ルーンの誕生日1
ルーンの誕生日に招待され、懐しいホールに入ると、聞きなれた笑い声が、耳に届き、体が強ばった。
「シャーリー?」
側にいる御義父様が、怪訝な顔で聞いてきた。私が余程、嫌な顔をしていたからだろう。
「・・・シャーサーがいます」
「・・・どこだ」
苛立ちを隠さず、小声で聞きながら歩く。
「右奥の若い方の集まりです。あの。黒髪です」
また、私と同じ格好だ。
おそらく私達が来たことは気づいていない。
「行こう。グリニジはあそこにいる」
「はい」
グリニジ侯爵様の周りには人だかりだった。近くに行くと、ああ、と、納得した。若い女性ばかりだ。
「オーリュゥンはあまり参加しないからな。助けてあげなさい」
「でも、もしかしたらお楽しみかもしれませんよ、御義父様」
「・・・シャーリーそれは少し意地悪では無いか・・・?助けて欲しい顔をしているぞ」
あら、見つかってしましたね。
オーリュゥン様が、助けろ、と訴えている。
「では、御義父様一声お願いします」
女性が多すぎて色んな言葉が飛び交い、私の声はかき消されるだろう。
「失礼だが、グリニジに挨拶したいのだが」
いい声です。
渋い御義父様の声に、女性が一斉に振り向き、私を見た。
シャーサー?口々にその名を呼び、睨みつけてくる。
「遅かったな、シャーリー」
私の名を呼ぶオーリュゥン様と私を見比べ皆が前を開ける。
シャーリー?まさか?
そのざわめきの声が聞こえるが、もう、気にならなかった。
「お待たせしました。オーリュゥン様」
ザワりと不穏な空気の中、私が手を出すと、オーリュゥン様自身が歩み寄り、私の手を引き寄せた。
「遅いぞ!面倒なやつばかりに声をかけられ、困っていたのに、何だ?笑ってみていただろ」
「あら、お楽しみかと思いまして?前のイエーガー様のお誕生日パーティにはお約束されていた方がおられたでは無いですか?」
「兄上に頼まれて仕方なくだ!シャーリーが参加すると言うからわざわざ来たんだ。そうでなければこんな所に来ない!」
「失礼な言い方ですよ。皆様オーリュゥン様と仲良くなりたいと思い声をかけておいでです」
「必要ない。私はシャーリーがいればそれでいいのだ」
そんなハッキリ言われると・・・ちょっと恥ずかしいな。
私達の会話を聞き、口惜しいそうに、1人また1人と去っていく。
「やっと静かになったな」
「残念でした?」
私の言葉にオーリュゥン様は睨んできた。
「イエーガー侯爵様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。お久しぶりですです」
やれやれと、奥からやってきて、御義父様の側に来た。
「久しぶりだな、シャーリー。うむ。良く似合う2人だ。さて、我々は奥へといこう。キャウリーといれば気が楽だ」
「そうだな。私もここの参加者に声を掛けられても、意味が無い。オーリュゥン、シャーリー、なるべく2人でいなさい」
「はい御義父様」
「分かりました、先生」
そうか、指導しているのだ。
御義父様とイエーガー侯爵様は奥へと歩いていった。
「向こうで、面白いものを見た」
「面白いもの?」
「ああ、シャーリーのそっくりさんだ。噂で聞いていて、見てみたいと思ったが、まさかここでお目にかかれるとは思ってなかった」
そっくりさん・・・シャーサーか・・・。
「・・・もう、知っているのですね・・・。と言うよりも、皆様で全てを共有されているのですね」
「そうだな。お爺様達は事細かく連絡をとりあっているから、知っている。カルヴァンが愚かな事を口走ったのもな」
「いえ、良く似ているので間違えても仕方の無い事です。カルヴァン様が悪い訳ではありません。私が取り乱し過ぎたのです」
「カルヴァンを庇う訳では無いが、私もカルヴァンもシャーリーしか知らない。名を間違ったカルヴァンに非はあるが、私達があの姿のシャーサーを見てついシャーリー、と口にしてしまうのは仕方ないと思って欲しい」
「・・・ありがとうございます」
「それと、この間は用があってシャーリーに会えなくて残念だった。会いたかったのに」
「・・・」
思い出したかのような言い方と、それと、と言う余計な言葉、にため息が出てしまった。
本当に、この人が残念な人だ。何故私に会いたかった、と言うの先に言わないんだろう。
会いたかった、というのは嘘ではないだろうが、なんだかなあ。
「おい、またその顔か?何故不機嫌そうなんだ?シャーリーは会いたくなかったのか?」
「・・・会いたくない訳では無いのですが・・・。オーリュゥン様が残念な言い方をされるから、いまいち・・・というか・・・なんというか・・・」
当然むっとされた。
「どこが残念な言い方なんだ?」
そんな事をいちいち女性から言う?私がオーリュゥン様を、好きなら頑張って言うけどさ。
「そうですね、やっぱり何でもありません」
ごめんなさい、面倒になってきました。
「待てよ、教えろよ!」
そんな事を言っている間に、誕生日パーティーが始まり、ルーンの挨拶や、来賓の挨拶が始まり、それが終わると演奏が大きくなった。
「踊るか、シャーリー」
「はい」
手を取りオーリュゥン様と踊ったが、とてもスムーズだった。
「こちらの方の曲もご存知なのですか?」
「当たり前だろ。騎士団には色んな爵位の奴がいる。招待されれば基本出るからな」
ああ、だからか。カルヴァン様に比べるととても庶民的なのだ。
ふわりと、黒髪と赤いドレスが見える。
今日私は、藍色のドレスにした。赤でなくて良かった。
馬鹿にした笑いをしながら、私の近くでわざわざシャーサーが踊る。
「しかし、あれはよく似せていてるな」
「似せて?」
「ああ、上手く化けた偽物だな」
「偽物?」
「何でそんな不思議そうなんだ?だって、ここに本物がいるんだ。余程あいつはシャーリーになりたいんだろう」
シャーサーが?私に?
そんな事を考えてもいなかった。いつも逆ばかり考えていた。
曲が終わり、飲み物を貰った。
「・・・オーリュゥン様・・・」
「何だ?」
よほど喉が乾いていたのか、ぐいと一気にワインを飲んでいた。
「ありがとうございます。・・・私は・・・私ですね・・・」
当たり前が、これからは当たり前になるんだ。
「よく分からんが、そんなに可愛らしい顔をしてくれるなら、来たかいがあった」
「・・・!」
頬が熱くなる。
「どうした?シャーリーは初めて会った時から、私の好みの顔をしている言っただろ?」
さらりと普通に言うのが、なんか、悔しい!
そんな私を楽しそうに笑いながら、少しずつ近づいてこられた。
「シャーリー」
背後から声がし、振り向いた。
「・・・ルーン」
「お前、何故あの女を呼んだ。返答いかんでは、我々を敵に回すとという事だ!」
私を庇うようにオーリュゥン様が前に出る。
やっぱり、あの書面を知っているのだ。
「・・・あ、いや、シャーサーはカミュセシ侯爵様からご子息がエスコートしたい女性がいるから、と頼まれて・・・そしたらシャーサーだったんだ。シャーサーと知っていたら呼ばなかった!」
「当たり前だろ、愚行行為だ!!・・・ケイトか、相も変わらずだな。それでシャーリーに何の用だ」
威嚇の言葉に、ルーンが青ざめる。
「・・・少し話をしたくて・・・、外で静かに話なさないか?」
「では、私も行こう。私はシャーリーの護衛も兼ねてここにいる。お前のような男と2人きりにさせる程、彼女は、容易い存在ではない」
「・・・ホールの隅の方ならいいわ。あの奥。御義父様の近くなら、あまり人が来ないから」
「そ、それは・・・」
嫌でしょうね。でも、それ以外は私が嫌だわ。
「どうするの?嫌ならここで話をしましょう」
私はそれでもいい。
「・・・いや・・・奥で・・・。2人で話をしたい」
「オーリュゥン様。申し訳ありませんが、待っていて下さいますか?」
「構わない。なるべく早く終わらせろよ。腹減ったからな」
「はい。この家のチキンパイは美味しんです。一緒に食べましょう」
「わかった。最初で最後になるだろうからな」
ルーンがますます顔が青くなるが、可哀想という感情はなかった。
「シャーリー、何かあればすぐにお爺様達を呼ぶんだ」
ここは、あえて、だろう。
少し大きな声と、まるで、私を抱きしめるかのように両肩を持ち、顔を近づけた。
「勿論よオーリュゥン」
呼び捨てに、ニヤリと笑い、耳元で囁いた。
「流石だ。だが、気をつけろ」
「はい」
オーリュゥン様は、心配そうに微笑みながら私から離れた。
「行きましょう、ルーン」




