第七話 -綺麗な花には棘と刃-
「……はぁ」
折角買った菓子、これはとても美味かった。
果実の周りに飴細工を塗り固める、外はザクザク、中はじゅわっと果汁が口いっぱいに広がる。
だがその味を楽しめたのもほんの一瞬だった。
「確かにこれは…結構見られているな」
あの店員のせいだ、初級魔術使いは左胸に宝石がない。
つまりどういうことか、滅茶苦茶な汚物を見るような視線がわしの体にさっきから突き刺さり続けているのじゃ。
実害こそないが、それでも居たたまれない状況なのだ。
何処か適当に店の中に入るか、視線の質は変わらないが数が減るだけましじゃ。
「……よし、それじゃ」
適当に目に入った店のドアを少し開けて、そのドアと壁の間の隙間から中の光景を覗く。
「……ほぉほぉ」
少々俗っぽい飲食店だ、出されている料理はどれもこれも肉肉しい物ばかりで、上品さが微塵も感じられないな。
ドアを閉めて上の看板を見たわしは、内心『だろうな』と苦笑する。
壁の上のほうには大きく『冒険者協会』と書かれていた。
あと1週間暇じゃな、この冒険者協会で時間を潰すとするか。
「……んー」
冒険者協会の中に入ってすぐに依頼が書かれた板を見渡す、その間に向けられた視線は一瞬だけだった。
案外気にしてないのだろうか?小石程度に思ってくれるとありがたい。
「……なるべく時間が稼げる依頼が良いのぉ」
そんなことを口ずさみながら依頼の板を見ていたわしは、目に入った一つの依頼を手に取った。
その依頼主は、まさかまさかの国自直々からだった。
「嘆きの渓谷の…マッピング?」
嘆きの渓谷のマッピング…全てを調査するにはあと二百年の月日が必要と言われていたものだったような。
そんな危険な場所を冒険者に依頼するとは…それほど切羽詰まっているのか?
わしは依頼を手に持ち、受付嬢が居る机にそれを投げた。
「すまぬの、この依頼を受けたいんじゃが」
「あ、はいはいどの依頼…え?」
その言葉が最後で、受付嬢は固まってしまった。
恐らく、目の前の受付嬢は二つの意味で驚いていた、一つはわしはの事、そしてもう一つはこの依頼の事だ。
だ。
「……冒険者登録はしてますか?」
やっぱり態度は悪くなるな、初級魔術使いというのは本当に嫌われている。
「やった事ないの、必要か?」
「別に、ただ怪我などの保険が降りるだけです、無意味だと思いますがやります?」
ナチュラルに毒を吐きよる。
「何をすれば良い?」
一回もやったことないしな、思い出作りにやってみようではないか。
「じゃあ、これに手を翳してください」
受付嬢が奥の部屋から持ってきたのは、なんの変哲もない水晶だった。
さて水晶よ…お前はわしに何を見る。
「……んー?」
「やっぱり無意味でしたね、最初からわかってたことですが」
無反応、ピクリともピカッとも光らない。
魔力を計測するような物だと思っていたのだが…一体何を図っているのか。
「これ、何を測っているのだ?」
「主に扱うことが出来る魔法の量です、それに加えて筋肉量、頭脳、魔力量を合わせた総合力がこの水晶に反映されます」
ほうほう、なら世界最強のカードが作れるはずだが、何故反映されない。
「まぁ、初級魔術しか扱えないお客様では、当然の結果と言えます…それで?この依頼本当に受けますか?保険降りないですが」
「必要ない、受けよう」
「……チッ」
うわ、舌打ちしよった。
まぁ確かに無能が無謀の依頼を受けている自覚はあるが。
「ねぇその依頼、見せてくれないかな?」
不意に、依頼の書かれた紙が何物かの手によって持ち上げられた。
その主の顔を見た受付嬢は、何故か顔を高揚とさせ体を震わせた。
「はい…はいどうぞ!好きなだけ触ってください!」
「ハハ、そんなに緊張しなくても良いよ…なるほど嘆きの渓谷ね…で、君が受けようとしたの?」
振り返れば、わしよりも10cm程背が高い緑髪のイケメンがニコニコとこちらを見ていた。
周りの反応からも、なかなかの有名人。
「何か問題か?麗しき女よ」
しかし、そんなイケメンでも声が女というのは、中々に世界の歪みを感じる。
「あれ?分かるんだ…君、この依頼僕も同行して良いかな?」
「……はぁ?」
「…えっとミラさん、そちらの方の宝石は」
受付嬢がそういうと、ミラと呼ばれたこの女はわしの胸元を見て固まった。
そりゃ、まさか宝石も何もついてない奴がこの依頼を取るとは思わないだろう。
「…僕は大丈夫さ、この事実を確認したおかげでより一層僕がついて行かなくなった」
「……勝手にするんじゃな」
これまた予想外。
レクシア、アークティックに続いてこいつもわしを軽蔑するような態度は取らなかった。
まさか、既にその主義は壊滅しつつあるのか?
「…では、お二人には忠告です、この依頼は国直々の非常に危険な物…それがわかっているのならこの水晶を持って下さい」
「これはなんじゃ?」
「…簡単に言えば地形の記録をしてくれる物です…チッミラさんに近づきやがって」
怖いのぉ最近の若いもんは。
小声がばっちり聞こえとる、先に近づいたのはあっちじゃというのに。
「じゃ、行こうか…大丈夫、僕が守ってあげるから、そういえば名前は?」
「トーリ、あまり期待はしないでおく」
「ハハ、なるべく頑張るさ」
♦︎
「……ねぇ、一ついいかな?」
「なんじゃ?」
この辺、すでに嘆きの渓谷付近のまで近づいてきている。
その間、わしらの目の前に現れた魔物などは、全てこいつが倒した。
結論から言おう、此奴は結構強い。
基本的に魔物の強さは体の大きさではなく内包している魔力の量。
たとえチビでも、大きな魔物に勝ちうる事もある。
で、さっきからそこそこの魔力量の魔物が出てきているが、全て一発二発、わしの出る幕なく終わっている。
それに、こいつは元の魔力量も多い。
魔術師でも十分に力を発揮できる、世間的には天才と呼ばれる部類だ。
「何でトーリはこの依頼を受けようと思ったの?」
「悪いか?」
「善悪の話をしてるんじゃないよ、客観的に見てあまりに無謀な行動だって自覚してる?」
「まぁの、否定はできん」
だって、この依頼もただの暇つぶし感覚じゃったし。
「君はこの国をどう思う?」
「国?魔法至上主義とは建前の実力主義の事か?」
「そうだね、どうかな?」
「そうじゃな…お、着いたみたいだぞ」
気がつけばわしらはすでに嘆きの渓谷割れ目まで来ていた。
日に照らされているこの時間に、森の中とはいえこれほどまでに渓谷深部が暗くなるかと不思議に思うほどの深さだ。
「うーん…中は見えないね…よし」
「どうした?入口を探すのか?」
「いや大丈夫、こうするだけだから」
次の瞬間だった、一瞬脳の反応が遅れた。
「じゃあねクソカス、来世はネズミぐらいが丁度良いんじゃない?」
耳を疑う言葉が飛び込んでくると同時に、わしの体がいつの間にか渓谷内を落下していたのだ。
投げ飛ばされた、服の首根っこ部分を掴まれそのまま投げられたのだ。
こいつ、ミラに。
「はぁ…」
そういう事か…やはりまだ魔法至上主義の考えは健在じゃな、レクシアみたいな奴はそうそう居ない。
しっかし、タチ悪すぎではないか?なら最初から嫌がっておけと思う。
が、それが奴の作戦。
嘆きの渓谷と聞いた時、自分が行かないといけない理由が増えたみたいじゃった。
確実に初級魔術使いのわしを殺すためじゃ。
「どうしようかのぉ」
このまま-風で上がって行っても良いが、少し味気ない、どうせなら倍倍倍返しぐらい。
そのまま落ちても死ぬが、仮に生きても視界の先に映る魔物の大群で死ぬ。
なら、これしかない。
「-火-、-風-」
イメージするのは無数の風の刃、そしてその上から押しつぶすような火のコーティング。
風の刃に-火-を付与し、それをわし中心に天高く円を描き続けるように。
そして成るは隙間なく密接な無数の火の刃。
名をつけるのなら───
「-炎刃昇-」