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DAY.1:「一個いい作戦があるんだけど」

 目を開けると、視界に女性の寝顔があった。




 一瞬パニックになりかけたが、昨晩の出来事を思い出しかろうじて悲鳴は上げずに済んだ。




 スマホを手繰り寄せると、朝六時を過ぎたばかりだった。




 いつもの起床時間。そして沙也さんの部屋から生活音が聞こえ始める時間でもあった。




「起きる時間ですよ、沙也さん」


「んー……、もうちょっとだけ……」


「ダメです。準備しないと」


「むぅ……ブラウンのいじわる……」


「俺はブラウンじゃなくて茶道です」




 沙也さんがカッと勢いよく目を見開く。




「あー……そうでした、おはよ……」


「おはようございます」




 沙也さんは照れるとすぐに顔が赤くなるらしい。




 このまま起きると思いきや、俺は前から全身をからめとられてしまう。




「朝のぎゅー」


「あと五分だけですからね」




 と言いつつも、嬉しかったのは内緒だ。




 こんなこと、普通は恋人同士じゃなければできない。




 俺が再びこの体験をするのは何年先のことだろうか。




「あっ……」




 頭の後ろから、残念そうな声がした。




「どうしました?」




 抱き着かれたまま、俺は尋ねる。




「スマホにクリーニング業者の人からメールが来てたんだけど、ブラウンのシミが中まで浸食しちゃってて、特殊な工法でシミ抜きするから配送までに最低三週間はかかるって……」


「それは……ご愁傷様です」


「三週間も寝不足になったら死んじゃうね」


「死ぬ……は大げさかもですが、対策を考えないといけませんね」


「一個いい作戦があるんだけど」


「予想はついてますが、訊くだけ訊きましょう」


「ブラウンが帰ってくるまで、私の抱き枕になってくれない?」




 イエスと答えるのは簡単な問いだ。美人のお姉さんと毎晩一緒に寝られるのが嫌なはずもない。しかし、明らかに常軌を逸脱した提案に本能のまま頷いて良いものだろうか。




 恋愛関係にない若い男女がひとときの癒しを求め、後には何も残らない、お互いを堕落させるだけの計画にも思える。受験生の俺にとって、煩悩は敵だ。ストイックな生活こそ合格への近道。人の温もりなど不要なはずだ。




 俺の口は、なかなか「はい」と動かない。




「サドーくん、お願い」





 ポジティブに考えてみよう。俺は受験勉強を頑張って、沙也さんは仕事を頑張る。一日の終わりにささやかな癒しがあってもバチは当たるまい。




 大げさに考える必要はない。このお隣さんと一晩をともに過ごし、俺は確かに癒された。




 重要なのは、俺がどうしたいかだ。




 選びたい答えは最初から決まっている。





 俺は返事の代わりに、沙也さんをそっと前から抱きしめた。

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