第18話 後味の悪い再会
ゆらゆらとカーテンが揺れる。
ぱちぱちと目を瞬くと…真っ白く、見慣れない簡素な天井。って言っても、壁紙は綺麗だし、吊り下げられたらランプだってとても綺麗なんだけど。
(…贅沢な生活に慣れ過ぎたかなあ)
思い切り伸びをして、大きな欠伸をする。
制服は…準備OK!中等科のリボンタイは白だから、上着のジャケットのポケットに入ってる。アカデミーの印章入りの青いブラウスもあるし、指定の靴も靴下も全部ある。
「よし。…はあ…人生ってわからないもんね。まさかまた中学校をやり直すとか」
さて、私の名前はリッハシャル=ルドヴィガ。
元は日本の社畜4年生の前原 律葉だったけど、今はこのリッハシャルという女の子の身体をしてる。この世界は、物語でもなく、小説でもなく…全く知らない世界で、最初は色々戸惑ったりもした。
なんだかんだでこの世界に来てもう7年過ぎたし、前の記憶も薄れつつはある。ただ、私の頭の中には特殊なスキル「エコー・ライブラリ」があり、脳内スマホの感覚で、色々調べたりもできる。
そして…相変わらず、私を悩ませてるのが。
『さあ!ガチャのお時間です』
「……こんな日にまで?もう」
『じゃあ行きまーす』
ピロピロ音が鳴り…私の前に金色のボールが落下してきた。
羽根つきのガチャマシンがおりてくるタイミングがいつもバラバラで、一日開けずと来ることもあれば、最長で1年間くらいのスパンが空いたこともある。
今回は…三日ぶりくらい?に現れた。
「…今日はアンラッキー!落とし物に注意!…って、運勢占いじゃないんだから」
ともあれ。
何とか今までやってこれたし、人生を揺るがすようなガチャは最近は起きていないので、今後も続けばいいのだけど。
「おはようございます!…お嬢様!」
「おはよう、ルルー髪をお願い」
さて、ここはアズレア王国立エストランテ学院。
全寮制の超お貴族様限定の学校で、将来は王国政治の要『王国院』や『騎士団院』に入ることが約束された士官学校である。
男女共学で12歳から三年間学び、15歳になってから男性は政治か騎士かどちらかの道を選択し進んでいく。
女性は社交界デビューとなるデビュタント後、究極は王室関係者の家に嫁ぐことが目的とした教育を受け、未来へと羽ばたいていくというわけだ。
勿論、女性の進路としては、私の家庭教師の先生のように教員になる人もいるし、ある分野の研究過程を選択し、その道にすすんで行く人だっている。ただ、貴族である以上この学院に入るのがセオリーであり、属する家門にとっては一種のレールやステイタスとなるのだ。
特徴としては、民間からの入学者はほとんどおらず稀。つまり爵位階級で色々特典があったりなかったりする仕様で、それが最大の欠点でもあると言われている。
「リボンはどうします?」
「あ、…そうだね、今日はこれにしようか」
「あら、綺麗な水色のリボン。…青い制服にきっと映えますわ」
「うん、でしょう?」
私の予想としては、これをくれた『秘密の文通友達』は、年上の男性ってイメージ。…つまりは、私の元年齢(36歳)と近い気がするのだ…!
父…レイドック=ルドヴィガ伯爵は、裏で色々なしがらみとかそういうもので、毎年大量の本をどこかに持って行っているのは知ってる。その荷物の中にこっそり私のおすすめの本を入れたりして、手紙のやり取りがあったわけだけど…結局正体はわからず仕舞い。
いつの間にか父の『お役目』(?)も終わったみたいで、私の元に手紙が届いたのは丁度去年の春頃が最後だった。ただ、本の感想などをや鳥などをしていたんだけど、どれも堅苦しい言葉で、どこかお父様に似ている感じがした。だから、それくらいの年齢の人かな、と勝手に思っているのだけど。
「お嬢様は、このリボンをよくお召しですね」
「うん、綺麗じゃない?青だけど少し翠が混じった色がとても気に入ってるの」
「お嬢様は何をつけてもお似合いですよ!」
「ありがと、ルルー」
「今日は入学式でしょう?…エイデン家の御子息様方にもお会いできるといいですね」
エイデンの双子は、私より一つ上なので、もう入学済みなのは知ってる。
なんだかんだでお父様同士の交流が多いからか、二年に一度くらいのペースであってはいたんだけど…二人はアカデミーの初等部に入ることが決まって、ここ五年くらいは会えていない。
きっと女のコたちをメロメロにさせているに違いない…。
「なんか…すっごい女の子たちに囲まれてそうだよね、あの二人…」
「お嬢様も、負けておりませんよ?」
「…フォーレとケディと競ってもなあ。あ、もう行かないと」
幸い、うちの爵位は三番め「伯爵位」だから、侍女を一人連れてくることが許されているけど、以下の「子爵位」、「男爵位」はそれも許されていないので、そこもこのアカデミーの見えない格差のような物を象徴している気がする。
(尞は四エリア、私がいるのが南側、各部屋一人だけど…西と北は二人共同部屋、だっけ?)
貴族ってそういうものなのかな。
なんにしても、この学校は敷地が広い。
うちのお邸も十分広かったけど、規模としてはその倍以上だ。アズレア王国の直轄領で、一町全部アカデミーにしたような感じ。
そして、今から私が向かう大中央部は、通称「エストランテ・ホール」。公式的な行事やイベンドはそこで行われ、全学部の人間が一同に入れるような広さを誇る。
時折、豪華な馬車が送迎しているのを見るけれど、これは最上の「公爵位」と「侯爵位」の二爵位の子息・令嬢しか許されていない。
(大した距離じゃないんだから歩けばいいのに…)
などと思いもするが、まあ、色々あるのだろう。
「あ、ねえあの子…」
「髪黒い…まあ、不吉な」
「……」
「キャ、こっち見た…」
別ににらんだわけでもないけど…前途は多難そうよね、と思う。
一応公式にルドヴィガ伯爵家の令嬢となっているけど、血統重視お嬢ちゃまたちからすれば、「庶子の出」という奴。
しかも異国風の見た目で髪が黒いのは珍しいし、お貴族様の中で嫌われそうな要素がたっぷり詰まったハッピーセット☆みたいなもの。
(…ここは、もう年齢重ねてる身分からすると、みんな等しく可愛いこと。って思ってしまう)
などと、思考にふけっていると…白亜の壁と華やかなローズ・ガーデンが見えてきた。
入り口の門はアーチ形の鉄の柵で囲まれていて、ちょっとやそっとじゃ壊れたりしない設定らしい。
そこに入ろうとすると。
「ちょっと、お待ちなさい」
と、いかにも高圧的で悪口をポンポン言いそうな声につかまってしまった。
振り返ると…同じ制服とは思えないような改造ぶりで、やたらフリルとレースが襟やスカートの裾に追加されていて、目がちかちかする。
さらり、と真っ直ぐな金髪ロングストレートがなびくと、赤い瞳の…多分同じくらいの年齢、な女の子が腰に手を当て、扇子を持参し現れた。
「…私、でしょうか」
「ええ、そうよ。…あなたでしょリッハシャル=ルドヴィガ!!」
「……」
(何で知ってるのよ、この人…??)
「はい、リッハシャル=ルドヴィガでございます…ええと?」
「あら!この私を知らない、とでも仰るのかしら?!」
ごめん、知らない。…とは言えないけど、多分ただものではない…少なくとも、馬車から降りてくるあたり私より格上なのは確か。
一応、事前教育として、高名なお貴族の皆さまの家名と紋章と名前はきっちり把握してるのだけど。…人物像までは把握してなかった自分を反省する。
「無知な私にどうぞお教えいただけませんでしょうか、ご令嬢様」
とりあえずへりくだっておこう。そう思ったのが見え見えか?ご令嬢はにやりと笑った。
パン、と扇子が閉じた音がしたと思ったら…くい、と顎を乗せられた。
「こうして、見上げるくらいが分相応じゃない?」
「…ご令嬢、こう、顎を持ち上げられては、首を垂れることもできません」
「随分と生意気な口を利く」
笑みを絶やさず告げた私の言葉がお気に召さなかったらしい。
うーん、面倒くさいなあ。そんなことを思い始めた時。更に面倒なことにぞろぞろとギャラリーが集まってきた。
「カレンシア・エルメラ穣。この騒ぎは?」
「!!あ、あなたは」
ぱっと顎を離され、ご令嬢が背を向けたので私は一歩下がる。
「ケディック様!フォーレ様…!」
あら。…なんとも決まらない再会となってしまったかも。
そこにいた二人を見て、思った以上に私は言葉を失う。
(うわあ―…想像以上に格好良くなって)
溢れんばかりのキラキラオーラを纏った、すらりと背の高い二人組。
スクエア型の眼鏡に肩位までの金髪を括り付け、タイもきっちり、ブラウスのボタンも上までかっちり止めたど優等生スタイルなのが、多分フォーレ。
「エルメラ穣、もう少しで式が始まります」
「はい!今窺いますわ!でも…そこの無礼な娘が…」
「あなたの名前を知らなかったからと言って、礼が欠落していたわけではないでしょう?」
「そ、それは」
高圧的ながらもへりくだった言い方をするのはなんともフォーレらしい。
で、その隣にいる、髪は短く、まるきり対照的にボタンは一個明け、タイは緩くでもなぜか品があるように見える健康的な美形男子が、ケディということになる。
「さあさ!もう式が始まる。新入生は皆散って!」
パンパンと手をたたいて体よく野次馬を追っ払うと、カレンシア・エルメラも一度こちらを睨みはしたもののすごすごと退散していった。
(やれやれ)
「!シャ…」
ぱっと駆け寄ろうとする2人に人差し指を口元に当て、一礼する。
(再会は嬉しいけど、今の二人と私では立場が違うからね…昔みたいにはいられない)
一瞬固まった二人を横切るときにそっと「久しぶり、よろしくね」とだけ伝える。
「あ…」
そして…私は入学式に臨むのだった。




