あっとらいぶらりー⑥
サブタイトルを変更しました。
「満ちゃん、お待たせ。」
階段の方から聞こえてきたのは、少し甘えた感じの可愛らしい声。聞き覚えがあるんだけれど…声の主は書架の陰になっていてまだ見えない…あれ、誰だっけこの声?
なづな…は特に反応してないか…。
なづなが知らなくて、ボクだけ知ってる方?そんな人セリナ様くらいしか…でもセリナ様じゃないし。勘違いかな?いや、でも、確かに聞き覚えがある…気がする。
「遥お姉様、そんなに慌てると転びますよ?」
遥お姉さま…はるか?名前は覚えがないなぁ。
でも声は絶対知ってる声だ。ごく最近も聞いているはず!くぅ!思い出せない!
あれぇ?!ボクの記憶力たいした事ないな!?
「ジェミニちゃん、いらっしゃい。」
書架の間から姿を見せたのは、ボク達が着ているのとは違う茶系のセーラー服、つまり高等部の制服を纏って、長い黒髪を三つ編みに纏めた、少し小柄なお姉さま。小さなお顔に大きめの黒縁眼鏡が自己主張している。
あ、あぁ…!この方か!!
司お姉さま、優お姉さまと一緒に講堂でお仕事していた文学少女お姉さま!
そういえば、お名前を伺ってなかったね!
遥お姉さまと仰るのか。心のメモ帳にメモメモ。
「はい、お姉さま。先日はお世話になりました。」
お約束のカーテシー。
ちょっと頬を赤らめて、お顔が緩んでらっしゃいますね。どうやら喜んで頂けた様で、何よりです。
そういえば今日は、ちゃんとお顔を見れてますね?
先日は、こう、スィ〜っと顔を逸らされてましたからね。まぁ理由は教えてもらったので悪感情は微塵もないのだけれど、やっぱりちゃんとお顔を見てお話したいもんね?
「あれ、遥ちゃん…じゃなかった。遥お姉さま、せりさんとお知り合いなんですか?」
「ええ、入学式の設営の時にね。一緒だったの。」
「あ、そうか。せりさん達が看板書いたんだもんね。そっかそっか。」
納得できた様でようございました。それよりもですね。
満さん、今、さらっと”遥ちゃん”って呼ばなかった?
横をみれば、やはり なづなも驚いている。
前にも言ったかもしれないけれど、明之星女子学院では上級生の事は『お姉さま』と呼ぶのが伝統的に仕来りとなっているんだよ。
お姉さま=先輩くらいの感覚で使い始めるのだけれど、段々と意味が変わってくるというか、少しずつ重くなってくるというか…尊敬の念が籠って来る感じって言えばわかるかな?
だからね、『お姉さま』を付けずに、ましてや『様』ではなく『ちゃん』付けで名前を呼ぶというのは、余程親しいか特別な関係…え~と…まぁカップル?とか?そういうね、ちょっとね、特別な意味があったりするんでね、吃驚しちゃった。
…いや、まぁ、ボク達もねぇ…セリナ様に名前で呼べって言われてるから人の事は言えないんだけれど…ま、まぁセリナ様の場合はボク達と親しくしたいという意思表示みたいなものだろうから、そんな特別な意味はないと思うけれど。
それに率先してバラしていくつもりはないから、暫く知られる心配はないんじゃないかな?
たぶん。
おっとっと、また脱線しちゃった。今は満さん達の事だよ。
「満ちゃん、ちょっと言葉が荒くなってるわよ?二人の時は構わないけれど、他の子がいる時は気を付けてね?」
「うん、わかってる…じゃない。注意します、遥お姉さま。」
「よろしい。」
遥お姉さまが柔らかな笑みを浮かべて、満さんのおでこを軽く指で弾く。
満さんもあうちっなんて言って大袈裟に仰け反ったりしてるけれど、ホントに痛い訳じゃないのは見れば解る。
…いちゃいちゃしてるだけだ、これ。
あぁ、なんか、はにかみ合っちゃってるよ。
ちょっとぉ、これ見てていいの?
なづなと目配せして、そ~っと背中を向けて終わるまで待つ事にした。
いやぁ…そうかぁ、他人のこういう場面を見るのって滅多にないけれど、これは甘ったるいねぇ。こっちが照れちゃうよ。
でもそっか、満さんて高等部のお姉さまと親しかったんだ。ショッピングモールで見かけた時も他校の、しかも高校の生徒さんと一緒だったし、かなり交友範囲が広いんだろうな。まぁ満さんは社交性もコミュ力も高そうだし、趣味友って年齢はあんまり関係ないっていうしね、仲良くなった人が偶々高校生だってだけなのかも。
その一人が遥お姉さまだったのなら、学校と関係ない所で親しくなったのなら、さっきの遣り取りの気安さも納得だよね。
…で、そろそろ振り向いても大丈夫かな~?
チラリとなづなの方に視線をやれば、なづなも此方に視線を寄越し眉尻を下げてやれやれといった笑みを見せた。
あ~…まだ二人の時間をお過ごしなのですね。う~ん邪魔するのは本意ではないし、そのつもりも無いのだけれど…どのくらい待てばいいのかなぁ…?
「なずなさん、せりさん、ごめんなさい。お待たせしちゃって!」
「ううん、大丈夫。お話はもういいの?」
まぁ結局、待ったのはホンの2~3分だった訳だけどね。何もしないで待っているだけって結構きついんだねぇ。もしかしたらボク達も、こんな風に誰かを待たせたり気を遣わせたりしてたのかな?
…それは遺憾なぁ。気を付けよう。
「うん大丈夫、じゃあ行きましょうか。遥お姉さま、お願いします。」
「はい、いってらっしゃい。」
ボク達は遥お姉さまにご挨拶して、満さんの案内で三階へ。
実は上がってから気付いたんだけれど…ボク3階に入ったの初めてだ。
1階2階にはカウンターや閲覧テーブルがあるから、空間が開けていて広々とした印象だったけれど、3階は天井近くまである書架がフロア全体を覆い尽くしているせいで、見通しが悪く少し薄暗い感じがする。
へぇ…3階ってこんな風になってたんだ。なんか図書室というよりも資料室って感じだね。
「お、流石。気づきましたか。そう、3階はねぇ郷土史や学校史、学校が発行した印刷物とか生徒会を初めとする各委員会の運営記録なんかが、ぜ~んぶ保管してあるんだよ。」
マジですか!?それは凄い!
創立当初から全てあるのなら、それこそ100年分の資料がここにあるって事だよね。
「残念だけど戦前の物は閉架書庫に仕舞ってあるの。まぁ各階のPCでデータ化した物が閲覧できるんだけどね。」
なるほどねぇ。古い物はそれだけで貴重だものね。下手に触って破っちゃたりしたら取り返しがつかない。
「文芸部の部誌は…ちょっとまってね。」
満さんはそう言って持って来ていたタブレットで検索し始めた。
あのタブレット、オンラインなの?あ、もしかしてイントラネットってやつ?学校内だけの内部ネットワークでしか使用できないってゆう。
「あ~…昭和50年台以降の物は3階にあるみたいだけど…それ以前のはデータ閲覧のみ可になってるね…。」
「そうなんだ…取り敢えず、3階にあるのだけでも見ておく?」
「そうだねぇ。満さん、案内してもらって、いい?」
「うん、勿論。えっと…こっち。」
満さんは迷いなく壁際の書架へと歩いてゆき、棚に記された番号を確認し始めた。ちゃんと書架の番号とか覚えてるんだ…流石図書委員…。
「このくらいはね。当たり前だよ~。」
三つほど書架の番号を確認して、今度は上の方を見始めた。
え、そんな上の方にあるの?届かなくない?
「あ、あれかな?」
声を発したのは、なづなだ。
「上から二段目の真ん中ら辺。」
…よく見つけたな。ってか、何でわかったの?
背表紙とか細すぎてほとんどないに等しいし、何も書いてないでしょ?
「え?だってあそこの一角だけ色と製本がバラバラだもん。毎年表紙の色を変えて、別の印刷所で刷ったんだと思うよ?」
…どこの名探偵ですかアナタ…。
遥お姉さま
文学少女風の容姿そのままに文系女子でした。
腐女子なのは変わらないけれど、時代劇とかも好きだったり、隆慶一郎や池波正太郎なども愛読しているとか。色々博識らしいです。




