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ヒロイン、空虚な中で芸が細かい

 ドラゴンを何とか討伐して私とグレゴリーは王城へ帰参していた。


 あれだけ派手に闘ったのに終わってみれば呆気ないもので、私は再び静かな生活を取り戻していた。王城も静寂そのものだ、普段は私とグレゴリーが中庭で訓練をするから賑やかだったのだ。


 その光景を楽しみにしていた人もいたらしく、時折私たちの訓練を見学する人もいた。


 だが今は訓練自体をしていないから、当然見学者も現れやしない。


 グレゴリーが王城に帰参して以来、私と会ってくれないからだ。どうも私はグレゴリーに避けられているように感じる。いや、間違いなく避けられているのだろう。


 原因はやっぱりアレか。



「バッカ野郎、返事も聞かずに逃げんじゃねえよ」



 ドラゴン討伐直後のグレゴリーの告白、おそらくアイツは自分の本心を打ち明けて私に合わす顔が無いと思ってやがるんだ。


 だからテメエはバカ野郎なんだよ。


 自分に自信が持てないから貶されるとその相手の言葉を真摯に受け止めようとする。


 グレゴリーはそう言う性格だ。だが逆に貶される事も怖いともアイツは思ってやがる、私に告白して拒絶される事をグレゴリーは恐れているんだ。



 だから王城に戻ってかれこれ一週間。



 グレゴリーは何かと理由を付けては私を遠ざけているんだ。何度でも言ってやるよ、テメエは大バカ野郎だ。こっちの返事を聞かずに逃げやがって。


 おかげでこっちはフラストレーション溜まりまくって、やる事が見つからねえから……。



「いいか? とくと見てやがれ、これが私のレパートリーだ」

「おおおお……、これは何というメニューでしょうか?」

「こっちが糠漬けでこっちはタクアンだ。でこっちがアヒージョな」



 暇で仕方がねえからハゲヅラシェフの職場に入り浸ってるんだよ。


 以前、私に国王陛下にお出しする献立の相談に乗ってジジイと仲良くなったのだ。そしてたまに厨房に入り浸ってはこうして私は腕を振るう。


 糠漬けにタクアン、全て保存性が高い上に酒の肴にピッタリだ。


 勿論だがノンアルコールのな。



「うーむ、油で煮る。アネサン様の発想は奇抜ですがこれは本当に美味しいですな。流石はアタリ女神の異名を持った方です。このハゲーノ、感服しました」



 コイツ、ハゲーノって名前だったのか。



 初めて名前を聞いたが見た目と名前がここまで直結する奴も珍しい。ハゲーノはニコリと笑いながらコックの帽子を外して私に向かって頭を下げてきやがった。



 ハゲーノは自分のハゲを隠すどころか逆に晒してきやがった。


 やるじゃねえか。


 テメエは私から逃げ回る何処ぞのガキ王子とは一味違うようだ。だったら私もハゲーノに敬意を評して包み隠さず、全てを伝えてやるのが筋と言うものだ。


 私が「ケッケッケ」と笑いながら着込んだ特攻服の懐に手を伸ばすとハゲーノは固唾を飲んで私の起こす狂気の沙汰を待っていた。



 乙女ゲームに転生してはや一ヶ月とちょっと。


 その間、私が温めてきた奥の手をテメエに見せつけてやろうじゃないか。



「ケッケッケ、これが美味えんだよ。アヒージョの残りオイルでペペロンチーノ、これが出来る女の奥の手レシピだ!!」

「トマトにブロッコリー、それと乾燥パセリですか」

「そこに水に漬けて戻しておいたアタリメも投入するんだよ!!」

「おおおおおおお!! ここからがアタリ女神の真骨頂ですか!!」



 中火でフライパンを動かしてペペロンチーノの調理にスパートをかけた。時折フライパンを手首で動かして炒める食材を宙に浮かせながら私は料理の腕を披露する。


 因みにこれは料理系スキルが壊滅的な私が出来る唯一の事、言ってみればバーベキュースキルと言うべきか。


 それに漬物程度なら何とかやれる。


 だって床を作って漬け込んで切るだけじゃねえか。酒の肴にはめっぽう強いのが私だ。


 「ケッケッケッケ」と狂った様に、私は目の前のハゲに喧嘩を売る様に笑い飛ばす。


 だが虚しい。


 ただ心が虚しかった。


 どれだけ夢中になって料理をしても心が満たされることは無かった。どれだけ笑おうとも何かが足りないと私の心が静かに主張してくる。


 「アバヨ!!」と何処ぞの芸人の如くジジイに笑顔で別れの言葉を口にしたって気が付けばため息をついてしまう。


 私は静寂を極める王城の廊下を俯きながら歩いていった。


 調理を出ると虚しさは容赦する事なく私に襲い掛かってくる。私は自分自身の事が分からなくなって視線を上に向けてまたしてもため息が漏れてしまう。



「姐さんにため息なんて似合いませんよ?」

「……遅えよ」



 後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


 私は漏れるため息を途中で止めて静かに振り向いた。振り向くとそこには如何に見慣れない姿のグレゴリーが立っていた。


 煌びやかな鎧を着込んで腰には立派な装飾を施した剣を差す王族の姿がそこにはあった。兜は装着せずに腕で抱え込んで如何にも今から出陣するぞと言わんばかりの佇まいを見せていた。



 これには流石の私も驚きを隠す事が出来なかった。


 そして肝心のグレゴリーはそんな私を気にも留めずに微笑みながら口を開く。嫌な予感がする、久しぶりに顔を合わせたかと思えばグレゴリーの見慣れない鎧姿。


 私が不安を抱くには充分すぎた。



「父が容体を崩しまして」

「見舞いにしては随分と仰々しい格好じゃねえか?」

「そうですね。父への見舞いの土産を取りに行こうかと思いまして」

「私も付き合ってやんよ」

「それはダメです」

「どうして? テメエ、私の事が嫌いになったかよ?」



 わざと意地の悪い事を口にしてみる。少しだけ口を尖らせて拗ねたように見せて言ってみた。


 ずっと私の事を避けてきた仕返しだと言わんばかりの態度を取るとグレゴリーは困った様子になって「まさか」とだけ呟てガシガシと頭を掻き出す。そんなグレゴリーの反応を見て私はそっぽを向いてしまう。



 グレゴリーは私の態度に更に困った様に顔を顰めて会話を続けていった。



「……僕はこれから戦地へ赴きます」

「そうかよ……あ!?」

「ですので姐さんは当分の間、お暇になるので一度ご実家へ戻って頂いて結構です」



 まさかのカミングアウトに私は慌ててグレゴリーに視線を移した。


 ここに来てまさか私の方が慌てる事になろうとは思わず、言葉を失って硬直してしまった。グレゴリーは私の晒した間抜けヅラにニコリと微笑みを返すだけだった。

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