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ヒロイン、自発的に更生する

 時間とは本来静かに流れるものだったらしい。


 初めて知った感覚だ、思い知らされた想いだ。


 乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』の世界に転生する前は暴走族だった。その日々は騒がしいのが当たり前で、時には血の雨を見ることもあった。


 バイクから奏でられるエキゾーストノート。


 それが私の当たり前で仲間と連んでお気に入りのバイバスで風になる、その感覚を知ると更に速く走りたいと思うようになって全身にアドレナリンが充満する。



 穏やかとはお世辞にも言えない日常が私の当たり前だった。



 一時は王城で推しキャラの出会って興奮して、その推しキャラに頼まれて嫌いだった筈のキャラの側近に召し上げられて。



 グレゴリー・アマルフィー。


 気が付けばグレゴリーはいつも私の隣にいた。



 相変わらず騒がしい毎日をこの国の王子でありグレゴリーと送る事となった。いや、私が自分で騒がしくしていただけかもしれない。


 それでも私は楽しかった。


 側近になって王子を強くすると豪語して、良い気になってドラゴン討伐なんてものに意気揚々と挑んで。



 結果、グレゴリーの事を身も心も傷付けてしまった。



 落ち込んだアイツは戦争なんて最も似合わない世界に身を投じて、強気なって帰ってくると私に言い残して去っていった。


 私の好き勝手な振る舞いがそうさせたのだろうか?


 そもそもアイツは私と一緒にいてたのしかったのだろうか?


 私は生まれ育った村の実家に戻ってボーッとベッドで寝転んでいた。グレゴリーに仕事の暇を与えられてここに戻ってきたのだ。


 見上げれば自分の部屋の天井が目に入る。私はこの世界で育った記憶が無いからその光景に懐かしさは感じられない。


 本当に時間が過ぎるのをただ虚しく待つだけだった。


 一日が早く終われと祈る毎日、そうすればグレゴリーが迎えに来てくれるかもしれない。村に帰ってからそんな風に考えて毎日を過ごしていた。



 グレゴリーと別れてから早一年。



 私はこんな気持ちで一生過ごすのかと思うと生きた心地がしなかった。転生前の私ならバイクで気晴らしにそこら辺を走り回るかもしれない。



 でもとてもそんな気持ちにはなれないのだ。


 何しろ私がこうしている間にもグレゴリーは……。


 嫌な予感が脳裏に浮かんでくる。部屋の飾ったグレゴリーから貰った特攻服を眺めては嫌な予感が更に深まっていく。


 サッと私が真っ青になっていく、するとそれを見計らったかの様なタイミングで私の部屋のドアが開いた。まるで泥棒にでも入るかの様に慎重音を立てまいと開けた人物が私に気を遣っているのが手に取るように分かる。


 私がドアに目を向けるとその人物と視線が重なった。



「……マリナちゃん? 今日はどうしたの?」

「ソロアちゃん、口調が見事に戻ったねえ。……大丈夫?」

「大丈夫、何かお菓子でも作ろうか?」

「うーん、あの時のソロアちゃんのインパクトが強すぎて未だにしっくり来ないんだけど?」



 マリナは私にどうしろと?


 私は村に帰ってから、……違う。グレゴリーと別れてから徹底して態度を改めた。口調も十歳の女の子らしいものに矯正して、今まで苦手だったお菓子作りや本格的な調理スキルの習得に勤しんだ。


 別にそうしたかった訳じゃない。


 ただ私がこうすればグレゴリーが早く戦争から戻ってくるのではと勝手に思っただけだ。良い子にしていれば願い事は叶う。


 まさに子供の発想だ。


 そうやってクリスマスプレゼントを強請る子供の如く私はゲンを担ぐ様に静かに村で過ごしていた。毎日学校に欠かさず通って、帰宅しては率先して両親の手伝いをした。


 時間が空けばマリナと一緒に森で遊んで、たまには近くの大きな街まで足を運んでお買い物。


 暴走族の時とは真逆の時間を貪る様に過ごした。


 マリナはこの私の変化を知るだけに私を心配して時折こうして顔を見せてくれるのだ。


 私は「どっこいしょ」と声で勢いを付けてベッドから起き上がってマリナの方に近付いて行った。



「今日は村人全員で集会だっけ?」

「みたいだね。なんかお城から偉い人が来るらしいよ。ソロアちゃん、何か聞いてる?」

「お城……」

「あ、ごめん」



 マリナがしまったと言いたげに口を紡ぐ仕草を見せる。


 彼女は私とグレゴリーの関係に何となく勘付いているのだ。マリナからは直接何かを聞かれた訳では無いが、たまにこうして気を遣ってくれるのだから逆に私の方が察してしまうと言うものだ。


 そんなマリナの反応に少しだけ口元が緩む。


 私は彼女の手を取ってそのまま部屋を出た。


 今日は村人全員が村の広場に集まる日、グレゴリーと初めて出会ったあの場所に王城から使者が来て何かを発表するそうだ。


 何を発表するかは誰も知らされていない。


 だかだ私はもしや、と言う縋る想いにも似た感情を胸に抱いて早足のままマリナと一緒に家を飛び出した。私の様子に違和感を感じてマリナは「ちょ、ちょっと待って!!」と静止を促す様に付いてくる。



 そして彼女は私の想いを察して静かに声をかけてくれた。



「……例の戦争の詳報だと良いね?」

「うん」

「大丈夫だよお、フォンデブルグはここ十年戦争では負けなしじゃん」

「でも……今回は相手が……」

「周辺諸国が手を組んだんだっけ?」

「うん」



 私とマリナは息を切らしながら村の広場に向かって走っていくのだった。

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