シャーサーとルーン
「シャーサーとルーンが?ここに来たの?」
つい、眉間に皺がより、嫌な気持ちになる。
昼食後少しして、ハザードが慌てて私の部屋に入って来ると、2人の訪問を教えてくれた。
「はい。ご自分で名乗られましたし、お顔がよく似ておられるので、確かかと。どうされますか?」
どうされますか?
か。会いたくなければ追い返しますよ、ということだ。
今まで1度も様子見さえこなかったに今更連れ戻しに?あのシャーサーが?
でも、ルーンも一緒。優しいルーンだ、恐らく気になって無理やりシャーサーに聞いて来てくれたのだろう。
「・・・どうされますか?」
「・・・会います」
「客間でお待ちです」
「分かりました」
ルーンには会いたかったが、正直シャーサーには会いたくなかった。だが、何か思惑があってここまで来ているのを追い返す事は出来なかった。
大きなため息がつい出てしまう。
重い足取りのまま客間に向かい、意を決して扉を叩き中へ入った。
・・・?
私を見た途端、ソファで座るルーンがとても嫌な驚きをしたのに、戸惑った。そして、隣に座るシャーサーの勝ち誇った微笑みを見て、迎えに来たんじゃない、と確信した。
「お久しぶりね、シャーリー」
嫌味に聞こえる、優しい声でシャーサーが言った。
「・・・ええ。シャーサー、ルーン、久しぶりね」
「そういう事か!?」
急にルーンが立ち上がったと思ったら指差し、大声をあげた。
「・・・ルーン?」
同情されるはずの状況なのに、見た事の無い怒り方だった。
「シャーサーの言う通りだな!!」
「シャーサーの言う通り?何を聞いたの?どうしてそんなに怒ってるの?」
「とぼけても無駄だ!!その格好と、この間の演劇、貴賓席にいただろ!?」
「ええ、いたわ。誘ってくださった方がその席を持っていたから、それがどうしたの?ルーンが、私を呼んだのね」
何を言っているのか分からなかった。
「どうしただって!?君はここにおじさんの借金を返しに来たんだろ!!」
「そうよ」
「だったから、何故そんなに質のいい服をきて、貴賓席に座れるんだ!?」
「ここの当主がお優しい方で私に良くしてくれてた・・・の・・・よ・・・。ルーン?」
ルーンの顔が険しく、そして汚いものを見る目になっていく。
「良くしてくれたか、それが答えだろ!!シャーサーの言う通りだな!!」
また、
シャーサーだ。
そのシャーサーは得意顔で、ルーンのそばに擦り寄った。
「シャーサー!何を吹き込んだの!?」
あなたしかいない。こんなルーン見た事ない!
「やめろよ、シャーサーのせいにするな!シャーサーの言う通りだ、自分の都合が悪くなると私のせいにする、と言っていた。まさか、君がそんな人間になってしまうなんて!!」
「さっきから何を言っているの!意味がわからない。私は何も変わってないわ!!」
「変わったよ!僕の知っているシャーサーは、控えめで大人しい!そんな、そんな言い方はしない!!」
ああ・・・そうか・・・。
あなたの私は、お母様が亡くなってからの私が、
私なのね。
虐げられていて、
笑いもしなかった、
下を向くしかない、
私が、
ルーンのシャーリーなのだ。
「止めてよ、ルーン!!私が・・・私が・・・悪いのよ・・・」
何を泣いてるの、シャーサー?
何を吹き込んだの?そんなに目は嘲っているのに。
「シャーサーは悪くない!!シャーサーはおじさんと毎日のように説得に来たんだろ!!」
「来てないわ!!シャーサー、勝手な事を言わないで!!1度も来てないじゃない!」
そんな嘘はやめて!!
「君がそう言ってくるのもわかっている!!全部シャーサーの言う通りだな!!そんなにその男がいいのか!?僕は・・・僕は・・・君を愛していたんだ!!」
はあ!?
愛している?それなら、私の話を聞いてくれるはずだわ。
何一つ私の話を聞かず、洗脳されたかのように、シャーサーの言葉だけを鵜呑みにするなんて!!
「ルーン!!もうやめて・・・それでも・・・シャーリーは私の可愛い妹なの・・・。たとえ・・・例え・・・ウインザー子爵さまの愛人になっても・・・」
泣き崩れるシャーサーに、ルーンが覆いかぶさった。
とても冷静な自分がいた。
可愛い妹、初めて聞いたわ。
ウインザー子爵様の、愛人・・・初めて聞いたわ。
ああ、そう。そういう風に、しているのね。
でも、これどけば言えるわ。
「ウインザー子爵様を悪く言わないで。あの方は、とても素晴らしいかたよ」
あなた達とは全く違うわ。
「私は、あの方を、尊敬しているわ」
私のその言葉が気に入らなかったのだろう。ルーンは私を睨みながら、シャーサーを抱き起こした。
「帰ろう、シャーサー。こんな薄汚れた女はもう忘れよう」
なんだろう、この感情?
「ええ・・・ごめんなさい・・・私が・・・もっと言ってあげたら・・・」
何を・・・?
初めてここに来たのに、何を言いたかったの?
もともとお父様が賭け事をした結果。
体中が、湧き上がる感情に、呼吸が苦しくなる。
「いいんだ・・・。もう、帰ろう・・・」
シャーサーと手を握り、部屋を出ていこうとした。
「・・・ルーン、待って・・・でも、でも・・・シャーリーは私の妹なの・・・」
何それ?
何を泣きながら、悲劇のヒロインみたいに、ルーンの手を振りどき、私に抱きつくの?
「あんたの存在自体が無意味だと思ってたけど、少しは役に立ったわ。ルーンが私の婚約者になったんだもの。もともとあんたなんかいらないのよ」
バシッ。
頬に鋭い痛みが走った。
「・・・酷いわ、シャーリー!!そんな事・・・言うなんて・・・!!」
私の頬を叩いたのに、泣きながらシャーサーは喚いた。
「シャーサー!?」
すぐさまルーンが近づいた。
「・・・ごめん・・・なさい・・・。だって・・・だって・・・、シャーリーが、幼なじみのルーンなら、手なずけられるものね、と酷いことを・・・。私は・・・私は・・・ずっとルーンが好きだったの・・・!それを知っているのに、シャーリーはずっと邪魔して・・・私が虐めているように見せていたのよ!!」
もういいわ。好きして。
好きに言って。
好きに勘違いして。
・・・疲れたわ・・・。
何か喚いている2人に背を向け、私は、ソファに座った。
そうして2人は私に罵倒を浴びせながら出ていった。
気づくと、ハザードが頬を冷やしてくれていた。
「・・・ごめんなさい。嫌な所を見せてしまったわ」
そう言えば、ハザードはずっと部屋にいたな、
と今更頬に涙がこぼれる中思い出した。
「いいえ。ご主人様をとても慕っておられると、胸が熱くなりました」
「当たり前よ。キャウリー様は素敵な人よ。・・・まるで・・・本当のお父様のようだわ・・・」
溢れる涙に、胸がとても痛がった。
涙を拭くハザードを押しやり、私は逃げるように自分の部屋に行き、泣いた。
悲しくて、辛くて、憎くて。
色んな感情が入り交じり、泣いて、泣いて、いつの間にか疲れて寝ていた。