最強ヤンキー娘、大団円
グレゴリーの顔に幾つもの傷があった。
その傷にそっと手を合わせて言葉を漏らす。
「傷だらけになっちゃって」
「一つや二つの傷は男の勲章なんでしょう?」
「訓練と実戦は違うから。……でも無事で良かった」
一年にも及んだ小片諸国の同盟軍との戦争でグレゴリーは別人の様に逞しくなっていた。出陣する前はピッタリと合っていた鎧のサイズも今は少しだけキツそうに見える。
体付きが一回り大きくなった様子が鎧の上からでも一目で分かる。
鎧に手を当てると冷んやりとした温度と共に感じる鼓動と逞しさは言ってみれば幾つもの死線を乗り越えた暴走族たちの行き着く場所。
世間様からは迷惑行為と罵られようと、自分の生き様を貫いた人間が辿り着く境地。
幾度と無く命懸けのチキンレースに勝利を収めてきた私には分かる。グレゴリーが本気で死ぬ思いをしながら闘ってきた証だ。いくら和平交渉に成功したとしても、衝突をゼロに抑える事など不可能だろう。
私のグレゴリーは有言した事を体現して戻ってきたのだ。約束通り私を守れる強さを携えて舞い戻って来てくれた。
それは肉体的と言うだけで無く精神的にも逞しくなったと言う事。
グレゴリーは自信を漲らせながら言葉を口にしていく。私はグレゴリーに抱き寄せられて、大きくなったグレゴリーの胸の中で静かにその言葉に耳を傾けた。
「しかし姐さんの口調が変わりすぎて僕も戸惑ってるんですけど……、どうしよう」
「……今の私は嫌い?」
「うーん、こっちはこっちで魅力的と言うか……この一年で僕の身長が伸びたのがマズかったのかな?」
「どう言う事?」
「目を潤わせた美少女に下から覗き込まれたら男は誰だってノックアウトだと思いますけど?」
「……バカ」
「でも我が儘を言えば昔みたいに厳しくして貰った方が僕は好きかなあ? 本当の姐さんが見たいです」
自分がここまでチョロいとは思わなかった。
今の私は転生前よりもスペックの何もかもが低い。見た目に年齢的、スタイルに身体能力やバイクの運転技術などゲームの世界に転生すると比べ物にならないほど低下してしまった。
自ら更生したのはグレゴリーの無事を願うと同時に、そう言った部分を補う補うためでもあった。
少しでも女の子らしくしないといつかグレゴリーが帰って来ても呆れられるのでは無いかと怯えたからだ。
だがそれは私の独りよがりだった様だ。
グレゴリーは出会った時に私が良いと言ってくれる。面と向かってそう言われると自分が如何にバカだったかを思い知らされると言うものだ。
……て言うか後で後悔すんじゃねえぞ?
グレゴリーの胸からギラリと殺気に満ちた目を覗かせた。私のあまりの豹変っぷりにそれを望んだ筈のグレゴリーが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて視線を逸らす。
だから言ったじゃねえか。
後で後悔するなってなあ。
「テメエ、一年も私を待たせておいて良い度胸じゃねえか? ああん?」
「そ、それはさっき説明した通り情報を統制しないと貴族派閥の企みを暴けないから……」
「私も着いていく言ったよなあ? 女からの誘いを断って恥をかかせたのはテメエだろうが。もしかしてアレか? 単身赴任先で浮気ヒャッハーってしたかっただけじゃねえのかあ?」
「ええ!? で、でも姐さんを危険に晒したく無いと言うのは僕と父の合意でして……。と言うかタンシンフニンって何ですか?」
「……おい、このインナーに付いたキスマークはなんだ?」
「うっそ!? もしかしてあっちで接待を受けた時に!?」
「……ンなもん最初から付いてねえよ。やっぱり赴任先で浮気してたんじゃねえか!!」
「……姐さん?」
「死ねええええええええええ!!」
私が浮気にキレてナイフを振り回すとグレゴリーは焦った様に逃げ回った。頭を押さえて「ヒーーーー!!」と私の様子に恐怖する様に全力でグルグルと走り回る。
私は浮気の証拠を押さえた事で問答無用でグレゴリーを追いかけた。
それでも本気で怒っていた訳では無い。
ただグレゴリーと再会出来た嬉しさを表情に出すのが恥ずかしかっただけだ。これ以上の問答は自分の弱さを見せかねないと思って隠したかっただけ。
照れ隠しならぬキレ隠し。
そんな私が本当に恐ろしかったらしく、グレゴリーは近くにあった木によじ登って逃げた。ブンブンとナイフを振り回して下から睨み付ける私にガクガクと震えあ上がって「すいません!!」と謝罪の言葉を連呼してくる。
まあ別に良いんだけどさ。
こんなやり取りでもグレゴリーと出来る事が何よりも嬉しい。居なくなるとただ悶々と無事を祈る事しか出来ないから。近くにいてくれるからこそ笑い合うことが出来て、喧嘩だって出来る。
グレゴリーを追い回す事も出来るのだ。
そう実感すると自然と涙が込み上げてくる。
泣きながら木の上へ逃げのびたグレゴリーに向かって本音をぶつけていた。まだ約束を果たせていない事を大声で叫んでいた。
「グレゴリー、テメエ!! 私の気持ちを聞く気がねえのか!? ああん!?」
「聞きたいのは山々ですけど、その前に僕が殺されそうじゃないですか!?」
「殺すのは後回しにてやんよ!!」
「……やっぱり最後は殺されるんですね?」
グレゴリーは諦めた様子でスルスルと木を降りてきた。そして流れる様な動きで仁王立ち状態の私の前にスルッと正座して見せた。
ギランと殺気に満ちた目で見下ろす私を見ながらまたしても「ひっ」と声を漏らす。
そして同時に私の言葉を今か今かとと不安そうに待っている。これだけ話し込んでおいておいて私の返事を予測出来ないのかと思わず呆れてため息を吐いてしまった。
その私の態度にグレゴリーはゴクリと唾を飲み込んでひたすらに待つ。
どうやらコイツは変わっていなかったらしい。
グレゴリーは貶される事を恐れているのだ、私に拒絶されるかもと内心で怯えているのだ。如何に逞しくなってもそう言う根本的な部分が変わっておらず、私はグレゴリーに愛おしさを感じて思わず表情が緩んでしまった。
「お控えなすってえ!! 手前生国と発しますはこの村にござんす。性はデューイ、名はソロア。人呼んで「最強のヤンキー娘」と発します。お見掛け通り王子殿下には迷惑掛けがちな十一歳児にござんす。これから一生涯かけて殿下に愛を貫く事をお誓い申し上げますので、よろしくお引き回しのほどおたの申します!! どうかこの私めに王子殿下直々のご寵愛を頂戴したく、夜露死苦!!」
「えーっと? ……つまり?」
「今後ともよろしくなって事だ……、女に恥かかせんなっての」
そして自分の想いを告げて小さく唇を重ねた。
こうして一度は命を落として、乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』に転生した私はまさかの王子と愛を誓う事となった。最初は嫌いなキャラだったが実際に接してみて一本芯の通った男だと分かって、気が付けば心惹かれてしまっていた。
それこそ推しキャラだった国王陛下なんて比較のならない程に一緒にいたいと願うほどに。
これから五年後、私とグレゴリーは十六歳になると貴族階級が通う学校へと通う事になる。私はそこにグレゴリーからプレゼントされた特攻服を着込んで通うのだ。
そしてグレゴリーが王位を継承する時のことを考えて、同年代の貴族どもを締め上げて全員舎弟として従える事となる。ハーメルンの様な貴族派閥が起こした反旗を二度と起こさないために王子のパートナーとしてグレゴリーを影で支えていくのだ。
どう言う訳か知らないけどバレンタインの時に女どもから大量のチョコを貰うことになるのだが、それもまた後々のためになればと笑顔で受け取っていく。
グレゴリー曰く「女性の噂話も政治の世界では情報戦にはバカに出来ない」らしい。
そうして私は乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』の世界でこの国を更に繁栄させる事になる英雄王グレゴリー・アマルフィーを側近兼王妃と言う二つの立場で内外助の功で貢献していくのだった。
重ねた唇を離すとグレゴリーが足りないと言わんばかりにまた重ねてくる。
「……テメエは甘えん坊だなあ」
「一年もお預けだったんですよ?」
「テメエが言い出した事じゃねえかよ」
「うーん、それを言われると何も言い返せません。……ん」
「……ん」
私とグレゴリーの物語はこのキスでようやく始まりを見せた。私たちはこの後、他の攻略対象が絡んで複雑に困難を極めるも、それでも二人で力を合わせて乗り越えていく事になるのだ。
でもそれはまだ遠い未来の話。
今はただ隣合えることの喜びを噛みしめようと思う。
唇から感じる温もりが愛おしいと感じながら。




