街へ2
「ノーセット?」
ふいに至福の時間を現実に戻すような冷静な声が聞こえた。
「んっぐ・・・、カルヴァン様ではありませんか」
ノーセットが口に入っていたのを無理やり飲み込み、私の肩を見ながら名を呼ぶ。
カルヴァン様?
振り向くと、無表情な顔の美男子が立っていた。
誰?
ちらりと私を見ると、会釈した。
「初めまして、カルヴァンと申します」
名前、だけか。つまり、お前のような怪しいやつには、家名も爵位も教えません、という事だ。
にっこりと微笑み、立ち上がる。
それで結構です。私も、根掘り葉掘り聞かれて困るもの。
「シャーリーと申します」
裾を軽く持ち微笑みんだ。
「カルヴァン様、シャーリーは御義父様の知り合いの少し変わった伯爵令嬢なんです」
もぐもぐと食べながらなんて、失礼だが、頬を赤らめ美味しそうに食べる姿は憎めない。
が、その言葉で、カルヴァン様の目付きが変わった。
「・・・ウィンザー子爵様の?」
様、と呼ぶのね。つまり、この方にとって、キャウリー様は目上の方と言うわけか。
「はい。キャウリー様に今ご厄介になっています」
キャウリー様と呼んだのに、目尻が上がった。
ふうと、表に出さず息をついた。
キャウリー様って結局何なのだろう。この方は、明らかに質の違う貴族だ。着ている服も、質素を装っているが、元の生地から違うし、立ち居振る舞いも気品がある。何より、お付の者の雰囲気の射抜くような眼差しが、それ相応の修羅場をくぐり抜けてきた証拠だ。そんな人を側に置くということは、この人がそれだけ大事なのだ。
私の周りにいなかった、上級貴族だ。
自分の観察力に、少し嫌気が刺す時がある。お姉様やお父様に叱られないように、細心の注意と配慮と、人間分析が癖になっていた。
結局はいつも叱られるのだが、それでも、昔よりは減った。
関わりたくないな、と素直に思い、ノーセットを見ると、カルヴァン様を尊敬するかのように見上げていた。
「そうか。君が、か。少し御祖父様から話を聞いている」
「・・・はあ」
何を聞いているか知らないが、いい話はないな。
「ところで、その菓子は?ノーセットがとても美味しそうに食べているが」
「シャーリーが教えてくれた、揚げ餅というものです。凄く美味しいですよ。如何ですか?」
串に差し、差し出した。
「ノーセット、自分が食べている物をそのまはま勧めるのは失礼よ。それに、カルヴァン様は偶然お会いしたでけですもの、ご用事があるのでしょう?」
カルヴァン様をみる。こう言うば、相手も変に気を使うことなく、その場をされる。実際お付の方は安心した顔になり、さあ、と声をかけていた。
さっさと去っていって欲しい。
「・・・上手く言うね。それ、俺も食べたいから、どうしたらいい?」
あからさまにお付の方の、顔が曇った。
「カルヴァン様、如何わしいものを口に入れてはなりません」
その通りです。
「シャーリー殿、気にするな。俺は食べたいんだ。どうしたらいい?」
殿、ととりあえずは呼んでくれるのね。
「・・・では、私が買ってきます」
下手に断っても面倒だし、それなら、買って渡してさようなら、がいい。
ただ、こんな怪しいもの食べさせられて、と逆鱗にでも触れたら、キャウリー様に迷惑かかる、というの方が心配だ。
露天に歩いて行くと、何故かカルヴァン様もついてこられた。
「2つ下さい」
「2つ?」
「カルヴァン様のお付きの方の分です。毒味が必要でしょう?」
「それは、なんだ?」
私がお金を渡していると聞いてきた。
「ありがとう。さ、行きましょう」
さっさと品物を貰い、いそいでその場を離れた。
「お金です。物を買う時には必要なんです」
「金?紙ではかった」
硬貨を知らないのか。
「硬貨、と言って紙のお金よりももっと小さい額なんです。つまり、安い品物の時に使うんです」
少し店を離れてから説明した。店の前で答えたら、貴族だとすぐ分かってしまう。あとつをつけられ人攫いに連れていかれるだろう。まあ、そのために強そうな護衛を連れているんだろうけど、面倒は避けたい。
「そんなもの、見たことがないし、使ったことが無い」
「それは、お付の方が渡しているのです。もしくは屋敷の方に請求が来るので、カルヴァン様がお金を払う事は少ないと思います」
「では何故シャーリー殿は自分で払ったんだ?あの男が払えばいいだろう」
なんだこの人、面倒な人だな。
「先程の紹介で少し変わった令嬢だとノーセットが説明した通りです。自分の事は、自分でやりたいのです」
「さ、どうぞ」
カルヴァン様には椅子に座るように促し、2つとも揚げ餅をお付きの人に渡した。あとは、そっちで判断して食べてください。
「ノーセット、そろそろ行きましょうか。お邪魔になるしね」
「はい」
「待て」
命令口調で呼び止められた。
「・・・なんでしょうか・・・、カルヴァン様」
なぜ呼び止めるの?
揚げ餅をお付の方から貰って、蓋を開けたのでしょう?だったら、食べる事に集中して下さい。
「どうやって食べる」
「は?」
いや、一緒に竹串が入ってるの見えてますよね?そんな、真面目な顔で、そんな基本的な事を質問しないでください。
「お付の方に教えて貰えば宜しいかと思いますよ」
絶対この人面倒な人だ。早く去りたい。
「カルヴァン様、私が」
「いや、シャーリー殿に聞いているんだ」
だから、そんな速攻お付の方を断り、そんな真面目に言わないでください。
「シャーリー教えてあげたら。冷めたら固くなるんでしょ?」
うっ・・・。
さすが子供だ、優しい心で空気が読めない。現に、ワンはあーあ、という顔をなっている。
「隣に来いよ。教えてくれ」
「・・・分かりました」
座っているのに上から目線の言い方に、ムッときたが渋々、勿論顔には出さず微笑みながら、隣に座り串を持った。
「シャーリー殿の分は?」
「もう。食べました。この竹串を使って、この」
「では、もう1つ買ってくればいい」
「いえ、そんな幾つも食べれません。それで、ここに揚げ餅を」
「それだと」
「ちょっと黙って貰えない。冷めたら固くなるから先に食べて。はいこれ!」
串に指し差し出す。
いちいちうるさい人だな。
「・・・分かった」
驚き串を受け取ると食べだした。
「うまい」
顔がほころび、食べ方が分かったようで次々と自分で食べてくれた。ちなみにお付の方はとっくに食べ終わってる。
「初めて食べた。こんなものがあるんだな」
それはそうでしょう、こんな庶民の食べ物自体を知るはずないし、知る機会も本当なら無いはずだ。
「シャーリーは色々知ってるんだ」
得意気のノーセットにカルヴァン様は微笑んだ。
「では、私達はこれで失礼致します。カルヴァン様も御用事があるかと思いますので。行きましょう、ノーセット」
立ち上がり、ノーセットに声をかけた。
「いや、何も無い。俺もついて行こう」
だから、この人も、空気を読んでよ。何で普通に立ち上がるの?
なんで嬉しそうな顔してるの?
「あのですね、はっきり言わせて頂きますが、たとえキャウリー様の屋敷にご厄介なってる身の上とはいえ、先程、カルヴァン様とは出会ったばかかりの、素性も知らない怪しい女です。そんな女とご一緒するとは、貴族なら有り得ませんよね。もし何かあっては、とお付きの方も不安ですよね!」
そうですよね、とお付の方を見る。
「その通りです。カルヴァン様、1度屋敷に帰りこの方の素性調べてからではないとなりません」
そうです。
「では、また次回お会いする事があれば、その時に」
失礼致します、会釈した。
「いや、俺もついて行く」
「別にいいんじゃない?皆で食べたら美味しいよ」
「まだ、美味いものがあるのか?」
「うん!シャーリーは色々知ってるもの」
「カ、カルヴァン様、お帰りになりませんか」
「お前らが先に帰ればいい。俺は残る。ノーセット一緒に行こうか」
「うん!カルヴァン様と一緒なら楽しいよ!ね、シャーリー」
「なあ、シャーリー」
何このふたり、餌を上げた犬かのように、とても目がキラキラしてる。
そして、何故呼び捨てになっているんだ?
「次どこ行くの、シャーリー?」
「俺はどこでもいい」
「僕も!」
2人の意気揚々とした顔に、何故だが負けた気分になった。
「はあ・・・。とりあえず歩きましょうか」
「うん!」
「では、行こうか」
「はあ」
ため息しか出なかった。
結局私が諦めて、皆で街を歩くことになった。
本当は、服とか、靴とか見たかった。キャウリー様に作って貰った服は、仕立てが良すぎて勿体ないから、もっと簡素で安いのでいいから、それを街で見ようと思ったのに。
予定外だ。
それから、生搾り果汁を飲み、帰ってからのおやつにしようと言うことで、揚げ菓子を買った。
中に餡子が入っている。
カルヴァン様はとても、満足されたようで、始めに見せた冷たい表情はなく、ずっと笑っていた。




