ヒロイン、イケメン王子にオラオラする
騎士団員の一人が跪いて王子に木刀を差し出す。
その得物で私と立ち会えと言うのだろう、その騎士団員は私に一瞥すると数歩下がって隊列に戻っていった。肝心の王子はと言えば相変わらずヘラヘラとしながら今更になって「本当にやるんですか?」とほざきやがる。
こっちはとっくに仕上がってんだよ。
「ナヨナヨしてねえでシャキッとしろや、こらあ!!」
「えっと……ソロアさん、でしたよね?」
「そうだよ、それがどしたあ!?」
「僕も十歳でして……」
「あーーーーーん? テメエ、ガキじゃねえか!!」
「いやあ……貴女と同い年ですよ?」
この後に及んでガキ王子は私との手合わせに難色を示している。確かに普通の感覚なら男が女に手を上げるなんて、と言ってフェミニズムを盾にしてもいい場面だ。
だが私は最強のヤンキー娘、そこじょそこらの大人と一緒に扱われては困る。
私はヤンキーであると同時に高校女子剣道部のエース、インターハイの個人戦でも優勝をした経験がある。つまりヤンキー以前にここに集まった近くの村々の大人たちよりも圧倒的に強い。
まずは正眼の構えだ。
「こほー」と息を吐いて呼吸を整える。続いて「ふしゅー」と言いながら目をギラつかせて口から蒸気を吐き散らしてみた。
乙女ゲームのヒロインには悪いが見た目なんて気にしてらんねえ。
とにかくカチコミ準備完了だ。
「ソロアちゃん、今ならまだ許してくれるって!! 地面に額を擦り付けて謝っちゃいなってば!!」
「誰がンな情けねえことすんだよ!! 王子テメエ、死ねえええええ!!」
「ヒョエエエエエエエエエ!? ソロアちゃんが王子様に切り掛かったーーーーーー!!」
「え!? はっや、この女の子動きが目で追えないんだけど!?」
ガキンと木刀と木刀がぶつかった音がした。
私が振り下ろした木刀をガキ王子が受け止めたのだ。ガキ王子は何とか踏ん張って私に押し込まれない様に必死に抵抗する。ようやく真剣な目つきになったじゃねえか。
私がテメエに本当の喧嘩ってものを教えてやるよ。
私はガキ王子を少しずつ押し込んでいく。ガキ王子は苦しそうに海老反りの姿勢を取り始めてプルプルと優位を取ってほくそ笑む私を下から覗き込んでいた。
「ケッケッケ、私を女と見くびったのが運の尽きだったなあ!!」
「えっと……? ソロアさんは隣国の暗殺者さんか何かですか?」
「お? テメエの護衛の騎士団員が背後から私を斬ろうとしてるじゃねえか」
後ろからスラリと剣を抜刀する音が聞こえた。
「いやあ、流石に王族の僕をこんなにしたら当然かと」
「おいおいおいおいおい、王族ってのは不利と分かった途端に正々堂々の真剣勝負に水を差すのかあ!? 相手はか弱い田舎の村の女の子だってのによおおおおおおおお!!」
「ソロアさん、顔が怖いです。もう正体が死神だって言われても否定出来ないくらいに怖いです」
「……ガキ、テメエはいつの日か国王陛下の足を引っ張っちまう。そうなる前に私が稽古をつけてやんよ」
「え?」
「テメエなんて眼中にねえんだよ!! 私のハートは国王陛下にフォーリンラブだって話だよおおおおおおおお!!」
「ソロアちゃん、その発言も充分に不敬罪だからねえええ!!」
後ろでは泣きじゃくるマリナが混乱を極めて髪を掻きむしる。
だけど私は知っている。
私しか知らない筈だ。
この乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』は今から六年後、国王陛下が病に臥すところから物語は始まる。国王陛下とは勿論このガキ王子の親父さんだ。
その時ガキ王子は十六歳。
太陽王と称されてフォンデブルグ建国以来最も領土を拡大したのが現国王陛下。見た目も声もナイスミドルな私の推しキャラは病によって政治の舞台から引退を一度は決意する。
そうなれば第一王子に次期国王の白羽の矢が立つのは当たり前。
だがこのガキ王子は見た目も中身もヘナチョコでとても国王の座は務まらない。それを不憫に感じた親父さんは後見人と言う立場で引退を先延ばしするのだが、その数年後無理が祟って命を落とす。
死因は所謂過労と言う奴だ。
この乙女ゲームの世界では一番偉い国王陛下がブラック企業も真っ青の激務を熟すのだ。折角ゲームの世界に転生したのだからそのチャンスはしっかりと有効活用させて貰う。
私の推しキャラを絶対に死なせない。
いつでに全力に一直線。
私の生き様をこのゲームの世界にも刻み込んでやろうって話だ!!
「テメエ、優しさと強さが別モンだとでも思ってんのかあ?」
「ど、どう言う事でしょう?」
「テメエはお袋さんの遺言を勘違いしてるって話だ!!」
「あ、貴女は……どうしてそれを」
「ンな事はどうでも良い……って、何しやがんだ!?」
私はゲームで全ての攻略対象をクリアしたから王子の過去を全て知っている。だからガキ王子がヘナチョコに育つ理由も良く理解しているからこそかけた言葉がコレだった。
しかしそんないいところで騎士団員たちが一斉に私たちの間に割って入ってきた。
転生して子供の体となった私は流石に大人十数人で羽交締めにされてなす術なくガキ王子と引き離されてしまったのだ。ガキ王子は神妙な顔付きになって暴れる私を見ていた。
こう言うの経験あるわ。
確かライバル暴走族との抗争に警察が割って入ってきた時と雰囲気が似てる。
それでもまだ言い足りない事があるとギャーギャーと喚き散らして暴れるも私は遂に手錠を掛けられて拘束されてしまった。
ついでにマリナも私の仲間でテロリストだと思われたらしく一緒に拘束されてしまった。二人で仲良く王城の牢屋にブチ込まれた時に文句を言われる事のなるのだが人生は長いのだ、細かい事を気にしていたら身が持たない。
私の大暴れによって村で執り行われた王国騎士団の選抜試験は有耶無耶のまま閉幕する事となった。
これが乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』のヒロインとして転生した私の第一歩。
私は王城の牢獄で再びガキ王子と再会を果たす事となる。
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