第十三節 〜天の星と地を這う根〜
ベッドにふわりと横たわり、虚しい瞳で天井を仰ぐ。
「…………ねぇ、キリンさん。」「はい。なんでしょうか。」
「……人って、蘇るのかな。」「…人間から流れ出た血が元の身体に戻ることなく乾いていくように、魂もまた不可逆です。戻すことは、奇跡でもない限りどうにも…」「…ですよね………」「…それに、自我の消失は実質的な魂の消失も意味します。あの変化が“不可逆なもの”である限り、もとの精神に戻せなければ………」「…」
グレートツリーのひとつの客室。前に、私たちが貸してもらって女子会?をしていた場所だ。
SH-VAとの提携によりいつでも使えるようになったので、私は今そこで心身を休めている…という所存。
「……あの人、どんな人だったんだろ。」「…それが……あの異形化した肉片以外、個人情報に関わるものは何一つなく…教団の関係者には行方不明者も多いので、人間の部品がひとつでもない限り…特定は、難しいかと………」
「………そっか。」「歴史に、名前さえ残せない死に方。個としての尊厳を、限りなく踏み潰した殺し方。………悲しいです。とても。」「…」
涙はない。だが、ぽっかりと穴が空いたような喪失感がずっと感情に付き纏う。
「…ねぇキリンさん。」「はい。なんでしょうか。」「星盾についt「却下です。」言うと思いました〜〜〜。わかりますよ。どうせこーいう特殊能力はヒーローにおいてだいたい上から隠蔽されて争いの元になったり敵に狙われたりして場を引っ掻き乱すのが運命なんですよぉ〜〜〜知ってますぅ〜〜〜〜」
思ってた通りの答えに、すこしむすっときた。
「めちゃくちゃ細かく言ってきますね、マナー講師のお方ですか?」
酷い言い草。
「………そういや。前から思っていたんですが、ヒーローヒーローとおっしゃって…アメコミ…もしくは特撮とか嗜んでいるので?」「後者、特撮です。毎週決まった曜日はきっちりチェックしてますので。」「ふぅん…どうりでウルさんと気が合うワケですね…」「毎週感想も交換しあってるし…あ、ゼロは戦団シリーズに特に入れ込んでますよね。」「ふふっ…そうですね。私もよく聞きます。」
失礼するぞ、とばかりにノックが小さく響き、ドアが開く。
「戦団、か…リフェリアも好きだって聞いた事があったな。」「…!先輩っ!!!」「アタシも来たよ〜。」
テラ先輩と、ミラ。
「お2人とも、こんにちは。…お聞きしますが、“リフェリアも好き”とは?レフティスとの面識といい、あなたとあの娘たちに…果ては教団に何か関係でも?」「やっぱそれ聞くじゃあないですか。…申し訳ないですが、今はお答えできません。キリン様。整理がつけばまた。」「えー?気になるぅ…先輩のケチ。」「ケチとはなんだ。あのなハヤテ、こういうのは聞かないでおくのが礼儀なんだよ。」「隠す側が言うか?ソレ………」「ぐっ…」
ミラのため息混じりのツッコミが先輩の胸を突き刺す。
「…ほら、これ。配信で見た、あんな事があって…心身も疲れてるだろ、2人でそれぞれ選んできた。」
手提げの紙袋を差し出され、素直に受け取る。
ひとつ。中には、むぎゅっとした触感の…まんまるな白い鳥のストラップ。ミラからだろうk「俺が選んだやつだ。」嘘でしょおい。案外趣味かわいいな…「ストレスも貯まるだろう。これで発散しておけ。」「ありがとうございます…こっちは…?」赤い…赤い。赤いマフラー…かっこいい……「で、これがアタシの。ヒーローものとか好きなんだろ?辛い時は、いつでもソレがそばにある。いつでも、アタシらがそばにいてやる。…そんな、ちょっとした願いの産物だ。」「〜〜〜〜〜っ……ありがとうっ、ふたりとも!!!」
ぎゅっとミラにだき寄る。
「おわぁっとと!…ははっ、この〜〜〜!」
強く抱きしめ返された。先輩が伏せた目でこちらを見る。“あの、俺もですか…?”とでも言いたげな目だ。「あの、俺もですか…?」言った。よっしゃ。
「先輩も、です!かわいい女の子に抱きつかれるチャンスですよ?」「いや、気持ちは嬉しいんだけどね?ほら、最近厳しげなコンプラもあるし…というかソレ以前に俺も“男”だし…」「まぁまぁ、そう言わずに…♡」じりじりとにじり寄る。「お、じゃあアタシも…♪」「増えたァ!?え、本当に理性も周囲の目も危ないから。本当にやめて。本当に。」「「ふっふっふ………♡」」「やーめーろ!やめろってばぁーーーーーーーーっ!!!」
「これが若さですか…」
数分後。
幾たびもの追いかけっこを終えて先輩を2人でぎゅっとした後、部屋に戻って再び休む。今日は休み、時間もあるし宿題もない。…楽になってきたな。まだ、虚しさは残ってるけど。
「はぁ、疲れはしたけど………なんか、ありがと。ちょっと軽くなったよ。」
ベッドに寝転がり、好きな歌を口ずさむ。
「…Chhatasya prushthatah akashah nigudhah aassit…♪」
キリンさんが、それに合わせてきた。
「望んで、闇へ 降りてゆくの…♪」
「なにその物騒な歌。」「子守唄です、小さい頃に父が。」
「「そんな重々しい歌詞で………?」」「酷くない?そこまでかなぁ…」
「「…偽の陽に、蒼く照らされ……♪」」
「「今、還らん 母なる星よ…♪」」
おぉ、と感嘆の声をだして2人が拍手する。
「…というか、先輩たちは知らないんですか?この歌。」「いいや、全く。」「聴いた事もなかったわ…」
「え〜?意外、メジャーだと思ってました……」「ははっ、チェインさんも物好きですねぇ。」
「…まずなんで知ってるんですかキリンさん。…あ!裏切りますね?さては裏切りますよね貴方?」
「いえ…えっちょっと心外です……」
「心外ってなんですか!妙に私のこと知ってますしこの子守唄も知ってますし…ってか知らない方が珍しいと思ってたけどキリンさんだけ知ってたし、あとーここのこと黙ってたし…んで!この!!!ぜ〜〜〜〜〜〜〜〜ったい裏切る糸目!!!!!」「は?」「糸目は裏切りの証!」「酷くないですか!?!?!?私すぐに開眼しますよ!?」「食らえ!糸目怪人ユニコーンマン!」「くっ、次は私が標的だったか…!!!ひどい!!!!!」
がばっと飛び上がり、キリンさんと格闘戦を繰り広げる。
げらげらと、2人がソレを見て笑う。
「あははっ!……キリンさん、どんまい……っ…」
「はは… ……そうだハヤテ。そういえばの話なんだが。」「?…なんですか先輩?」
「今日、チェインさんを見なかったか?」「えー、いや…そういや、ここに居るのに今日は一度も見てないなぁ…」
「ぐにに……チェインさんはッ…今日……大事な会議があるとッ…午後から、会議室nぶべらぁっ!!!」
「あっごめんキリンさん!肘が顔面に!」「私じゃなきゃ逮捕されてますよ」「ごめーん!!!!!」
…階下。
…その下。
…さらに下。
暗い部屋。黒い部屋。研究所に隣接し円形に作られた、極秘の会議室。
2人の男が、席に座って向かい合う。その傍らには1人の女性。
「ファントム。もし何かあれば、お前に任せた。」「心得ております。」
入り口の左横に移動し、行く末を見守る。
前方にはチェイン、真剣な目をして見張るその先には……………………………………仮面の教祖、ドグマ。
「今日はお招きいただきありがとう、って言えば良いのかな?ひっさしぶり♪」
「こちらこそ長らく見ておりませんでしたからね、少し緊張してますよ。」「え〜?カタいねぇ?もっとフランクに!なんてのは?」「………変わらないな、そのイラつく態度は。どの口でソレを言い張る?」「くぅッ、これこれ!!!このっ、この気迫だよ!!!あははっ!!!!!」「…貴様。」
強く、拳を握りしめている。
「大神化教発足前…80年前のあの日から、私は貴様を忘れた事など一度も無い。」「へぇ?まーだそんな昔の事を。忘れた方がいんじゃない?」「覚えていて当然だろう…!…アレは…私と、お前の罪だ。……貴様をぶちのめす為、権力も…人望も…財力も、頭脳も。…そして、この身の力でさえも。全て…全て、全て全て全て!!!…極め、鍛え、注ぎ込んできた。」「へーっ。興味無。んで?わざわざこっちの信者に手紙寄越してここに招いた、ってことはなんかあるんでしょ?」「………っ…ぁ………はぁ…貴様は、今までに…数えきれないほどに数多の罪を犯してきた……提案だ。罪を認め、これ以上の洗脳、破壊行為を停止してもらいたい。もちろん、あのお方に接触しようとする事もだ。」
約束の締結、その為の書類を彼の眼前に差し出す。
「…やだ♪って言ったら?」「今、頼れる味方も逃げ道も…何もないこの場にて、貴様をブッ殺す。」「へー。できんの?」「先程言ったはずだ。この身の力は、ドグマ…貴様の為に。」
「…ふ〜ん。そんじゃ、この場でやってみれば…あ、けどボクばっかりに気ぃ取られてていいの?奥の研究所、確かキミのお仲間がひとり…♪」
見れば足元には、白い蔦が研究所の方面へと。
「…ッ!ファントム!!!」「心得ましたっ!」
ファントムは、急いで連絡通路を渡ってゆく。あそこにはブライトが居た筈、幾ら猛者とて奇襲には慣れないもの…どうか、どうか無事であってくれ………ッ!
勢いよくドアを開け、内部状況を確認する。
「うわぁっ!…急にどうしたんですか?ファントム………」「…感染していない?周囲への損害も…まさか。」
通信が耳元に入る。
「やられた!こちらも応戦したが拘束状態、奴はゲートを使って逃走しようとしている…逃げられるとは思うが今すぐに帰還しろ、ファントム!!!!!」
「…クソ。カマをかけられたか、面倒くさい………了解です、すぐ。」
来て早々、また足を引き返す。唖然とした顔のブライトを背に、走り出した。
会議室。
ゲートを前にして背を向けるドグマ、純白の触手に覆われたチェイン。
「悪いんだけど…まだ届かなかったみたいだね、ボクに。」「…フッ、ほざけ………ッ!」
触手の拘束を破る。お?とドグマが驚く中で、辺りに明ケ色の光が迸る___!
「…星盾。」
ハヤテのペンダントに刻まれたような、はたまた咲いた蓮華のような。或いは燃え盛る焔のような形をしたその光は、追撃する触手を一瞬で弾き飛ばす___
瞬間。五つに分かれ、宙を舞う刃の如くドグマに突き刺さった!
「うぐぅッ!?」
傷口から、灼けたような蒸気が迸る。
「……ゔっ………ははっ、へぇ…やるじゃん……ッ?」 明らかに怒りを覚えた声色で、奴は振り向く。
光の刃が手元に収束し、一振りの剣と化す。
そのまま剣を振り下ろすも、触手に防がれて猛烈な蒸気が室内を駆け巡った。
その隙に、足元から蔦が迫り来る。…ソレに気づき、チェインは身を翻して距離を取った。もはや、追おうとしたとて逃げられる距離、触手の包囲網。これ以上の抵抗は無駄だと判断し、剣がその手から解けるように消失した。
ファントムも、その場に帰還する。
「次来る時は殺してやる。」
「…怖いねぇ、あちら側のクセに“印”付きの外套を貫通してくるなんて…純度が高いのはやっぱ驚異だ。」
「……一つ言っておく。忘れるな。脅威はいずれ、私だけでは無くなるだろう。」
「くっ、そうかい…期待しないでおくが…楽しみにしているよ。」
門は閉じ、交渉は決裂となった。
円卓に残されたのは…教団の印が描かれた書類、ただ一つ。
捻じ曲がった芒星は、今にも彼の手によって破かれた。




