旧校舎を無事脱出することに成功したのである。
どうやら、授業中私達が戻ってこないので、教官たちの中でちょっとした騒ぎになっていたらしく、私達が発見されるとたちまち私は医務室へと運ばれることとなってしまった。
そして…それは、私にとって思わぬ結果をもたらしてくれたのだった。




