第15話 運命賭博
(私は、あの女が嫌いだった)
「ロザベーリ、あなたの髪は炎のように赤く美しい巻き毛で、とても綺麗ね」
長い黒髪を風になびかせながら、悪びれもなく彼女はそう言った。
「…そう?」
美しくあれ。
そう言って、ロザベーリは育てられた。
「我が名門ヴァラモ家に、醜い者はいらん」
ヴァラモという名前を、このアズレア王国で知らない者はない。現王室で最も権威ある王の次に力を持つ、王妃アグリンダの出身である公爵位を持つ由緒ある家門…その一族は、常に代々の王室に入り込み、まるで大きな木の根のようにこの国を覆い、その枝を隅々まで伸ばしている。
この家に生まれた娘は、美しさを武器に力ある家門に嫁ぎ、花を咲かせる。
時には毒を、または争いを―――そして、その血を繋ぎ、未来のヴァラモ家に実りをもたらす。
ロザベーリも、その役割を担った花の一つだった。
しかし、幼少から血のにじむような努力を重ね、磨き上げてきたその美貌と自信は、異国から来たジプシーの娘によって一晩で粉々に打ち砕かれてしまう。
夫となったレイドックの心をいとも簡単に奪い去り、二人の間では敵わなかった、子供まで授かったのだ。
――それが、娘だと知りどれほど安堵したことか。
自分にはない、真っすぐな心と愛情。
うねりのない長く美しい髪。
レイドックの愛。
その全てが妬ましく、羨ましく…屈辱を感じた。
「私は貴方のように大きな瞳ではないから…羨ましい」
(羨ましい?私を?)
「どうしたら、あなたのようになれるかしら」
彼女は、慣れない環境と言葉の違いで苦しんでいた。
その度、「あなたが羨ましいわ、ロザベーリ」、と言った。
無自覚な言葉はロザベーリの自尊心をずたずたに切り裂き、それはいつしか明確な殺意に変わる。
(お前さえ、いなければ)と。
そして今、リア―ネはいなくなった。
「さあ…私を愛して。レイドック…!」
彼女が愛した男を手に入れ、屈服させる。そうすれば、失った自尊心も、心さえ取り戻せる。
その勝利を、確信していた。
「…う ロザ ベーリ…」
その手がロザベーリに伸びた…その瞬間。
閉じていた窓が大きな音を立てて開き、そこから風が吹き抜けた。そして――
「キャ―――?!!」
「!!」
激しく開いた窓と、叫び声に我に返り、レイドックは起き上がる。
「いったたた…」
ころころとまるでどんぐりのように転がってきた幼い少女。
リッハシャルだ。
「シャル!!!」
「きゃあ!!」
覆いかぶさっていたロザベーリを思いきり腕ではねのけ、すぐに駆け寄る。
「あれ?!お、お父様??」
「一体どこにいた!!なんで、窓から…」
「何でって…きゃあ、お父様!どうして服が」
「っ…す、すまん」
慌てて身支度を整え、思い切りリッハシャルを抱きしめる。
「無事で、良かった…!」
「お、おとうさま…ごめんなさい」
「一体何が」
「わたし、きぜつします…」
「あ?!」
それだけ宣言し、そのままばたりと気を失ったのだった―――。
「…全く」
レイドックはリッハシャルをそっと抱き上げ、振り返らずにロザベーリに背を向ける。
「人は呼ばない。…もう二度と、私の前に姿を見せるな」
無常に閉じられたドアを茫然と見ながら、膝をつく。
「私を…拒む、ですって…?」
冷たい風が流れ、容赦なくその身体を冷やす。その身体を温める者は誰もいなかった。
――さて、ここで少し時を戻そう。
それは、リッハシャルが馬車の扉を開いた瞬間から、始まる。
ひゅうひゅうと吹き抜ける風が、黒い髪を揺らす。
『時間制限付き・運動能力をあげるチケット』の効果は、覿面だった。
「すごい…なんか、身体が大きくなったような気がする」
(身体の内側が…熱い!スーパーマンとかってこんな感じなの?!)
「内側に眠るあらゆる能力が爆発して、今なら何でもできる気がする…これなら」
ルドヴィガ家の東に広がる広大な森林の道を通り、その途中にある緑の草原を抜けていく。
季節が春から夏に差し掛かり、太陽の光を燦燦と浴び成長した草は柔らかい。まるで兎のような足のばねを使って馬車を蹴り、飛び出すことに成功した。
(す、すごい!!こんなことできるの?!)
などと一人感動していたのもつかの間。
馬車の後方を馬で走っていたラウの姿を見つけてしまったのだ。
「げっやば」
「…おいおい、どういうことだ」
それはラウも同様で、馬車の異常を察知し、真っすぐこちらを目指し、あっという間に追いつかれてしまった。
「…あ、あんた」
「幸運だな、お嬢様?…あの状況から飛び出すなんて、勇気ある行動だが…」
「……」
(この子供…なんだ?)
泣き叫ぶでもなく、脅えるでもない。
ただ、怯むことなくこちらをにらみつける。
(これがただの五歳?…冗談だろう?)
「…私をどこに連れていくつもり」
「……答える義務はない。が、悪いようにはしないぜ、お嬢様」
「ねえ、あんた…ロザベーリとはどういう関係なの?」
「……なに?」
「気になって。…だって、お邸で私を誘拐したあと、どうするつもりだったの?あんた、何かしら関係あるんでしょ?ロザベーリと。私がいなくなって…いずれバレるじゃない。その時、あの人はどうするのかなって」
「…お前、なんだ?」
「それこそあんたに教える義務はないわ。それとも、この誘拐事件さえ、あの女と何かしら共謀してるってこと?」
「………」
ラウの瞳が鋭くなる。
そのまなざしは、こちらに対する警戒心と好奇心が入り混じったように、怪しく光る。
――それは、狩る者の瞳だ。
背中にぞっとする悪寒を感じた瞬間、身体が機敏に反応する。
(来る…!)
ひゅうん、と鋭い音は風を切り、容赦なく襲い掛かる。
「!!」
「鞭?!あ、危なっ」
鞭は空を凪ぐ。
不規則な動きで小さな体をとらえようとするが、リッハシャルには当たらない。
「…はは、嘘だろ?お嬢様…!」
「私はあんたにはずえっったい!捕まらない!あんたは自分の心配をした方がいいじゃない?私の生存はあんたとロザベーリの破滅を呼ぶよ!」
「このガキ…!」
「だって私には…!神様がついてるからね!」
そう言ってすっと天を見上げ、腰に手を当て空に向かって指をさす。
「ちょっと聞いてる?!私の人生を弄ぶ退屈な神様共!!」
「…な?! うっ」
「ほら、あんたらの大事なおもちゃが壊れちゃうよ!!さっさと助けろーーー!!」
ぱっと周りが光、空から降り注いだ光にラウは目を閉じた。
同時に、ざわざわとそこかしこから喧噪のような不可思議な音が聞こえだす。
(え?ハッタリかけてみたけど…なんか様子が違う)
案の上、空から羽の生えた例のガチャが降臨した。
『絶体絶命ガチャ、引きますか?』
「な、なんか不穏な名前…やります!ひくよ!」
いつもなら、ちかちかと何かしら反応するくせに、今は全く反応しなかった。
「ちょ、ちょっと…?やります!ガチャ引く!」
『情報収集中…声なき声の情報を集めます。1ベッド、10ベッド…』
それはまるでルーレットのようにガチャ自身が回りだす。
異様な光景の中、茫然としているラウを見つけた。
(え…まさか、こいつ)
その眼は、明かにガチャを見ている。
(ガチャが見えるの?!!)
「へえ…!普通じゃないと思ったら、やはりそうか、お嬢様!!ハハハハ!!」
「……どういうこと」
ひとしきり笑い終わった後、ラウはこちらを見る。
「運命賭博…ってやつか?くく、ここでまたお目にかかれるとは…!」
「運命…賭博?」
『情報収集完了!…景品はランダムです。さあ、どうぞ!!」
ボン!と何か爆発するような音が聞こえると同時に、光の中に手を伸ばす。
そして…掴んだ。
『おめでとうございます!!『SR:天使の翼』を手に入れました!!おめでとうございます!!』
「て、天使のって」
突如、ふわりと身体が浮く。そして…急上昇した。
「き、きぁやああーーー?!!と、とと飛んでるうう!!」
(こ、こんとろーる!どうやって調節して?!)
羽根らしきものが後ろに生えているのかもしれないが、思い通りに動かない。
手を振り回したら、足をばたつかせたりしていると、遠くにルドヴィガの邸が見えた。
白い壁に、紫色の大きな屋根。
たくさんの窓にはそれぞれ灯りが見え、そのたたずまいはまるでそこだけ切り取った絵画のよう。
「おっきい…これが…ルドヴィガ家…ってわーーー!!?」
瞬間、どこからか突風が吹き、その風に運ばれるまま…邸の一番大きな窓に向かって突撃する羽目となったのだ。
そして――…。
「はっ!!…いったぁ?!」
身体が、ぎしぎしと痛む。
何処が痛い、ではなく全身がまるで軋むようで、少しでも腕を動かそうとしても、鉛のように重く動かせない。
「コレ…もしかして、筋肉痛…?!」
思い当たるところがあまりにも多い。
そして、太陽の光がまぶしい…どうやら、ここは私の部屋のようだ。
「大丈夫?シャル」
「…いたた」
頑張って首を動かすと…フォーレがこちらを心配そうに見つめていた。
「ふ、ふぉーれ…?」
「今、ケディは大人を呼びに行ってる。…色々、大変だったみたいだね」
「う、うん…」
笑おうとしても、身体が痛くて無理に笑えない。
「…君は、不思議だね」
「そう かな」
おもむろに手が伸ばされ、私の頭を撫でた。
(う…撫でられるのって、ちょっと気持ちいい)
「今日は、怖がらないんだ」
「怖がる?…なあにそれ」
「君は、俺が近づくと、少し逃げるだろ」
「へ?」
そんなことあったっけ?
「別に怖くないよ?」
「でも、俺が男の格好してると、嫌がるじゃない」
どういうことだろう?と考えてみて、ふと思い当たるところがあった。
そう言えば、フォーレが男の子でケディが女の子の格好している時、その目的が分からず警戒していたこともあった。
(みんなでお墓参り入った時かな?)
「…今はもう、平気だよ。だって、フォーレはフォーレだし、ケディックはケディックだもん」
「!え あ」
すると…どうしたことだろう。
フォーレの顔がどんどんリンゴみたいに赤くなっていく。
「?顔、真っ赤」
「な、何でもないっ」
すると、真の悪いことに、私の胃が盛大な音を立てた。
「…あ」
「……おなかすいた」
「あ!シャル、起きたか?!食事持ってきたよ!」
「ケディ!」
「えっと、こっちはパンで、こっちはお菓子で―――」
(よかった…自分が無事で)
そう、生きてナンボだ、人生なんて。
心の底から、そう思った。




