第九話 -契約-
「よし、着いたか」
わしが向かっていたのは、1週間前にも一度見た所。
暇つぶしに受けた渓谷内の探索だけで、まさかあんなに掛かるとは予想外じゃった。
まぁ丁度良いの、ナイスタイミングじゃ。
「1週間前はこんなに近くで見てなかったから、よく見えなかったからなぁ…」
この城が持つ敷地だけで、家が何軒立つことやら、想像するのも難しい。
しかし、城のある事に気がついたわしは顔をニヤつかせた。
「…ふむ、成功しているな」
難しい限りだったが、成功していて良かった。
当然わしは普段の城の状態を全く知らないが、それでも不思議に思う部分はある。
門の前や塀の上、ありとあらゆる所に無数の兵隊が何かを待つように佇んでいるのだ。
つまり、わしが一週間前に行ったあの行動がしっかりと奴らに伝わっていると確信できる。
「しかし、これはさすがに兵が多すぎるのでは…」
正面突破は無理、上からの参入も難しい。
残るは穴を掘ってそのまま突入だが、性に合わない。
「はぁ…まぁ仕方ないか」
この入り方はとても面倒くさいのだが手段を選んでいる暇はないの。
何よりわしの退学がかかっているのだ、あの学園にはまだまだ利用価値があるし質の良い魔術師の成長を見てみたい。
ここは絶対に侵入したい。
♦︎
「……ふぅ」
私は紅茶カップを一気に仰ぎ、目を瞑りながら大きくため息を吐く。
やはり紅茶は良い、上品な甘味が口いっぱいに広がるのが言い表せないぐらいに好きだ。
尤も、私が紅茶を飲むときは何か現実逃避をしたい時だけだがね。
「フィブリット国王、何か変わったことはありませんか」
開いたドアから見えたのは私の使用人、つまりいつもの定期連絡の時間か。
カップを目の前のテーブルに置いた私は、今入ってきた使用人に向き直る。
「大丈夫だ、特に何も起きていない」
「そうですか…あの」
「どうした?」
目の前の使用人はどこか言い出せなさそうに体をくねらせている。
はて、一体何が言いたいのか。
「国王のご意見を否定する訳ではありませんが…あの言葉はイタズラだったのではないですか?」
「………なるほど」
再度カップに入れた紅茶の面には、私の苦悶の表情が写っていた。
使用人が言っていることは否定できない、イタズラの可能性だってある。
「だが、念には念を入れておいた方がいいだろう?どこの輩がやってくるのか分からないからな」
だが、今回だけは絶対にイタズラではないと断言できる。
「失礼致します、くれぐれも外から見える窓辺には出ないように」
そう言って、使用人は私の部屋から出ていった。
使用人にはあのように言われたが、どうしても我慢できなかった私は窓辺から外を見た。
「………」
光が照らす魔法至上主義のこの国ヴィージスト、まだまだ問題を抱えている。
しかしこの国は比較的に安全だ、この制度は民の向上心を煽る為に作られた物、中級魔術以上を扱うことができれば不自由なく生きていける。
「……雑草に目を向ける必要もない」
誰でも使える中級魔術も使えない者も、中には居る。
だが一々そんな奴に目を向けている暇はない、仕方がないことだと目を逸らす事だ。
「…もし、本当なら」
1週間前、この城に響いた言葉を私は数秒前の事の様に思い出せる。
『国王よ、一週間後そちらに向かう、事前の同意など要らないだろう?グラミーヴァンレットより』
もし本当だとして、この国の制度の中に奴を放り込むのなら、この国の平和など一瞬で消え去る。
もはやそうなった時、この国最強は五宝ではない。
「間違いなく俺だろうな、そう思うだろ?」
「………」
「おっとっと、まだ振り向くなよ?…美味いな、流石は五百年後の王が飲む物だ」
奴は私が淹れた紅茶を呑気に飲んでいるようだ。
いやそんな事よりもだ、この部屋に人がいるのだ。
「…まさか-隠密-」
「まぁ半分正解じゃ」
カップを置く音とともに、背中側から椅子を立つ音が鳴る。
「どうやって中に入ってきた、この城内では魔法を無効化するはずだ」
「しかし、現に俺は魔法を行使できた…かなしいかな、その魔道具は欠陥だ」
城内にある魔道具が欠陥だと?あの魔道具は度の魔法使いも全て一流の人材が手掛けた物だ。
欠陥は絶対にありえない、その証拠に今まで城内では魔法を使った侵入者の話はなかった。
「または、俺の魔術だけがその魔道具の対象外であるか…さて、もう振り向いてよい」
その言葉に従い、私は落ち着いてゆっくりと後ろを振り向く。
見慣れた部屋が視界に入ってくる、鏡、タンス、机と続き、見慣れない男椅子に座っていた。
その男は、若々しい青年とは決して呼べなかった。
瘦せこけたように細く軟弱な腕、少しぼさついた紫色の髪、平均より低い身長。
そして極めつけは、右胸のエンブレムだ。
「…まさかトーリ・ファーミンか?」
「知っているのか、まぁとにかく座らんか」
「……そうさせてもらう」
国王の私に普段ならばこのような態度を取る者は不敬罪で牢にぶち込まれるが、今私の目の前にいる相手にはそのような事を言ってられない。
「さて国王フィブリット、俺…と言うより、トーリ・ファーミンは有名なのか?」
「そうでもない、ヴァーレット学園に出向いた時に目にしただけだ」
だからと言って、下手に出ていては私の立場がない。
相手がどんなやつであろうと私は国王だ、常に強く出るのだ。
「……良い、ティスタは俺にペコペコするだけでつまらんかった、主は勇敢じゃ」
ファーストコンタクトは成功したようだ。
しかしそうか、五百年前のティスタ国王はこの男に何も出来なかった…それほどの男か。
「確認だが、グラミー・ヴァンレットで良いのか?」
「あぁそうじゃ、まぁトーリと呼んでくれ」
グラミー・ヴァンレット、別称『最悪の大賢者』その名を知っている者は私達王族の中の特に限られた者しか居ない。
「気になったんじゃが、俺の名が歴史書に載っていなかったのは、そういうことで良いのか?」
「そうだ、今お前が想像していることで間違いない」
グラミー・ヴァンレット五百年前に大賢者の称号を初めて授かった者だった。
その偉業を達成していながら、歴史書に彼の名前が載っていない原因、彼は世界法則から足を出してしまったからだ。
簡単に言えば彼の力は危険すぎたのだ。
歴史書に載り、グラミー・ヴァンレットに興味を持った者が第二のグラミー・ヴァンレットになるのを防ぐためだった。
「はぁ、少々やりすぎたと思っているがな…」
「少々だと?一つの国を半壊させた男が何を言っている」
「………」
私がそう言うと、トーリは苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。
彼は世界が戦争状態だった当時、どこからともなく現れ小国を瞬く間に半壊させた。
その小国も決して弱くなかった。
最初の攻撃で全ての状況を整えたその小国は、苦しい戦闘の末に彼を撃退し死者を一人も出さなかった。
「そうするしかなかったのじゃ、主も多少の犠牲が必要だと知っているじゃろ?」
トーリから出た言葉は、まるで自分のやった行いを正当化する言葉だった。
「必要な犠牲だと?小国を半壊させるのが必要なことだったのか?」
「まぁな…無駄話はこの辺にしよう、-契約-」
トーリがそう唱えた時、私の彼に挟まっている机の上に一つの魔法陣が現れた。
「……やはりそうか」
「これも知っていたか?」
と言うよりもこの契約があったからこそ、彼ことグラミー・ヴァンレットの言い伝えが出来たのだ。
彼がもし復活してきた時のために…太刀打ちするために。
「確か契約内容は、国王が何でも願いを叶えてくれる…じゃったな?」
トーリの口が大きく弧を描いた。
一体どんな願いだ、グラミー・ヴァンレットはどのような願いをする。
「わしの退学を取り消してくれ」
「んーーーーー?」
彼から出た言葉は、小さく精神的に成熟していない子供が言うような願いだった。
「なんじゃ、これでも俺にとっては結構重要なことなのだ」
「いや、そうではなく…何かもっとこう暴力的な」
国を滅ぼさせろなど、こちらに何か不利益なお願いが飛んでくると思ったが…
「ティスタめ、俺を破壊大好き快楽殺人鬼だと伝えたな…この契約は五百年前だからこそあった物なのだ」
「どういう事だ?」
「あの時代、世界が全勢力をかけて俺を捕えられた一番の要因は魔法兵器-穿天地砕き-があったからじゃだが…今はどうだ?」
本来五百年前の戦争の為に作られた穿天地砕き、その実態は大規模な魔力貯蔵装置と聞いている。
解放された攻撃はまさしく天を穿ち地を砕く、その姿がそのまま名前となった。
しかし問題は、その穿天地砕きが彼の死因ではなく捕えられた原因だということ、彼は復活してもすぐに兵器でまた捕らえられるのだ、だからこその契約。
その魔法兵器は、彼が自由に動くためには一番邪魔な存在だった、しかしその魔法兵器がない今、彼はどうなるか。
「極論、俺は脅せば何でも手に入る環境を手に入れた…しかし俺は微塵も興味ない」
「なに?」
「飲んでほしい要求は三つ」
一つ、ヴァーレット学園の退学を取り消してもらうこと。
二つ、明日までに生きていくに困らない程度に金を出すこと、宿を提供すること。
三つ、自分を殺そうとする輩を送らないこと。
「以上の三つ、この条件を飲むならば、俺は国王に飼われていい」
「……ほ、本当か?」
願っても見ないチャンスだ。
この条件を飲むだけで、彼は私の言いなりになる。
世界から排除された男…つまり世界最強を手中に収めることが出来る。
「しかし俺も何でもいうことを聞くわけにはいかん、あくまで対等、武力で言い聞かせても良いが体が変わった所で俺の実力は変わらず現役じゃ、どうだ?」
彼は机を介して私に手を伸ばした。
その手を私は──
「…受けよう」
しっかり、離れないように掴んだ。