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ヒロイン、盃を交わす

 思い出した……。


 確かゲームの世界はヒロインの子供時代のパートと十六歳に成長した少女時代のパートがあった。その中でソロアは子供時代に今の私と同じく国王陛下と謁見を果たす。


 だがその状況が全く違うのだ。


 ソロアは村で王国騎士団の選抜試験を見学していたグレゴリーが怪我を負って手当を施す。そのお礼にと王城に招かれるのだ。


 そしてその時に国王陛下と謁見をして六年後、このゲームの世界に存在する学校へと進学する様に依頼される。


 その学校とは乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』の中では貴族階級以上の人物が学びを収める言ってみれば時別な学校。庶民のソロアには本来であれば縁が無い場所。



 だが国王陛下はソロアに何かを感じ取って特別に入学を許可する、……筈だった。


 もしかして私はまた何かやらかしたのか?



 だから学校への入学では無く側近に召し上げられたと? やべえな、どうしよう。これは流石の私も即決出来ない。ねじ曲がったイベントの未来が何処に繋がっていくのかが分からない。


 まずは初心に返ってみよう。


 いつでも全力に一直線。


 それが私のモットーだ、チキンレースにも臆する事なく突っ走った私にはそれしか出来ない。しかもナイスミドルな憧れの推しキャラの打診されたのだぞ? だったら黙って「はい」と言って首を縦に振っていればいいじゃねえか。


 よし決めた。



「既にお覚悟は十二分におありのことでしょうが、任侠の世界は厳しいお人の世界です。時として例え白いものでも黒いと言われても、その胸の中にすべてを飲み込んで承服せざるお得ない厳しい世界です。如何なる修行にも耐え抜いて、国家のため、陛下のため、立派な女となる決意が固まってござんす。その兄弟盃、有り難く頂戴いたします」



 仁侠映画を観ておいてよかった。


 こう言う時の作法に私は疎いからな。取り敢えず兄弟盃を飲み交わす時の返事を返しておけば失礼には当たらないだろう。


 跪きの姿勢から胡座になって頭を下げながら盃を掲げる。


 完璧だ。


 これで私も王城勤め、憧れの推しキャラと同じ建物の中で寝泊まりを許される筈だ。国王陛下も微妙に右目をピクピクと痙攣させて「よ、よろしく頼む」と返事を返してくれた。


 それと同時にグレゴリーが私の今後について国王陛下と打ち合わせを始めだす。



「ではソロアさんに部屋を割り当てましょう。今日はゆっくりと休んで貰って仕事は明日からと言う事で宜しいですか?」

「ソロアの両親にもしっかりと説明をせなばなるまい」

「それは僕の方で承っておきましょう」

「分かった、ではお前に全てを任す。下がれ」

「はっ」



 ようやく国王陛下との謁見が終了した。


 スッと立ち上がって一礼をしてからそのまま数歩下がって再び頭を下げる。そしてクルリと踵を返してから門の前まで進んで再び玉座に向かって一礼。


 門を潜って頭を下げながら閉門を待つ。



 ギギギーッと言う音が聞こえてようやく私は頭を上げることが出来た。緊張の糸が切れて空中にため息を吐く。私は謁見の内容を振り返って、隣にいるグレゴリーにたらこ唇顔でメンチを切った。


 私は王命でグレゴリーの側近となった。


 だがだからと言ってこのガキ王子にヘコヘコする気は私にはない。


 今後のためにもガキ王子との関係をハッキリとさせるべきだ。



「テメエ、偉そうにすんじゃねえぞ? 私と対等に語りたかったら漢を鍛えてからだかんな?」

「……ソロアさんの言う対等とは?」

「まずはその貧弱な体を鍛えんぞ!! 明日は朝イチで校庭に集合な、走り込みからの筋トレローテーション百回。そんでもってその後は道場で剣道の朝練だ」

「……コーテーって何でしょう? それと……ケンドーって何ですか?」



 グレゴリーはわりと細かかった。


 と言うか一々煩い。



「まあ細かいこたあ今はいいや。とにかく側近になった以上はテメエも私の舎弟だ、みっちりと鍛えてやんよ」

「側近って舎弟と同義語でしたっけ? 寧ろ逆の意味かと」

「うっせえなあ、男がネチネチと。言っただろうが、細かいこたあいいって」

「分かりました。じゃあソロアさんを部屋に案内しますね?」

「おう、頼むわ。……ん?」



 グレゴリーに誘導されて私は王城の廊下を進み始めた。


 謁見の間付近は王城内でも普段から人通りが疎だ、王城内で最も静かな場所。だから歩く度にコツコツと靴の音が鳴り響く。


 小刻みに等間隔で歯切れのいい音が耳に届く。


 そんな中で私は違和感を覚えた、正確には何かを忘れている様な。そんな感覚だった。どうにも喉に何かが突っかかった気分がして視線を上に向けて思い出してみる。


 それでも思い出せない。


 もしかしたら本当は大したことでは無いのかもしれないから今は良いかと自分で自己解決に至った。するとそんな私を怪訝に想ったのかグレゴリーは「どうかしましたか?」と聞いてくる。



「……そういや特攻服が欲しいな。アレが無いと明日からの特訓に気合が入らねえ」

「トッコーフク、そう言えばさっきもそんな服が欲しいと言っていましたね? 分かりました、では後で詳しく教えて下さい。こっちで準備させますので」

「おう!! テメエ、やるじゃねえか!!」



 グレゴリーは私の褒め言葉に照れた様子を見せた。やはりコイツはまだまだ精神的に甘えが抜けていない様で、国王陛下から側近を言い渡された事の重大さを実感する事になった。


 こうして一時は牢獄にぶち込まれるも無事、釈放されて乙女ゲームの世界の生活がスタートした私だった。



 だが一つだけ忘れていた。


 それが思い出せなかった事だったのだ。



 牢獄に一人取り残されたマリナの事をすっかり忘れていたのだ。私とグレゴリーがその事を思い出して焦って牢獄へ戻った時にはマリナは牢屋の片隅で体育座りをしていた。


 そして何かブツブツと言葉を漏らしていた。


 舞い戻るなりマリナがギャーギャーと喚き散らすから耳障りになってスマートに鉄拳制裁で黙らせてやったぜ。


 どうやらマリナは忘れ去られた事に拗ねたらしく牢屋の中でご機嫌斜めとなっていたのだ。私がグレゴリーの側近になった事をマリナに報告したらまるで世界の終わりにでも直面したかの様に驚いていた様子だった。



「コイツがテメエの舎弟仲間になったグレゴリーだ。仲良くしてくれや」

「……どう言う事?」



 マリナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔付きになっていた。


 この後マリナは丁重な扱いを受けて村に戻るのだった。そして明日からは私の王城での生活が幕を開ける。


 私はこの乙女ゲームの世界での親の顔すら見る事なく新しい生活に足を踏み込んでいく事になるのだった。

 下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、


お気に召せばよろしくお願いします。

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