最強ヤンキー娘、乙女ゲームに転生する
ふと目を開けるとそこには緑が生い茂っていた。
「いってえ……、でも怪我はねえみてえだな。バイクで派手に転けたわりには打身だけで済んで良かったぜ」
全身に走る痛みを実感して自分の無事を確認した。
そしてホッと胸を撫で下ろす。
私は先ほどまでバイクに跨ってライバル暴走族のリーダーとプライドを賭けて勝負をしてた。所謂チキンレースと言う奴だ。
私の名前は悪井舞、十七歳の高校二年生。
俗に言うヤンキーと言う人種だ。
それも地元の暴走族で女だてらにリーダーを勤める最強のヤンキー娘だ。地元の百台市全体を見渡してもタイマンで私と互角を張れる奴は男を含めたっていやしない。
強さこそ私のステータスであって、ヤンキーの意地こそが絶対のプライドだった。
だから市外のライバル暴走族と抗争になって、そこのリーダーとチキンレースなんてもので勝負をした訳だけど。で、敵はレース中に卑怯にも罠を仕掛けてきやがった。
私の進路にバナナの皮を投げてきやがった。
おかげで私は見事にスリップをしてバイク毎転倒。
……の筈なんだけどなあ。
私は違和感を感じて辺りを見渡してみる。そして違和感の正体に気付いて更に周囲をキョロキョロとしだす。
「……なんで私は森ん中で転んでるんだよ? しかも昼間あ? 私がレースをしていたのは夜のバイバスだった筈だ」
そうなのだ。
私はライバル暴走族と市内の出水バイパスで落ち合って、そこで深夜零時と共にスタートを切った筈だ。ゴールは地元のターミナル駅とは逆方向の工場地帯の入り口付近の信号。
だからこの状況は絶対に有り得ない。
私が森の中で、それもアスファルトのカケラも見当たらない陽射しが差し込める森の中にいるなど絶対におかしい。
いくら百台市が田舎で杜の都と言われているとは言えこの状況はまず無い。
それによく見れば腰まで伸ばした黒髪も無くなって金髪に染まったボブカット。着ている服だった何処ぞの童話にでも出てきそうなヒラヒラとしたスカートじゃねえか。私は最強ヤンキーの暴走族だぞ?
着込むなら特攻服だろ?
まあ特攻服に関してはヤンキー仲間や舎弟からも時代遅れだと散々にバカにされてきたけどさ。だが今はそんな事を考えている場合ではない。
レースをしたのは日曜の深夜。
つまり今日は月曜日で学校へ登校しなくてはいけない。私は意外と真面目なのだ、ヤンキーだからって学校を平気でサボろうとする奴は嫌いだ。
親が汗水流して働いて稼いだ金で学校に行かせてもらってるのだから子供はサボらず毎日登校するのが筋ってもんさね。私は取り敢えずスカートに着いた土を手で払いながら起き上がってみた。
ずっと座っていたって何も始まらないからね。
立ち上がって改めて周囲を見渡してみた。やはり周りは緑で生い茂っていて人っ子一人見当たらない。ガシガシと頭を掻いて一応は悩んでみるも、何も起きない。
と思っていたら遠くから人の声が聞こえて来る。
それと同時に近寄って来る足音も耳に届く。
私がその声と音のする方向を振り向くとガキンチョがこっちに向かって全速力で走って来る姿があった。走って転んでも知らねぞ?
ガキは転ぶと泣きやがるからな。
「おーーーーーい、ソロアちゃーーーーーーん。大丈夫ーーーーーー?」
「ソロア? 外人っぽい名前じゃねえか、ん? ソロアって何処かで聞いたことのある名前だな」
「ソロアちゃん!!」
「あ? テメエ、私に話しかけてんのか?」
「そうだよ、ソロアちゃんはソロアちゃんしかいないじゃん!!」
ガキは目の前で立ち止まると私に向かってソロアと言う名前を連呼してくる。と言うかこのガキも気合の入った見た目じゃねえか。
見た目からすると十歳前後だろうか?
幼さの割には髪を茶色に染め上げてまつ毛は外人みたいに二重を思わせるツケまつ毛極めて、ブルーのカラーコンタクトを着けている。最近のガキはこう言うの外人みたいな外見を最先端のオシャレとか吐かすからなあ。
それでも髪を染めてるからヤンキーとギャルのハーフってところか?
このガキも私と同じでヤンキーを生き様にしているようだ。
だったら私もガキに誠意を見せてヤンキーの流儀に則って一発挨拶をかましてやろうじゃねえか!! 中腰になって右手を前に、左手を腰の後ろに回して私は目に力を込めて口上を述べた。
「お控えなすってえ!! 手前生国と発しますはみちのく千関にござんす。流れ清き河川に生湯を遣い、風光明媚で名高い断崖絶壁よじのぼり、やってきましたのは花の百台市昨今改めまして城宮県にござんす。恐れ多くももったいない有名な御社殿に背を向けましてトントントン下がりまして、大名家様の狩場として名高いニュータウンに住まいおります。性は悪井、名は舞。人呼んで「最強のヤンキー娘」と発します。お見掛け通り、あちこちのお兄いさん、お姐さんに迷惑掛けがちなJKにござんす。以後面体お見知りおきのうえ嚮後万端、よろしくお引き回しのほどおたの申します!!」
「……ソロアちゃん、本当にどうしちゃったの? JKってなに?」
極まった。
ガキは私の名乗りにビビって声を失ってしまったらしい。
ポカーンと口を開けて微動だにしなくなってしまった。この名乗りはいつか社会人になった時にガキだと言って舐められない様にとずっと練習をしてきたのだ。
何十本ものの仁侠映画を観て練習してきた成果がここに来て花を開いたってところか? 会心の出来に心の中でガッツポーズをしてしまった。
だが目の前のガキは意外と胆力があった様ですぐに我に返って「そうだった」と言葉を口にしたかと思えば私の手を引っ張りながら走り出してしまった。
これには流石の私もガキを相手に文句の一つでも言いたくなると言うものだ。
「おい、ガキ!! こっちが口上を述べたんだからテメエも名乗るのが筋ってもんだろうが!!」
「ソロアちゃん、本当にどうしちゃったの? 私たち親友じゃん。今更名乗ってどうするのさ」
「だから私をソロアって呼ぶんじゃねえ!!」
「あーはいはい、そう言う遊びね? それよりも村に王子様が来たんだって、一緒に観に行こうよ!!」
「王子? 学校の舎弟の王子の事か?」
王子常明、学校で一学年下の後輩の名前だ。
これでも私はヤンキーながら学校でもそこそこモテた。サッパリした性格と見た目が美少女だって言う連中も多かった、王子は私に何度振られようともしつこく言い寄ってきた骨のある男だった。
見た目はタコみたいだったけど。
あまりにもしつこく言い寄って来るから文字通りタコ殴りにして見た目の更にタコ感が増したけど。
「ソロアちゃん、流石に王子様を舎弟扱いしたら不敬罪で捕まっちゃうよ?」
「だから手を引っ張るんじゃねえ!! ガキは走ると転んじまうぞ!?」
「私たち同い年じゃん、親友じゃん。私の名前はマリナ・カイト、ソロアちゃんこそガキって呼ばないでよ」
マリナ・カイト?
何処かで聞いたことのある名前だ。それにこのガキが口のするソロアと言う名前も同じく何処かで聞いたことがある気がする。
何処だ?
人とは考え込むと集中出来るタイプと頭に雑念が入り込んでくるタイプの二種類が存在する。私は後者だ、だから聞き覚えのある二つの人名を考え始めると急に他の事が気になってしまったのだ。
昨日のチキンレースの前までプレイしていたスマホの乙女ゲームアプリの事だ。
いくらヤンキーでも女の子らしいものを一つや二つ好きになる事くらいはある。最近巷で人気だと言うので始めた乙女ゲーム、中々攻略対象をクリア出来なくて困っていたのだ。
そのゲームの主人公はソロアと言う名前の少女。
十六歳の女の子が幼馴染のマリナと一緒に王都の学校へひょんな事から留学に行くストーリー、舞台となる王都の学校には王侯貴族が普通に通っており庶民の女の子を巡って恋愛バトルが勃発するのだ。
ヤンキーには一生縁の無い物語だから私はガラにもなくドップリとハマってしまった。
……ん?
主人公のソロアとその幼馴染のマリナ……だと?
「え!? おいガキ、私の本名って何だあ!?」
今、恐ろしい推測が私の頭をよぎった。
流石にそれは無いだろうと思うが、それでも目の前の光景が鮮明すぎるのだ。よく見れば私の手は十七歳にしてはとても小さく思える。
そしてそんな私の手を引っ張ってグイグイと森の中を走っていくマリナと言う名前の女の子。もしかして私は乙女ゲームの中に転生してしまったのでは無いだろうか?
と言う事はライバル暴走族とのチキンレースで転けて死んでしまったと言うことでは無かろうか!? その推測が正しければ私は……。
そして現実とは残酷なもので私は私自身が今一番聞きたくない答えをマリナから聞くことになるのだ。
「ええ? 本当に今日のソロアちゃん、どうしちゃったの? ソロア・デューイ、それがソロアちゃんの本名でしょ?」
嘘だろ。
どうやら私は本当に乙女ゲームの世界に転生してしまった様だ。そして最悪なのは私の死因、私は何処ぞのゲームの如くバナナの皮に滑ったのだと思う。
最強のヤンキーは滑って転んで頭をぶつけて短い生涯を全うしたのだ。
「おい、ガキ!! 鏡持ってねえか!?」
「ソロアちゃん、いつもおばさんから貰った鏡を大切に持ち歩いてたじゃん」
呆れて顔でそう言われて衣服を漁ってみると確かに小さな鏡があった。腕を引っ張られながら恐る恐る鏡を覗いてみた。
いつでも全力に一直線。
それが信条の私が鏡に写ったものを見てピシッと音を上げて全身硬直させてしまった。それはそうだろう、鏡に写ったものは乙女ゲーム『乙女戦記フォンデブルグ』の中に登場するヒロインの姿だったのだから。
ソロアよりも更に澄んだマリンブルーの大きな瞳に金色のボブカット、見た目はヤンキーとか関係無く本当に外人風、いや外人の見た目そのものだ。
悪井舞よりも劣るがそれでも美少女と言っても過言では無い十歳の女の子。
ベタに頬を引っ張ってみるも痛みをハッキリと感じる。これは夢では無く、私は本当に乙女ゲームの世界に転生してしまったと思い知って大きく肩を落としてしまった。
私は幼馴染に引っ張られながら気絶して泡をブクブクと吐き散らかすのだった。
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