第13話 ベラドンナ
「今日の私は、美しい?」
「ええ。あなたの美しさに敵う者など、この世にいませんよ」
その部屋にある大きな鏡台は、全身を映す。
バスローブに身を包んだ一人の女性の姿。胸元から伸びる少し赤みを帯びた首元は、陶器のように白い。爪の先まできっちりと整えらた指に掌が絡むと、熱い吐息が漏れる。
(そうよ。私は美しい…誰よりも)
「ところで…奥様」
「何?…その質問は今必要なこと?」
「はい。旦那様が、青い印章の手紙を秘密裏に受け取ったとか」
「…誰の情報かしら」
「先日入った、キッチンに努める下っ端の下女です…おっと」
ぐ、と身体を押しのけ、ロザベーリは上から見下ろした。
「随分親しいのね?その娘と」
「いやあ、金に困っていたので、ちょいと餞別をくれてやっただけですよ」
「……そう」
「それと…どうやら、お嬢さんと旦那様、随分と仲良くなっているみたいですね」
「リッハシャル…」
生まれながらにして整った容姿持つ、異国の血を引く下賤な娘。
絹のような黒い髪も、あの瑠璃の瞳も、あの子が大人になれば誰もが魅了されることだろう。
(でも、私は年齢を重ねていく…)
「…美しくなければ、意味はない?」
「!………そうよ」
「ロザベーリ、あなたは正しい」
「美しさは武器、美しさは手段…私は、【完璧】でなければならない…そうじゃないと」
棄てられる。
あの男にも、家門にも。
「はは、何を弱気になっているのです。…いつもの『手段』を使えばいいでしょう?旦那様は、毎夜お一人でお休みだとか?」
「…あなたはそれでいいの?ラウ」
「ええ。あなたは苛烈であればあるほど、美しさが際立つ!この家も、あの方も…全てあなたの手の中に」
「………」
(そうよ。私が選んだ。あの人に…選ばれたわけじゃない…)
「うーん……」
(ベラドンナの効用は、接種の仕方にもよるけど…一番は直接身体に取り入れる事、美容の悪魔と言われる所以はそこにある)
瞳孔が開いて目が大きく見えたり、肌が良くなったり、と色々効果はあるようだ。
でも、問題なのは「過剰摂取」
(夢で見る限り、お香もなんかありそうだし…やっぱり)
あの、窓辺に置いてある琥珀色のものだろう。
「お嬢様、今日はいつにもまして上の空、ですね」
「え?…あっ」
しまった、忘れてた…今はまだ、先生が来ている時間だ。
「ごめんなさい…」
「全く…何か気になることでも?」
「あ…ええと、あの」
ええい、ここは一度、思い切って見よう!
「コレ…」
「?…小さな、小瓶 ですね」
「……お母さまの、部屋にあった」
「奥様の…?」
きつく締められた蓋を取ろうとし、ジェンナは慌てて手を止めた。
「本当に、奥様の部屋に…?!」
「ま、待って!」
ぱっ、とどこかに行こうとした先生を引き止める。
「今すぐ旦那様に…」
「ダメ!!…まだ、まだダメ!!まだそろってないのっ」
「揃ってって…」
ぎゅうっと、目いっぱい力を込めて腕をつかむと、やっと止まってくれた。
「ソレ…よくないものなんでしょ?…お母さまは」
「!お嬢様…それは」
「お願い先生!…力を貸して!ずっと、ずっと…お母さまが苦しんでるの」
もう、どう思われても別にいい。
だって、実際リア―ネはそこにいて…ロザベーリをずっとにらんでいる。
(このままじゃ絶対良くないことが起きる。みんな幸せになれない気がする)
「…ふう、わかりました。では」
そう言うと、先生はくるりと踵を返し、ドアをガチャリと開く。
「わ?!」
「バレたか…」
「フォーレ、ケディ?」
まるで雪崩のように転がってきたのは…エイデン兄弟。
(あ、今日は二人とも男のこっぽい服装だ)
「盗み聞きとは感心しません…が、お嬢様を心配なさっての事でしょう?」
「う、うん…箱見つけたのは僕だし」
「開けたのは俺だよ!」
そんな二人の様子を見て、私もジェンナ先生と一緒に腰に手を当て、ため息をつく。
「仕方ありません…これで下手に動いて大ごとになったら大変ですし。ひとまず、授業は中断して、お茶をいただきましょう」
2人を部屋に招き入れて、私は一度外を確認する。
(…誰も、いないよね)
パタン、と扉が閉まられるがリッハシャルは気が付かなかった。
「……ふうん」
壁の向こう、死角の場所に人が隠れていることを。
「つまり…シャルのお母さんは……」
「……シャル」
案の上、二人は言葉を失っていた。
(うまく…説明できてれいばいいけど)
「あまり、お嬢様達に見せるものではありませんが」
そう言って見せてくれたのは、「植物図鑑」。
ずっしりと重く分厚い本は、幾つものしおりが挟んであり、ページを開いて…目がちかちかする。
「もじがびっしり…」
「専門書、ですから。…こちらに、ベラドンナの効用があります」
「悪魔…美…なんか、怖いね、その植物」
あらぬ方を見て、読むのを辞めたケディに対し、フォーレはたどたどしいながらも、一つずつ文字を確認して読み上げる。
「少量なら問題ないけど、取り過ぎたり、しちゃいけない使い方をしたら…確かに。それが、あの箱に入っていたの?」
「うん。…でも、なんの薬かわからなくて」
すると、ジェンナ先生が眼鏡を一度クイ、と上げてゆっくりと説明してくれた。
「…ベラドンナは、ある工程を使って、昔は「香水」の一つとして使われていたんです」
「香水?」
「この薬自体調べてみないと何も言えませんが…ただ、香りが」
「匂い?」
「アカデミーにいた時、研究過程で一度授業で実物を見た…その時と同じ香りがします」
私が匂いを嗅ごうとすると、すっと遠ざけられてしまった。
「いけません。…草を潰した時、なんとも言えない不快な臭気と、少しだけ空気が冷え込むような…そんな独特の匂いがありました」
「…なあ、シャル。匂いで空気って冷たくなるのか?」
「わ、わかんない…」
「…うーん、でもさ、そんなやばそうな薬、なんで気が付かなかったのかな」
「確かに…たまには賢そうなこと言うな、ケディ」
「うるせえよ」
「…確かなことはわかりませんが、奥様はキアルーン地方の出身とお聞きしました。…キアルーンは砂漠の向こうにある【ランザ王国】の一つですが…あちらの国は「お香」が盛んなのです」
「お香…?」
そう言えば、夢の中でも、故郷の国のお香の話をしていた。
…ランザ王国?って、砂漠にあるんだ…今度世界地図を見てみよう。
「ですが…こちらのアズレア王国ではその技術は伝わっていません。一部の高名な貴族であれば、交易で入手することもできます。でも、本物によく似た劣悪な香モドキは、ひどい中毒症状、幻覚を引き起こすような有害なものが市場に流通しています。それを香と偽れば…」
すっかり、探偵モードになった先生は、はっと我に返ったように赤面した。
「…ルルが言ってた、お母様はいつも…心が遠くに、ずっと夢を見てたって。もう、全部を忘れちゃったんじゃないかな」
「それは…でも、全てが憶測です…けれど」
すると、ずっと黙っていたフォーレがケロリと言った。
「…伯爵夫人の部屋に、何か隠してないかな」
「え?!で、でも…ずっとあの人、部屋にいるし」
「こっそり行けばバレないんじゃない?」
こういう時はやはり双子だから?
フォーレとケディが意気投合している。
「お母さま…夫人とお話ししたい、とか言っていたね」
「ここはさあ…格上の僕らの家門からのお誘いだし、断れないんじゃない?!」
「よし、じゃあ僕がお母さまにそれとなく交渉してみようかな?」
「それいいじゃん!言いくるめるのはフォーレの得意技だし!」
「言いくるめるって…」
「お嬢様、真似してはいけません」
「で、できないよ、そんなの」
きっと頭がいいんだろうなあ、フォーレは。
「じゃあ早速行ってみようぜ!」
「うん。…俺たちがいる間に、解決しないと」
「あ…そっか」
この子たちはいつまでもここにいるんじゃないんだっけ。
二週間の予定だから…あと七日もない。
「…うん、お願い。…フォーレ、ケディ」
「おうともよ!」
「まかせて。…あ、それと」
先を行くケディを見送ると、フォーレがそっと私に近づいて耳打ちした。
「この間の話、考えておいて?」
「この間??」
「うん。……僕か、ケディか。どっちかが君のお婿さんになるって話」
「え?!」
一気に顔が熱くなる…こ、子供のたわ言じゃなかったの?!
「…シャルだったらいいな。それじゃ!」
「……っもお…」
すると、なんとも言えない笑みを浮かべる先生と目が遭った。
「ふふ…それじゃ、今は少し待ちましょうね。勝手に行動したらダメですよ?」
「し、しないよ!…そんな」
「今日はここまで、ですね。…また、明日」
「うん!先生、またね!」
そう言えば…もう一つ、私の中では疑惑がある。
ロザベーリと、あの厨房の金髪男…あいつとの不倫だ。
(…厨房に行ってみようかな?)
――調査であって、これは、決して甘いお菓子を貰いに行くわけじゃないんだから!
この間教わった通りに地下に降りていく。…つもりが、厨房の裏側に出てしまったようだ。
「あれ?間違えちゃった」
どうやらハーブや野菜が植えられている庭園に直結しているらしく、風に乗ってなんだか少し変わった香りを感じた。
(ハーブ…)
ちょっとだけ。
そう思い覗こうとして…出会いがしら、誰かにぶつかった。
「あ!」
「わ…」
結構強烈にぶつかったらしく、私は尻餅を、もう一方は…ばらばらと草が床に散らばってしまう。
(ありゃ…メイドさん?)
「す、すみません!すみません!すみません!!」
「え…あ」
(…この人)
あ、なんだかこの小柄な人…前世を思い出す。
人は或る極限に達すると、謝り癖が付いて目線を上にあげられなくなる。
自分に自信がなくて、何か後ろめたいことがあるとき…そう、今の彼女のように。
「だ、大丈夫だよ」
「すみません、すみません!!!」
「あ―あ…ダメじゃないですかあ」
「!」
ざり、と床に散らばった薬草を大きな足が踏みにじる。
なんとも腐った土みたいな、妙なにおいが一瞬香り、思わず鼻を抑えた。
(この、無礼な声は)
「ラ、ラウ様…」
「いいよ、君。帰んな。あとは俺がやっておくから、さ」
「は、はい…すみません…」
「あ…」
…ロザベーリの不倫疑惑の金髪の男の登場だ。
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