第六話 -金とは交渉術なり-
学園を出たあと、目的の場所に向かうために足を進めたわしを待っていのは、目を見張るような光景だった。
まず一つ、道の整備が行き届いていることだ。
五百年前では国の中心部、つまり貴族などが住んでいる場所にしかなかった。
だが今は一般道にも前以上の整備が整っているのだ、五百年前の国民が見たらひっくり返るだろう。
そして、二つ目。
「既に客寄せ様式を捨てたか」
わしの居た時代は、道の真ん中にテントなどを張りその下に食料、アクセサリー、中古品などなどを売っていた。
その際に、自分の商品を買ってもら言うために客を呼び寄せていた。
だがこの時代にはそのような形式の店舗は見る影もない。
今の時代、全ての商品は建物内で売ると言うのが今の鉄板らしいのだ。
「確かにあの時は窃盗や盗難が多発していたし、良い時代になった」
それを可能にしたのは、この時代の建築技術といった所か。
まぁ何だ、五百年前の比べて大分頑丈そうになったと言うところだけはわかる。
時の流れは侮れんな。
「そうとなれば、五百年経った世界の食べ物をを何か食べてみたいところなんだが」
その場で軽く上に跳ねる。
ふーむ、金属製の音は無しと。
制服のズボンポケットに手を突っ込む。
……ないの。
次、胸ポケットに手を入れる。
……ないか。
期待していたわけではない、この結果は予想がついていた。何せ魔法至上主義の最弱の初級魔術使い、持ってる金も最弱級か。
「そうじゃ…これなら悪くない」
五百年前の事、わしは自分の隠れ家があそこ以外は全て処分されたと考えていた。ならば当然家にあった金も全て押収されることは分かっていた。
だから、日常生活には困らない程度に金を小屋に入れていたのだ。
「よし、そうとなれば早速出発じゃ」
-風-と唱える瞬間にわしは踏みとどまる。
この街を歩いている人々が全員魔法を使っていないぞ、まさか、街での魔法も全て禁止になったと言うのか。
「…まぁ歩くか」
森に入れば低空で移動すれば良い。
さて、金を持ってきたら何を食べようか。
料理か?お菓子か?五百年も経っておるのだ、全てが美味いものになっているに違いない。
♦︎
そんなこんなで、嘆きの渓谷内にある小屋から多めに金を持ってまた街へと繰り出した。
やはりあの小屋は捜索部隊に発見されなかったようじゃ、百を優に超えるダミーを作った甲斐があったってもんだ。
「すまぬ、そこの貰えぬか?」
入った店は-菓子屋-と書かれたところ、中に入れば香ばしい甘物の匂いが店全体に広がっていた。
流石は五百年後、時の流れに伴い料理の文化もレベルが上がっている。
「いらっしゃい!一体何をご所望…」
その一瞬の出来事だった、店員がわしの顔を見るなりその辺に落とされたごみを見るような目つきになったのは、普通の客には絶対しないような顔じゃ。ため息もついておるし、そんなにわしが来たのが嫌だったのか。
「あーはいはい、どれ?」
顔だけでなく態度も悪くなりおったぞこやつ、さっきまでは営業スマイルを欠かさずしておったのに唐突に…何でかは大体予想がついているが、一応確認のために聞いておくもの悪い判断ではない。
「それをくれ」
「はいはい、本来五枚のところ初級魔術しか扱えないお客様には特典で銀貨十枚にしてあげます」
何が特典じゃ、値段が上がっているではないか。どれもこれも全てこの体の弊害だというのか。
まぁだが、払えない額でもない…それに気になることが出来た。
「ほい、これで足りるじゃろ」
「はいはい、金貨五十枚ですね…は!?金貨ごじゅ!?」
店員の口を右手で抑える。
すぐに外面に出すなこいつは。
「何故が俺がこの大金を持っているかなどもろもろの詮索はするな。俺の言ったことを教えてくれたらこの金貨をすべてくれてやる…やるか?」
小さな声で脅すように言うと、店員は首を縦にぶんぶん振った。
嘘がないと判断したわしは店員の口から右手を退かすと、店員はおいてあった布で口元を拭いて小さくため息をついた。
「……何が聞きたい?」
「どうやって俺を初級魔術しか使えないと判断した?」
「はぁ?そんなの常識だろ…お前にはこれが付いてないんだよ」
目の前の店員は自分の右胸に指を置いた。
その指の先には、キラキラと輝く緑色の宝石が存在を表していた。
「それがどのような意味をあらわしている?」
「そんなものも知らないなんてさすがは初級魔術のお客様だ」
「次変なことを言えばこの金は渡さないぞ」
「……これは宝石だ」
宝石、宝石じゃと?
目を凝らしてよく見るがそれらしき特徴は見当たらないな、宝石と言うのならば中心は少し光っているはずじゃが…偽物ではないか。
「当然、これは偽物だ」
「何も聞いてないぞ」
「顔に書いてあるんだよ、偽物じゃんってな、だがこの偽物の宝石にも存在意義がある」
一度店を閉めて、男は語った。
宝石を模った偽物は、今やこの国で生きていくためには必須なものとなっている。そんな重要な宝石の意味は大きく二つある。
一、宝石は自分が扱える得意属性を意味している。
緑色は【風】
赤色は【火】
青色は【水】
茶色は【土】
これ以外にも魔法は数多く存在しているが、大体はこの四つの原点魔法の派生。
それ以外にも、【結界】、【光】、【氷】など様々ではあるが、この説明は省く。
二、今度は宝石ではなくその宝石がはめられている鉄の型、その形に意味がある。
その鉄の型は段々と威厳を見せていくように豪華になっていき、己の得意魔法の最終形態【究極魔法】を扱うことが出来て初めて、そのエンブレムは終着点に届くと。
ちなみに魔術の枠は【初級魔術】、【中級魔術】、【上級魔術】、【理解魔術】、【究極魔術】と進んでいくが、究極魔術に達したものはこの三百年で一人の居ないらしい。
「ふーん、その究極魔術ってのはそんなに難しいのか」
「馬鹿おまえ、究極魔術て言ったらその魔法の頂点を取ったようなものなんだ、大体の人間は中級魔術が限界、そこから選りすぐりの猛者たちが-上級魔術-を習得する、そっからさらに-理解魔術-と-究極魔術-としていくんだ、最後には一人も残ってないさ」
わしも理解魔術と究極魔術はよく分からん、わしの生きていた時代は上級魔術が一番上だった。
こいつの話を聞く限りでは、理解魔術でも十分国最強を名乗れる境地、その境地でも五十年に一人、究極魔術となると難易度は跳ね上がる。
今や究極魔法は誰も登ったことがない境地として、もはや魔法の存在さえも伝説化してしまっているらしい。
「だが、その究極魔法のエンブレムがあると言うことは、誰かがその境地に到達したと言うことじゃろ?」
「まぁな、話しか聞かないが…この制度が作られた原因の奴らしい、本当かどうかは分からん」
制度が作られた原因、つまり三百年前の誰かが究極魔術に到達した…是非とも会ってみたいものじゃった。
「最後に一つ、その宝石を手に入れるためには何をすればよいのだ?」
「あぁそれだ、五年に一度この国で試験があるんだよ、試験があったのは三年前だからあと二年は待たなくちゃいけねぇ」
…気になる事は大体聞けたか。
「感謝する、その金貨は約束通りおぬしの物だ」
「じゃあさっさと帰んな、初級魔術の客が入ったって知られたらこっちも都合が悪いからな」
店員はゆっくとを店を開けて周辺を見渡していた。
初級魔術使いが来たというだけで営業成績が悪くなるのか、本当に嫌われておるの。
「次会うときは、この胸にエンブレムをつけて来るぞ」
「お客さんや、一生来ないっていうんならそう言ってくださいね」