また明日
「落ち着いたか?」
こくりと頷く。
カルヴァン様はずっと私の背中をさすり、落ち着くまで側にいてくれた。
「少し待ってなさい」
そういうと誰かを呼び、私の横に座った。すぐにハザードが慌ててやってきた。
「・・・シャーリー様・・・。お顔をふきましょうか」
何故かその言葉が、ハザードがと言う事ではなく、怖くて、体が震えてきた。
「・・・あ・・・」
ハザードが近づき、頬を触れるのを、振り払った。
「いやっ!」
怖い!!また・・・また・・・ぶたれる・・・!!
走馬灯のようにの脳裏に浮かび、あの家の、嫌な事が次々に思い出され、体中が、痛みを感じた。
「・・・シャーリー・・・様・・・?」
「嫌だ!!触らないで!!」
怖い!!
痛い!!
「・・・シャーリー・・・大丈夫だ」
カルヴァン様がぎゅっと手を握ってくれるのに落ち着きはああ、と息を吐いた。息さえもとめていたんだ・・・と気づく。
「少し顔を拭いてもらおう。少しだけだ」
「・・・ごめんなさい」
「いいえ。宜しいですよ」
ハザードがとても辛そうに笑いながら、そっと頬を触るが、ビクリと体は勝手に震え、強ばる。
それがわかったようで、すぐに離れた。
「夕食になりましたら、またお声かけますね」
「・・・はい」
「では、失礼します」
ハザードが部屋を出ていくと、カルヴァン様が私の腰に手を当て引き寄せた。
「・・・少し眠りなさい。疲れただろう?」
「いいえ。お帰りください。後は・・・大丈夫ですから」
確かに疲れていたが、カルヴァン様が、私なんかの為にここにいてくれるのが申し訳なかった。
「帰らない。少し目を閉じるんだ。俺は・・・帰らない」
私の目に手を当て、暗闇を作った。
「お願いだ。少し寝てくれ・・・。俺が悪いんだ」
耳元で囁く声に、意識が遠くなってきた。
目が覚めると、カルヴァン様のとても安心した顔が見え、また、罪悪感にかられた。
ごめんなさい、と口にする度にカルヴァン様が辛そうな顔になるから、もう言えなかった。
夕食もカルヴァン様はおられたが、御義父様は何も言わなかった。ノーセットが一生懸命に学園の話をしてくれていたが、今日は何一つ耳に残らなかった。
寝る前まで、カルヴァン様は私に、ついて下さっていた。流石に私の自室ではなく、客室で何も言わず、ただ、ただ、隣にいてくれた。
とても安心して、眠くなったが、寝たくなかった。
目が覚めて、これが全部夢で、やっぱり私は、あの家にいて、いつも怒られる、あの日々が戻ってきそうねるのが怖かった。
あの時のシャーサーの顔が、
同じ顔なのに、
同じ声なのに、
私と違う、
私に無いものを全部、
全て持っている。
この人も、きっと明日になると、シャーサーの方がいいと思うわ。
あんなに素敵なんだもの。
私は・・・シャーリーだもの。
「・・・シャーリー」
「・・・なんでしょう・・・」
ほら、シャーサーの話が出てくる。
「・・・明日も側にいてもいいか?」
「・・・え・・・?」
カルヴァン様はまるで分かっているかのように微笑み、笑いだした。
「何も言わなくてもいい。顔に出ている。側にいて欲しいと。これ俺の責任だ。だから・・・シャーリーが何を言おうとも勝手にいる」
「・・・!!」
カルヴァン様が私の頬に口付けをしてきたのだ!!
「何度でも謝る。あの時はあまりにシャーリーに似ていて名を呼んでしまった。シャーリーは、ここにいるシャーリーしかいない」
「・・・もう・・・謝ってるのですか・・・?そんなに嬉しそうな顔して・・・」
「そんなに真っ赤な顔していたら、可愛いだろ」
「・・・!!」
くすくすと笑いながらもその瞳はとても不安そうに私を見つめ、抱きしめた。
無理して笑ってくれている。
手に取るようにわかった。
「シャーリー、本当に申し訳ないと思っている。シャーリーに許して貰えるなら、何でもする」
「・・・名を間違えるのは・・・よくありました。私はいつもシャーサーに間違われていた。だから、気にしないでください」
「違う!シャーリーはシャーリーだ。俺が・・・悪いんだ。・・・もう寝ようか。俺はこれからウィンザー様にお願いしないといけない。明日からも側にいたい、とね。あの方を敵に回したくないからな。・・・シャーリー・・・俺は君がいいんだ。言葉でどう言っていいのか分からないが、お願いだ・・・。俺を許して欲しい」
まるで泣きそうな声で、私の名を何度も呼ぶ。
この方が悪いのではない。
私が・・・弱いからだ・・・。
カルヴァン様の背中にいつの間に自分の腕を回していた。
もっと側に寄りたかった。
誰かの温もりを感じたかった。
「・・・怒ってません。今・・・側にいてくれて嬉しいです・・・」
「・・・そうか・・・。さ、もう寝なさい」
私をゆっくりと離すと、また、頬に口付けしてくれた。今度は、とても安堵に包まれた。
「・・・はい。おやすみなさい」
「ああ、また明日」
また明日。
その言葉がどれ程私を安心させたかこの人は知らないだろう。
また明日。
の言葉の意味は明日が楽しくて、待ち遠しいという事だ。
そんな言葉が存在する事も、そんな言葉を言ってくれる人がいる事も、忘れていた。
また明日。
「・・・はい。また明日」
微笑んでくれたカルヴァン様に、私は何の心配もなく眠りに就くことが出来た。
君がいいんだ。
シャーリー。
私が、私として存在している、と思う事が出来た。




