呼び方
「・・・理由を知らないのか」
ウインザー子爵様はソファで苛立ちを隠さず呟いた。
怒っているのがわかった。
私にではなく、お父様に、と言うのがひしひしと分かり慌てて首を振った。
「あ、あの、理由は知りませんが、お父様がそこまで仰ると言う事は、心中穏やかでは無い致し方ない理由があったからだと思います」
そうでなければ、こんな見ず知らずの屋敷のメイドなんて言わないと思う。
だって、やはりこの方は見たことがない。お父様の親戚にも、お母様の親戚にもいない。
「それはそうだろう!!賭け事で負けて、その返済の代わりに娘を出す、と言われたんだ!!だが、そんなバカげた事鵜呑みにする方が、もっと愚かだ!!」
賭け事。
愕然とした。お母様が亡くなるベットの中で、賭け事はもうしないでね、分かった二度としない、と固く約束した。あの時涙を流しながら何度も言っていた。
その言葉にお母様は安心して、見たことも無い優しい微笑みを見せた。
それなのにお父様は、破った。
酷い。
「とりあえず、君は帰りなさい。送ってあげるから」
立ちあがりウインザー子爵家は私に言ったが、首を強く振った。
「ダメです!今帰れば、私・・・私は、やっぱり役ただずと怒られます!」
絶対に殴られる。
帰ればどうなるのか、その仕打ちが脳裏に駆け巡り目眩がした。
「それに、お父様がそう約束されたのであれば、私はここで働かないといけません!!お願いします!!家に帰れません!!少しでもいいんです!!一生懸命働きますので、置いてください!!」
必死に言って立ち上がり、頭を下げた。
帰れない。帰ったらとても怒られる。殴られるよりも、ウィッグに辛い顔をまた、させてしまう。
暫く嫌な沈黙が流れた。
「・・・分かった。君がそこまで言うなら少し置いてあげよう。名前は?サヴォワ伯爵令嬢殿」
根負けしたようにため息つき、私の側に来ると肩を叩いた。
「ありがとうございます。シャーリーと申します。ご主人様、ありがとうございます」
良かった。
ほっとして顔を上げると、眉を上げ不機嫌な顔はそのままで睨まれた。
「シャーリーか。確認だが、父君は義父か?」
「いいえ、本当の父です。何故ですか?」
不思議な質問をする。
でも、ウインザー子爵様は、頬を引き攣らせなんだがますます機嫌が悪くなってきた。
「そうか。それなのにこんな事を、か。まあいい。シャーリー、私の事はご主人様とは呼ぶな。キャウリー様と呼びなさい。私の名はキャウリー・ウインザーだ。いいかい?ここで働くにしても、シャーリーは伯爵令嬢に変わりは無い」
「・・・分かりました。ごしゅ・・・、いえ、キャウリー様ですね」
「それでいい。少し待ちなさい」
そういうと、扉を開け誰かを呼んでいた。少しして、年配の女性が入ってきた。
「お呼びですか、ご主人様」
髪をひとつに括り、神経質そうな細顔と線の細い女性だった。
「この子はシャーリーと言う。暫くこの屋敷でメイドとして働く事になった。シャーリー、この者は、メイド長のハザードだ。屋敷の事を教えて貰いなさい」
「分かりました。ハザード様」
メイド長を紹介してもらい、ここに本当に置いてもらえると安堵した。
「シャーリー、ハザード、だ。様はいらない。ハザード、シャーリーは伯爵令嬢だ。呼び方は気をつけるよう教えなさい」
「あ、あの・・・私はメイドとして来ました。それなら」
「シャーリー。よく聞くんだ。呼び方は、その者ではなく、呼んだ者の立場を左右する。いい意味でも悪い意味でも。分かるか」
諭すように、真っ直ぐに私に質問した。
こくりと頷いた。
「わかります。キャウリー様。お母様がよく仰っておいででした。貴族とは無意識に優位に立ちたがる。どこでそれを判断するのかは、己をどう呼ぶか、と」
「その通りだ。良い母君だ。別に私がシャーリーに優っているとは正直思っていない。だが、シャーリーの立場を蔑ろにしたくはない。つまり、シャーリーがハザードを様付けするのに、私をキャウリー様はと呼ぶのはおかしいだろ?私を名で呼ぶと言うことは、同等か、上にたつものかどちらかだ。それなのに、私の屋敷のメイド長に様を付ける。それでは私の立場がない」
とてもよく理解できたし、キャウリー様はきちんと考えがある方なのだと思った。
「わかります、キャウリー様。ハザードと呼びます」
「宜しい。ハザード、では、後は頼んだ」
「はい、ご主人様。では、シャーリー様こちらにどうぞ」
「はい。ハザード」
私の答えに、ハザードはとても満足そうに微笑んだ。