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ヒロイン、意地と決意を固める

 村の広場に着いた頃には大勢の人集りが出来ていた。


 村の大人たちがごった返して中央に群がって視線を集める。その視線の先には壇場が設営されていて、今にも重大な発表がある雰囲気を漂わせていた。


 そして壇上には一人の貴族らしき中年が群がる私たちを見下す様な目で舐め回してくる。その護衛としてニ十人ほどの騎士が周囲を固める。



 嫌な予感しかしない。



 そしてその予感は私だけでは無くマリナも感じ取っていた様で、彼女は「どうしたんだろ?」と言葉を漏らす。この片田舎にこれだけの人数の騎士たちが来訪したのは騎士団の選抜試験を催した時以来。


 そんな理由でも無い限りこの村にこれだけの規模の騎士たちが集まるのは異常事態と言える。マリナがこの光景を見てそう呟くのは当然だ。


 壇上の貴族はそんな雰囲気の中で唐突に口を開いた。


 まるで演説でもするかの如く偉そうな口調でこの場に集まった私たちに言葉をかけてきた。



「えー、まずはご苦労。私はラプンツェル・ハーメルン、中央子爵である。昨年度から始まった周辺諸国の同盟軍との戦争、その作戦司令室の席を置く者だ。本日、諸君らに集まって貰ったのは他でも無い。単刀直入に言おう、この村から臨時徴兵を行う」



 中央貴族ハーメルン子爵。


 この男は貴族派閥で言ってみればグレゴリーの内政における敵だ。


 貴族には中央貴族と辺境貴族の二種類がある。爵位が同格でも中央貴族は譜代的立場の辺境貴族よりも一段上に見られる。つまりハーメルンは辺境伯爵と同等の権限を有すると言う事だ。


 だが辺境貴族は独自の領地を国王から与えられているため、収入源が豊富で財力は中央貴族の比では無い。中央貴族の収入源は王城勤めによる給金のみ。


 また辺境貴族は領地自衛のための武力も保有している。


 それ故に辺境貴族には合理性と鋭い状況判断を求められる、つまり彼らには実が求められるのだ。辺境貴族はそんな特性から名主が多い。


 逆に中央貴族は財力の乏しさからコネクションを優先する傾向にあるため、そのお家事情はとても褒められたものでは無いのだ。



 だからこそ目の前にいるハーメルンの様に平気で横暴を口に出来る者もいる。


 地位と言う名誉しか誇るものが無い人間は不必要に偉ぶるものだと私はゲームの世界で思い知った。もし転生前の世界でハーメルンと道端で出会っていたら私は間違いなくシバキ倒していただろう。


 ハーメルンから突然の臨時徴兵に当然の様に村人から不平不満が爆発する。


 その不満を代表して口にしたのはこの村の村長だった。



「貴族の旦那、待って下せえ!! この村に残っているのは女子供が大半だ、周辺の自警のために若者は既に借り出されて男衆だって怪我人と老人しかいないんですぜ!?」

「黙りなさい!! これは国家の危機なのです!! ならば国民は黙ってお国のために命を差し出すのが筋と言うもの!!」



 ハーメルンの発言はグレゴリーの思想とは真逆のものだった。


 これには私も激しく怒りを覚えてプルプルと全身を震わせてしまう。ハーメルンは痩躯な体の背筋を伸ばして如何にも自分が正しいかを自分勝手な理由で一蹴する。


 まるで中世の音楽家を思わせる髪型にインチキ臭く伸びた髭を弄るからだろうか。彼の容姿も相まってその場に集まった村人全員から一気に不満の声が飛び出していく。



「それはあんまりだ!!」

「それにこの村にはソロア・デューイがいる筈です。彼女は国王陛下から中央伯爵の爵位を授かっている、指揮官も不足してますからねえ。臨時徴兵にあって指揮官クラスを担える存在は貴重だ。加えてこの村から歩兵を二十人!! 国境防衛のために臨時で追加徴兵しますよ!!」



 今度は一斉に人集りがざわつき出した。



「ちょっと待って下せえ!! 旦那は成人すらしていない女の子を徴兵しようってんですか!?」

「その通り、作戦司令室は国王陛下が長、その使者である私の言葉は勅命と同義です!!」

「そんなふざけた事が罷り通ると旦那は本気で……」

「自主的に決められないのならこちらで適当に決めますよ? ふむ、指揮官が女の子なら女性部隊にすれば気兼ねが減りますかねえ?」

「……なんだと?」



 ダメだ。


 村を代表してハーメルンと話している村長に我慢の限界が近付いている。目に見えて分かる彼の怒りは貴族相手には流石にマズい。


 そう感じとった私は人集りを隙間を小さな体を活かして進んでいった。


 マリナが私の動きに気付いて「行っちゃダメだって!!」と叫んでいるが、今はそれどころではない。


 そうやってハーメルンの前に出て私は壇上を見上げながら口を開く。ハーメルンは姿を見せた私に驚いて、上から目を見開いて私に視線を向けてきた。


 ハーメルンの反応を見る限り、私が直接前に出てくるとは思わなかったのだろう。


 こんな男がどうして安全なこの場所にいて、グレゴリーが危険な前線にいるのかと考えると私は怒りに震える顔を隠す事が出来なかった。



 ただひたすらに下から強く睨みつけるのみだった。



「……外交に失敗して戦争を止められなかったのはハーメルン子爵、貴方ではありませんか?」

「貴女はソロア・デューイですねえ? ガキが偉そうに無礼を口にする……貴女は強制徴兵ですので下がって貰って結構です」

「爵位上は私の方が貴方より上なんですけど?」

「もう黙ってくれませんか? 仕事の邪魔です、それとも力づくで連れて行かれる事をお望みでしょうか?」

「私の事はどうとでもして下さい。でも村の人は許してあげて欲しいんです、今は畑の収穫の真っ只中。そんな時にこれ以上徴兵されたらこの村は生活を維持出来なくなります」



 先ほどまでハーメルンに罵声を浴びせていた村人全員が今度は静まり返る。


 尊重に至っては私の後ろから「もう良い、お前の気持ちは有り難く受け取っておくから」と声をかけてくれる。その場の全員が私を守ろうとしてくれた。


 マリナは人集りの外から戻って来いと私に手招き仕草を見せていた。彼女の必死な様子から私を本気で心配してくれているのが良く分かる。



 違う、そうじゃない。



 これが私にとってのケジメなのだ。グレゴリーが私を好きだと言ってくれた事へのケジメ、そして推しキャラだった国王陛下に対する感謝を示すものだったのだ。


 あの二人はゲームの世界に転生した私に色んなものをくれた。


 そもそも私に撤退の二文字は無い。


 王城から帰ってきた私を暖かく受け入れてくれた村人たち、この人たちもまたグレゴリーにとって守るべき国民なのだから。私はグレゴリーの決意に殉じたい。



 それだけだ。



「では国王陛下に会わせて下さい。あの方がこんな筋の通らないご命令を下すとは思えません」

「先ほども言ったでしょう? 私は陛下の使者、代理人です。陛下に直に確認する必要は有りません」

「そもそも国家の危機を目の前にして片田舎の村々を一つ一つ周っている事自体がおかしい。そんな悠長な事をしている暇があるのですか?」

「こちらにも都合があります」

「王都には予備軍が残っている筈です」

「黙りなさい!! ソロア・デューイ、これ以上の邪魔だては実力行使で排除します」



 周囲に緊張が走った。


 ハーメルンが手を上げるとそれが合図となって彼の周囲に待機する騎士たちが一斉に抜刀をする。これは絶対におかしい、あの国王陛下がこんな暴挙を許す筈がない。


 あの人もグレゴリーと同じで国民を守る事を第一優先とする人物だ。


 それは私自身が良く理解している。私にとってあの人は推しキャラだったのだから分からない筈がない。そして国王陛下は体調を崩してハーメルンたち貴族派閥を御す為に王城に残られた。


 となれば考えられる事は一つ、今回の作戦司令室で所属する貴族を国王陛下が抑えきれなくなった事情があると言う事になる訳だが……。



「……国王陛下の容態が悪化したのではありませんか?」

「一々察しの良いガキで逆に腹が立ちますね。貴女は喋りすぎです、もう面倒だから村ごとは処分しましょう。お前たち、一人残らず殺しなさい」



 騎士二十人が一斉に私に切り掛かるためその場から走り出す。


 対する私は武器も持たず丸腰状態、後ろにいる村人たちだって同じだ。やってしまった、グレゴリーの気持ちを汲んだつもりがまさか皆んなを巻き込んでしまった。


 騎士たちの突然の殺気に村人たちは悲鳴を上げて四方へと逃げ回る。


 闘う術を持たない皆んなからすればそれは当然だと思う。悔やまれるのは余計な事をしでかした私の対応。もっと上手く立ち回れた筈と後悔するしか無かった。



 いつでも全力に一直線。



 自分の信念が如何に愚直で役に立たないかを突き付けられた想いがして胸が張り裂けそうになる。それでも後悔などしている場合では無いと身を呈して村の皆んなを守ろうと襲い掛かる騎士たちに立ち塞がった。


 文字通り仁王立ちとなって騎士たちと逃げ回る皆んなに割って入るしかない。


 そんな私の行動に気付いて後ろからマリナが声を張り上げた。



「ソロアちゃん!! 今は逃げなきゃダメだよ!!」

「……グレゴリー、告白の返事もせずにごめんなさい」

「いえ、ソロアさんの返事は如何あっても聞かせて頂きます」

「え……?」



 突如聞き覚えのある声がした。


 私がずっと聞きたいと思っていた愛おしさに満ち溢れてた少年の声、戦争に付いていくといった私を優しく突き放したあの声が背後から聞こえた。


 どう言う訳かその声と共に私に襲いかかった騎士たちが突如として動きを止める。


 何か恐ろしいものを見たかの如く見事に振り上げた剣をピタリと止めてしまったのだ。


 と言うかその場の全員がピクリとも動かなくなる。この殺伐とした雰囲気の中でこれほどの影響力を持つ声の主、私はその正体を知るために声のする方を振り向くとそこは待ち人が立っていた。


 その姿を目にして一年ぶりに涙を流して泣きじゃくると、その人は煌びやかな鎧姿のままニコリと私に優しく声をかけてくれた。



 彼の優しさに待ちくたびれたと悪態をついてみる。


 そして無事の帰還に喜ぶと彼は照れ臭そうにポリポリと頭を掻きながら申し訳無さそうに言葉を返してくる。



「……こんなに待たせて愛想を尽かされたって考えなかったの?」

「いやあ、すいません。でもおかげさまで終戦を迎える事が出来ました」



 グレゴリーは一年に渡った戦争から生還を果たしたのだった。

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