表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漁夫の利?  作者:
3/3

妹たちのこと

お久しぶりの更新でございます。

副題は「貴子の平和な時間」。

本当に平和か?という突っ込みは随時受付中です。

 その日、貴子は久しぶりに夫の顔を見ない、ごく平穏な時を過ごしていた。

 が、実家の妹から文(手紙)が届き、盛大にそのひとときを乱されることとなったのだった。


『お姉様っ!! どうしてお姉様はよりにもよって、帝の寵愛を独占してしまったのですか!? そのせいでわたくし、今とても大変な事態になっておりますのよ!』


「……あらあら、随分なお怒りだこと。一体あの娘に何があったのですか、お兄様?」


 のんびりと首を傾げて問えば、文を届けてきた兄左衛門督(さえもんのかみ)は、若い頃の父内大臣によく似た端整かつ精悍な美貌に苦笑を浮かべ、軽く肩をすくめる。


「何がと言われれば、そうだな。端的に言うと、主上が大層お前をお気に召された結果、兄の私と妹の由子(よしこ)に、捌ききれないほどの縁談が舞い込んでいるというわけだ」

「ああ、そういうことでしたか」


 帝が藤壺や承香殿へ再び足を向けるようになったとは言え、後宮で随一の寵愛を得ているのが貴子である事実は揺らがない。

 その事実は当然、次代の帝たる皇子を授かる可能性が最も高いことを示す。貴子──未来の国母との強い繋がりを得るために、その兄妹の伴侶の座を巡り、(みやこ)中で争奪戦の様相を呈しているというわけだ。

 もっとも左衛門督としては、月に例えられる美貌の妃の妹となればこちらもさぞや……という思いから、野心とは無関係に求婚している者もそう少なくはないと見ている。妹たちの美貌については、何ら異論を差し挟む余地がないのは事実であるし。


 一方の貴子は、明確に相手がいない兄はともかく、由子には頭中将という婚約者に近い立場の男性がいるので、争奪戦という表現は的を外している気がした。実際にそれを口にしてもみたが、兄からの返答はあまり芳しくなかった。


「生憎その頭中将は今とてつもなく多忙で、我が家にも顔を出せないでいるんだ。いや、元から多忙な身ではあるが、この一月(ひとつき)ほどは少しどころでなく度を越している。蔵人頭という立場を考えればぎりぎり不自然ではない程度なのが、流石は左大臣様と言うべきか」

「まあ。仮にも実の父君が、仕事を理由に息子の恋路を邪魔していると?」

「と言うよりは、可愛い嫡男の方にあからさまに肩入れしているんだろうな。このところ何かと理由をつけて、その嫡男──宰相中将が、由子に文を寄越したり花やら何やらを贈ってきたり、呼んでもいないのに話がしたいと押し掛けてこようとしたりしていたから。流石に最後の振る舞いは、『左大臣家御嫡男殿は、我が内大臣家を完全に格下と見なしていらっしゃると判断してよろしいか?』と問えば、すぐに引き下がってはくれたがね」

「あら、流石はお兄様。大変素敵ですけれど、普段からそのように大臣家の嫡男らしくなさっていても、どこからも(ばち)は当たりませんわよ?」

「嫌だね。無駄な波風は立てたくないんだよ、私は」


 再び肩をすくめる兄と、くすくす笑う妹の女御。話の内容といい表情といい、その立場の二人が交わすには少々ゆるすぎる代物だが、内大臣家では概ねこれが日常と言える。

 それだけに分かりやすく激怒している由子が際立っているものの、元より彼女は兄たちと違い母親似の気性である。仮にそういった理由でなくとも、好意の欠片も抱きようがない相手から鬱陶しいとしか言えない強引な求愛をされているとなれば、怒るのもごく当然と言えよう。

 兄によると、先日一度だけ由子がかの嫡男と言葉を交わした際、ことあるごとにそれはもうさりげなく、息をするように異母兄をないことないことで貶めたり(くさ)したりけなしたりする話術を駆使していたそうなので、貴子にすれば妹からの好感度が上がるどころか、最早ただ喧嘩を売っているとしか思えなくなった。


「もしかしなくとも宰相中将様は、本心から由子に求婚なさっているわけではないのかしら?」

「どうかな。仮に恋情があるにしても、異母兄への対抗心の方が大きいのは間違いないだろうが。

 ただ現状は、大臣家の妻として最も望ましいのが他でもない我等が妹なのは確かだ。内親王の降嫁を願おうにも、帝の唯一の御姉妹(きょうだい)であらせられる女一の宮様は斎院(いつきのいん)の任にあり、婚姻など不可能なのは知っての通り。先帝の妹宮には年回りが合う御方はいらっしゃらない。未婚の宮家の姫はいなくもないがほとんどが成人前の方々なので、すぐに結婚というのは無理がある。残る右大臣家の二の姫も、まだ十三で裳着(もぎ)(貴族女性の成人式)を迎えていないしな」

「仮に二の姫様が成人していらしても、政敵(左大臣家)と縁付かせる判断を右大臣様がなさるかは怪しいと思いますわ。むしろ右大臣様は、お兄様を婿にしたいとお考えかもしれませんわよ? 承香殿様によると、『妹の容姿はお父様に似ていて、わたくしほどではないけれど将来は美人になるでしょうし、おとなしくて穏やかな性格だから、年上で落ち着いた大人の殿方が相応しいと思っているわ』とのことですし」

「……一体何があって、そんな話題になるほど承香殿(あちら)の御方と交流を深めたんだ? ごく最近までは、悪口や嫌味に毒に呪いと、嫌がらせでしかないあれこれが送り付けられていたはずだろう。さてはある種の牽制か?『もしわたくしを排除できても、後には可愛い妹が色々な意味で控えているから』というような」


 同じ帝の妃同士ならば、確かにそういった穏やかではないやりとりを笑顔の裏でしていたところで何らおかしくはない。日和見に見えて言葉の持ち得るいくつもの意味に容易く思い当たるあたり、流石はあの父の後継ぎだとしみじみ思う貴子である。

 だが少なくとも承香殿の女御に関しては、貴子はそこまでの深読みは不要だと判断していた。


「わたくしの見たところ、承香殿様は些か無思慮な面はありますけれど聡い御方ですわ。ただそれ以上に、深窓の姫君らしく良くも悪くも素直でいらっしゃるので、腹黒い行いや企みなどは明らかに不得手と言いますか、実行しようにも簡単にぼろが出てしまうという、大層可愛らしい欠点をお持ちなのです」

「…………確かに、報告のあった悪口や嫌味は、子供の喧嘩を少し超えた程度の微笑ましいと言えなくもない代物だったな。菓子に仕込んできたのは軽い体調不良になるだけの致死毒とはほど遠い代物で、呪いの効果も危険度自体はかなり低かったから、文字通りの『嫌がらせ』の範疇でしかないと言えばその通りではあるか」

「ええ。藤壺からのあれこれと比べると殺意は皆無ですし、害意の差もあまりにも極端でむしろ和んでしまうくらいですわ。

 そのようなものですから、ついつい承香殿様には由子に対するのと似たような接し方をしてしまって……」

「ああ……つまりは懐かれてしまった、と?」

「ええ。勿論そう大っぴらにではありませんけれど……」


『……実はわたくし、昔からずっと姉が欲しかったの』

『伯母様の娘で従姉でいらっしゃる女一の宮様とは、幼い頃は同じ屋敷で暮らしていたけれど。五つも年上で簡単にお近づきになれる立場でもなかったから、あまり親しくもなれなくて……』

『正直なところ……主上の寵を争う相手でなければ、貴女をお姉様と呼んでいたかもしれないわ。勿論実際は競い合う立場なのだから、そんな風には絶対に呼びはしないけれど!』


 つんっとそっぽを向きつつそんなことを言われては、可愛いと思うなと言う方が無理難題である。

 それからしばらく経った今では、承香殿からの嫌がらせはぴたりと止まっていた。


承香殿(こちら)からは色々なことを仕掛けているのに麗景殿(あなたたち)には全く効いていないし、それなのにそちらからの仕返しのようなものは何もないんだもの。つまりはわたくしがどれだけ嫌がらせをしても、貴女には何の意味もないということでしょう? それならしようとするだけ時間と労力の無駄だわ』

『ああ、でも一つだけできることがあるわね。わたくしが可能な限り昼間の時間を貴女と過ごすことで、明るいうちの主上と貴女の逢瀬の機会を減らしてさしあげるわ!』


 ふふん、と誇らしげに胸を張った年下の少女のあまりの愛らしさに、貴子は人知れず悶絶した。

 なおその作戦が実行されたことで帝は大いに機嫌を損ねたが、最愛の妃と可愛い従妹がまるで姉妹のように過ごす様子に延々と腹を立て続けていられるほど心は狭くないため、仕方なく昼間は三人で至極健全なひとときを過ごす機会が増えている。今日がそんな日でなかったのはある意味で幸いと言えよう。


「主上も何ともお労しいと申し上げるべきか……もし由子が知ったら、『お姉様の妹はわたくしでしてよ!』と盛大に拗ねそうな話だな」

「わたくしとしても久しぶりに、可愛い妹の顔をそろそろ見たいのが本音ではありますわね。ですが今はそれよりも、妹の未来の夫のことを考えなくては」


 話が豪快に逸れていたが本題はそこだ。

 もっとも、要は左大臣と宰相中将をほんの一晩だけ足止めできれば、その隙に頭中将を由子のもとへ行かせられる。後はただ二人きりで夜を過ごし、翌朝にさっさとお披露目をしてしまえば、実事の有無はどうあれ既成事実の完成というわけだ。何なら疲労の極致にあるだろう中将は、由子の傍らで熟睡しているだけで構わないのである。

 一般的には男性は三日続けて女性のもとに通わねば正式な結婚にはならないのだが、それくらいのことはどうとでも言い訳が利く。何なら最終手段として、帝から頭中将へ数日間の休暇を強制していただき、その間は中将に内大臣邸でたっぷり休養を取ってもらえばよろしい。


「いずれにせよ左大臣父子の足止めが必須だが……やはりここは、主上にお出ましいただくことになるか?」

「それが最も確実でしょう。最近はますます藤壺のあたりがぴりぴりしていますから、そこをしっかり宥めていただくためにも。主上ご本人も『そろそろあちらに顔を出さなくてはならぬか』と仰っておいででしたし」

「ふむ。では主上の説得は頼む。私は父上や頭中将に話を通しておこう」

「……由子には何も伝えませんの? 頭中将様のことは、わたくしに八つ当たりの文を寄越すほど心配しているのでしょうに」


 美しい料紙に綴られた、細く流麗ながら少々乱れが目につく文字を見れば明らかである。


「詳しい日取りが分かってからの方がいい。どうせそのうち、藤壺や宰相中将あたりがそれはもうあからさまに我々に知らせてくれるだろう」

「少なくともお兄様が出席の要請をされるのは間違いありませんものね。この際ですからご招待に応じては如何です?」

「どのみち主上から道連れのご指名をされるだろうし、とうに覚悟はしているよ。せっかくの機会だ、久しぶりに宰相中将と合奏でもしてやるとしよう」

「あら、素敵ですこと。宴に添える花としては最適ですわね」


 と、貴子が笑顔で述べた通り。

 それから数日後の夜、藤壺にて管弦の宴が開かれることとなった。

 帝のご臨席を賜った宴は、女御の父左大臣は無論のこと、左右内大臣三家の嫡男も勢揃いした盛大かつ華やかなものとなり、その素晴らしさは後々までの語り草にもなるほどであったという。


 ……けれど何故か、晴れがましい催しの更に数日後には、左大臣父子の顔は盛大に曇ってしまっていたのだが。




「何故かも何も、頭中将殿が内大臣家の婿になったせい以外の理由はないのでは?」

「何一つ間違ってはおらぬが、四位少将(しいのしょうしょう)。そなたは今少し、右大臣家嫡男たる立場に相応しい物言いを身につけるべきではないか? こう言うのは何だが、たった二つとは言え私よりも年上というのはなかなかに信じがたい事実だぞ。秋の除目(じもく)(人事)では昇進を控えている身だというのに」

「ああ、つまり宰相中将が早くも中納言に昇進するわけですか。そして空いた参議の地位に頭中将が就いて新たな宰相中将に、そして私が兄弟それぞれの官位の空席を得て蔵人頭(くろうどのとう)左近中将(さこんのちゅうじょう)となると見ておりますが如何です?」

「明言は控えよう。だが文句があるならこの場は聴かぬでもない」

「まさか、どこぞの大臣家嫡男の早すぎる昇進以外では文句など。私の昇進速度については及第点と父も言うはずですから」

「相も変わらず右大臣は真っ当な感覚をしているようで何よりだ。少なくとも息子の昇進に関しては、嫡男をあからさまに贔屓して早すぎる出世をごり押しする某大臣に、内大臣の爪の垢と合わせて飲ませてみたいものだな。……とは言え私としては、側近の過労をようやく軽減する結果に繋がる以上、宰相中将(あれ)の昇進を無理に止める必要はないのだが。多少は出るであろう下の者への影響は、同格の左衛門督が防ぐよう頼まなくてはなるまいな」

「ああ、そちらは順当な出世ですね。彼なら主上直々に頼まれずとも、その程度のことは容易くやってのけるでしょう。

 左衛門督と言えば、その妹君の麗景殿様は、我が妹に大変良くしてくださっているとのことで」

「うむ。少なくとも私と麗景殿の昼の逢瀬を嬉々として邪魔をした上、後者を独占しようと企む程度には、承香殿はあちらに懐いているようだ」

「…………我が妹ながら何と申しますか……その、申し訳ございません」

「いや、構わぬ。妹のような存在に対する麗景殿の様子を私が見る機会など、承香殿の振る舞いなくば本来得られなかったであろう。逢瀬を妨げられることは無論面白くはないが、寵姫の新たな一面を目の当たりにできたという意味では、此度の件は私にとって立派に得と言えるからな」

「寛大なお言葉、心より感謝申し上げます。妹にはそれとなく注意をしておきますので」

「ほどほどで良いぞ。麗景殿も楽しんでいるようであるし」

「……主上も楽しまれているようで幸いです」

「言葉の割には表情が実に複雑そうであるあたり、やはりそなたは少々甘いな?」

「帝の妃たる妹が、その立場にあるまじき行動を取っているわけですので……少しばかりのお目こぼしをいただきたく」

「公の場ではそうはいかぬぞ?」

「心得ておりますよ」

お読みいただきありがとうございます。


仲良し内大臣家兄妹と、仲良し従兄弟会話その2(その1は前話、帝&頭中将)をお送りしました。

おまけとして後宮のマスコットのような存在と化した承香殿の女御。長女で妹もいるのに、兄がいるせいか妹気質の子猫ちゃんです。対藤壺限定で虎になりますが。

貴子に対してもそうだったはずが、完全に姉タイプの彼女に軽くいなされて鷹揚に受け入れられた結果、すっかり後宮における妹ポジションに落ち着いた模様。父右大臣は「こんなはずでは……」と密かに涙していたり。

四位少将「でもむやみに麗景殿様を害しようとするよりは、よほど主上の好感を得られるはずですよ」

右大臣「だからと言ってなあ……」


従兄弟会話で大臣家嫡男たちの昇進の話が出ていますが、正式なものになるのは二話ほど先になります。その前に書きたいエピソードがあるので。

次は皇太后様を出したいんですよね……帝の母で左大臣の妹、つまり藤壺の女御の叔母にあたる御方ですけど、姪との仲は如何に?

嫡男たちの呼称は基本的に官名なので混乱を招きかねないため、昇進後は前書き等で注意書きをしたいと思っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 新たな楽しい従兄の会話ありがとうございます! 四位少将も何気に狸の素質が見え隠れしているし、仲良し貴公子たちの会話が聞きたいです( ^ω^)・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ