ごきげんよう、お姉さま⑦
体育館と講堂を行ったり来たり。
なかなか忙しいですね。
アンタの事知ってるよ
よく“あの子”と一緒にいるヤツでしょ?
もしもさぁ
今、ここでアンタの事壊したら
“あの子”怒るかなぁ?
怒ってさぁ
遊んでくれるかなぁ?
試シテミヨウカ?
「完成でーーーす」
おお〜!
パチパチパチパチ
体育館正面入口
エントランス前
Welcome GATE
完成しました!
「なかなか立派ですね」
「存在感が凄いわ」
花乃お姉さまが両手を腰に当て両足を肩幅に広げ、アーチを見上げたまま満足そうに笑う。
完成したアーチは白に赤い文字なので紅白のコントラストが、なかなかおめでたい雰囲気を醸し出している。
「中の作業のキリが良ければ、ちょっと早いけど休憩にしましょう。進捗状況はどうなの?」
体育館内の椅子並べも、ほぼ終了している様なので、残るは、長机に白布でテーブルクロスをかける事、看板の設置、貼り紙の貼り付け、国旗校旗の掲揚などなど。他にも細々としたものはあるが、人手もあるのでそれ程問題にはならないだろう。
「じゃあ、30分休憩ね。双子ちゃんはこっちおいで、飲み物くらいあるから。」
上履きの裏を雑巾で拭い、お姉さま方に付いてステージ脇の控え室へ。なんかちらちらと此方を窺う視線が多い…気がする。これは、さっきのアレかなぁ…?いくらなんでも広めるの早すぎません?ミテナイデスって言ったじゃないですか…。いやまあ、人の口に戸は建てられませんし?やらかしたのはボク自身ですから誰を責める権利も資格もありませんよ?ありませんけれども…!
部屋に入ると椅子を薦められ紙コップに入ったお茶を渡された。折角なので御厚意に甘える事にする。
「さて。先ずは、ご協力ありがとう。ほんっとに助かったわ。」
頭を下げられ逆に恐縮してしまう。言うほど大した事はしていない。通常のお手伝いの範囲内だ。
「双子ちゃんがいなかったら、結構やばかった。アーチはもう、完全に想定外だったもの。」
あれは完壁に偶然です。
「それに、」
「なにか凄く良いものを見せてくれたのですって?」
吹いた。
いや、吹き出しはしなかった。
それは耐えた。
ただ鼻に入った。というか、鼻から出た。
2人して咽せる。そりゃ咽せるよ。
「な…なんの、事、でしょう?」
問い掛けるなずなの顔は、もう真っ赤だ。
「柔道場で、こう、手を取りあって、おでこをくっつけて囁き合っていた、と聞いたのだけど?」
OH…
「それは、階段室から見てらっしゃった、方から、ですか?」
「階段室?」花乃お姉さまは他のお姉さま方を見るが、皆一様に首を横に振る。
「階段室で見てた子もいるの?」
…え?
別のところから見られてたって事?
いったい何処から…
「聞いたのは、ステージから見たって話だけど」
ステージ!?
柔道場の端に立って居ればステージからは見通せる。
柔道場からステージが一望出来るのだから、逆が出来るのは道理。そりゃそうだ。
「気付いた子がみんなを呼んでステージから鑑賞したのですって。とても麗しかったって。」
私も見たかったわと肩を竦めた。
「今、…みんなを呼んで、と仰いましたか…?」
「言ったわね。」
「みんな、というのは…」
「アリーナで作業してた子達。」
全員、と両手を広げて示す。
「…全員。」
アリーナに何人居た?いや待って、本当にアリーナだけ?見通せるという条件なら、キャットウォークも調整室も放送室からだって見えるはず。それこそロビーとエントランス以外には筒抜けだったんじゃ…?
うわぁぁぁ…!顔が熱い!やらかしたとは思っていたが、ここまでとはッ…!
なづなは顔を覆って突っ伏している。耳が真っ赤だ。
激しく羞恥しておられる。
「もう、高等部を歩けません…」
そう呟いてイヤイヤと首を振る。
「大丈夫よ、誰もあなた達を揶揄ったりしないわ。皆、麗しいものが見れた、可愛かったと喜んでいるだけだもの。そうね、言うなれば、生でアイドルとかハリウッドスターを見たって心境よ。」
「アイドルにスター、ですか…」
「そう。実際あなた達のファンを自称する子も結構いるわよ。」
心当たりがあります…。
「ま、あなた達は普段通りにしてれば良いのよ。周りを気にする必要はないわ。」気にして萎縮してもいい事なんて無いもの、堂々と過ごしなさい、と。
「そして願わくば。我ら灰色の学院生活に新たなネタと彩りを。」
芝居がかった大袈裟な身振りでそんな事を言う。
花乃お姉さまって、こんなキャラだったんだ。
その後も突っ伏したままの、なづなの背中を撫でながら花乃お姉さま達と談笑する。文化祭や体育祭の校内イベントはたくさんあるから、是非また手伝ってほしいと言われれば否はない。ボク達でお役に立てるのであれば喜んでお手伝いします。
「そろそろ時間ね。書いてくれた貼り紙の予備、講堂に持っていってみる?気になるでしょう?」
「そう…ですね。一度行ってもよろしいでしょうか?」
「出来れば向こうの進み具合を知らせてくれると助かるわ。手間取ってる様なら、こちらから人を出すのも吝かではないから。」
「承りました。」
ボク達は柔道場に戻り貼り紙を回収。使用分と予備分を分けて重ね下に移動だ。看板は花乃お姉さまの指示を受けたお姉さま方が運ぶらしい。
「なづな、ボクは講堂行くけど、どうする?」
「私はこっちで貼り紙と看板、手伝うよ。」
「わかった、じゃあちょっと行ってくる。」
「ん。気をつけて。」
階段を降りたところで左右に分かれ、アリーナを横目に見ながら渡り廊下へと走る。
進級式の体育館は入学式の講堂と違って飾り付けが極端に少なく、おめでたいというよりも厳かな雰囲気だ。アーチの派手さとのギャップがスゴイ。
講堂は講堂で、紅白のペーパーフラワーが其処彼処に飾ってありおめでたい雰囲気を醸し出しているが、渋いクラシックな建物とのギャップがスゴイ。
スポーツお姉さまはステージ上にいるだろうとアタリを付けロビーからステージに向かってくだっていく。
あ、いらっしゃる。講壇の背後の校旗の位置を支持しているようだ。
「お姉さま。」
「やあ、今度はどうしたの?」
「はい。実は…」
体育館で指示書受け取った際、当初無かった控室や表彰式関係の貼り紙が存在した事、講堂の指示書に記載は無かったけれども必要になるかもしれない事、それらを踏まえて予備を書き持参した事を伝える。
「なるほど、万が一があるかもしれない。貰ってもいいかな?」
「勿論です。その為にお持ちしました。」
差し出した紙の束を手に取り中をあらためて、うんと頷く。
「たぶん使わせて貰う事になると思う。」
来賓がいるのに控室がないのは妙な話だからねと、近くにいたお姉さまに紙の束を渡し何某かの指示を出す。うーん、カッコイイ。
部長!とか主将!とかキャプテン!みたいな呼ばれ方してそうな感じ。
「そうだジェミニちゃん、ちょっと時間ある?」
「あ、はい。」誘われちゃった?!いや違うでしょ。
「それはよかった」
ふわり。
お姉さまが舞台を蹴って舞台下に跳んだ。風を孕んで浮き上がるスカート、飜るセーラーカラー。
わぁ脚、綺麗。じゃなくて!
「お姉さま!スカート!」
「おっと。」
スカートをのヒダを整えて襟を正し
「や、失敬。少しお転婆だったかな?」
いいえ良いものを見せて頂きました。
ボーイッシュな美人というだけでもカッコイイのに、言動までカッコいいとか、絶対、女の子に人気ありますよね。きっと他校との合同練習とか練習試合とか、そんな時は黄色い歓声が飛び交っているんじゃないだろうか?
…あれ?そもそもお姉さま、運動部なのかな?
「さ、こっちこっち。」
ナチュラルに肩を抱かれても全く抵抗がない。なんていうか…邪心が無いから行為に嫌味がないのかな?
肩を抱かれたまま上手袖の控え室に入ると、バス停お姉さまが書類の様な物に目を通している最中だった。
「ジェミニちゃんが来てくれたよ。」
「いらっしゃい。今お茶を…」
そこまで言って顔を上げた瞬間、目を吊り上げて
「司!!!」
「あなたはまた、そうやって後輩に勘違いさせる気!?」
司と呼ばれたお姉さまが、ハッとしてボクから手を離すと、凄い申し訳なさそな顔で謝罪をした。
「申し訳ない、他意はないんだ。つい…」
「いえ、とんでもありません!寧ろ気軽に接して貰えて嬉しいです。折角お近づきになれたのですから、花乃お姉さまや司お姉さまみたいに、もっと仲良くして頂けた方が、ボクは勿論、きっとなづなも喜びます!」
なづなとボクは普段から2人で行動する事が多い上に容姿もあって、小さい頃は遠巻きにされるのが常だった。もちろんクラスメイト幼馴染はそんな事は無いのだけれども、稀に距離を取られる事があって地味にショックだったりする。
バス停お姉さまがはぁ、と大きく溜息をついて
「ジェミニちゃんがそう言うなら今回は良いけど、気を付けなさいな。」
「うん。わかっているよ優。」
何かあったのだろうか…?いや、詮索はすまい。
きっと優お姉さまがヤキモチ妬いただけ。きっとそう。
って言うか、優さまとおっしゃるんですね。
やっとお名前を知れました。
お茶をいただいて暫し歓談
色々聞けました。
花乃お姉さまと優お姉さまは幼馴染で花乃お姉さまが中等部、優お姉さまが高等部からの受験組なんだそうな。
この学院、中途受験はそこそこ難しいはずだから、お2人共優秀なんだろうなぁ。特に中等部の試験は学年50位以内くらいに入る実力がないと受からないって聞いた事がある。ママの頃は中等部受験はやってなかったって言ってたっけ。
…そうだ、忘れてた!
「司お姉さま優お姉さま、お伝えしなければならない事がありました。」
「え、何?どうしたの?」
「花乃お姉さまからの言伝で、講堂で手が足りなければ人を出す、との事でした。」失念しておりました、申し訳ございません、と伝えたところ
「こっちはこっちで充分賄えるから大丈夫よ。」
「上手くすれば1時間かからないわ。」
ボクは言伝の返事を携えお暇する事にした。
お姉さま方に、楽しかったまた一緒にお仕事しましょうと言葉を貰い、とても嬉しくなった。役に立てるのは勿論嬉しい。けれど、それよりも一緒にいて楽しいと思って貰える方がずっとずっと嬉しい。
……以前のボクは、そんな風に言って貰えるような人間じゃなかったから……
体育館に戻ると椅子も綺麗に並べ終え、貼り紙も貼られ、立看板の配置もバッチリ。もう終了寸前だった。
あれ?お姉さまもなづなも見当たらない
さっきの部屋かな?
「花乃お姉さまは………なのですか?」
「そうね…たぶん、…………だと思うわ。」
!!!?
ボクは今、先程の控室の扉の前に立っている、扉の前
から動けないでいるのだ。ドアノブに手を掛けようとした時、中から聞こえてきた声に意識を持って行かれた。
こ…これは…恋バナ!?
なづなが恋の話を…!?
お姉さまの想い人を聞き出しているの!?それとも恋愛相談?誰の?なづなの?お姉さまの?え?ホントに?何それ!ちょっと!そこ詳しく!
ドアに張り付かんばかりに耳を澄まし、中の音を拾う事に全神経をしゅうちゅ
「あら、お帰りなさい。」
うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
心臓が跳ね上がり全身から汗が噴き出し、首の後ろがキュッと縮むような痛みが走る。
「…た…ただいま戻りました…」
ギギギと音がしそうな動きで振り向けば、先程お茶を振舞って下さったお姉さまが書類の束を抱えて立っていた。
ビックリした、ビックリした、ビックリした!
心臓が破裂したかと思った!なんなの今日は?!
花乃お姉さまといい、この方といい!一度ならず二度までもボクの心臓にこれ程のダメージを…!どれだけ寿命が縮んだ事か!
いえ今回はボクが悪いです。間違いありませんすいません。盗み聞きしようとしてましたごめんなさい。
「遠慮せずに入れば良いのに。」
そう言ってドアを開けてくれる。
「さ、どうぞ。」
「あ…はい、失礼します。」
開かれたドアから中を伺えば、なづなと花乃お姉さまが向かい合って座っている。
「や。おかえり。」
「はい、ただいま戻りました。」
冷静に冷静に。見る限り2人とも平静だ。なら、ボクが変にソワソワしてたりしたら、きっと変に思われる。いきなり問い詰めるのもおかしいし…。
座っているなづなの背後を通り左側に回り込みながら
なづなに目をやれば
「おかえり、せり。」
「うん。」
ポンとなづなの左肩に手を置くと、なづなの右手がボクの手に重なる。
「ただいま、なづな」
「「おつかれ」」
お姉さま方、新たに名前が判明。
バス停お姉さま
「優」と書いて「すぐる」さん
スポーツお姉さま
「司」と書いて「つかさ」さん