椿の独り言④
春暖の候 ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
二年生になってまだ数日しか経っていないというのに、とっても素敵な経験が日毎にやってくるので既に感覚が麻痺し始めている今日この頃
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ご無沙汰…はしておりませんね。
保坂 椿です。
今日も今日とて、素晴らしい経験を致しました。
勿論、せりさん なづなさん姉妹絡みの出来事です。
聞きたい?
聞きたいですよね?
そうでしょう。そうでしょうとも。
あの麗しい姉妹の事、委細漏らさず知りたいと思う気持ちはわかります。
わかりますとも。自分が経験したのではない出来事だったのなら、全て話せ、細大漏らさず吐け、と詰め寄っているところです。
と、言ってもこれは独白。
独り言ですから。
日記みたいなものです。
では、ご報告致しましょう。
それは教室から体育館への移動中の事。
あ、体育館には昨日トラブルで出来なかった教科書の受け取りの為に移動していたのね。
で、その道中で沙羅さんとお話ししていたの。
まぁ、取り留めの無い話をしていただけなんだけど。
そしたら せりさんがね『パイロットフィルムを作りたい』っていってきたのよ。
沙羅さんはパイロットフィルムが何なのか、いまいちよく理解ってなかったみたいだったけど、『こんな作品を作りたいというイメージを共有するための試作品』だと説明を受けて激しく納得していたわ。
そしてそれを作るにあたって、移動中の皆を撮っておいてほしいって依頼されてね、嬉々として撮りに行っちゃった。
なづなさん曰く、昨日ミルクホールで撮ってくれた写真が凄く良かったらしくてね、是非とも沙羅さんに撮影を任せたいと。
写真の良し悪しってよくわからないので、どう良いのかって聞いてみたのね?構図が良いとか色あいが良いとかって話だと思っていたから。
返ってきた答えを聞いてびっくりしたわ。
『楽しさを切り取るのが上手い』んですって。
笑っているだけの写真なら誰にでも撮れるけど、みんなが楽しそうな写真を撮り続けるのは難しいんだって。特に笑顔でもないのに『ああ楽しそうだなぁ』って思える瞬間、それを切り取るのが凄く上手なんじゃないかって。
…普通そんな事まで考える?
そんな風に感心していたんだけどね、せりさんが私にも頼みごとがあるって言うのよ。私、撮影関係で役に立てるとは思えないんだけど…。
「ねぇ椿さん。BGMで楽しげに見える曲って、お薦めある?」
BGM?ああ、動画の?確かにBGMは重要よね。
それでね、頼られたのが嬉しくて、ちょっと考えこんじゃったの。歩きながら。
「椿さんっ!」
凄く大きな声で呼ばれて、驚いて振り返るのとほぼ同時に肩を引かれてね、バランスを保てなくて転びそうになったの。フラ~って。
自分でも、膝を曲げるとか、体を丸めるとかすればいいのにとは思うんだけど…咄嗟に出来なくてね…斜めになっていく視界を眺めながら、我ながら運動音痴だなぁって。呆れちゃった。
あぁ、これは倒れるな…って思った時にね。
手首を掴まれた…迄は、わかったんだけど…その後は何が如何なったのかさっぱり。なんかこう、ぐるん!って景色が回った気がするけど。
絶叫マシーンみたいな感じなんだけど、速すぎて絶叫してる暇がない的な?
自分のがどんな状態か理解したのは床に転がった後だったわ。
転がった…といっても、せりさんに抱きかかえられていたんだけど。
そう。抱きかかえられていたの。
まるで赤ちゃんみたいに。
私は手足を丸めて尻餅をついた せりさんの膝の上で頭を抱えられて、腰をしっかりと抱かれて。
クラスメイトが口々に大丈夫か、怪我はないかと心配してくれるんだけど、正直それどころじゃなくて…。
だ、だって、また、こんな近くに麗しいお顔が…!
そんな至近距離で、私を見て にこっ、って笑うのよ?
危うく致命傷を負うところだったわ…。
まぁ、それは兎も角。
その時にね。
私、見ちゃったの。
少しズリ落ちた制服の襟口から覗いた、せりさんの白い肌にね…それがあったの。
首とも肩とも言えるその場所に。
赤い跡が。
あれは、キスマークじゃないかしら。
虫刺されじゃないわ。それだけはわかる。
何故って?
凄く単純な事なんだけど、あれだけはっきりと跡になる虫刺されってね、ほぼ間違いなく掻き傷が残るのよ。ぱっと見はわからなくても、よく見ると皮膚がささくれたり、薄皮が捲れたりするの。
ましてや せりさん の肌は人一倍白くきめ細かい。もし掻いたなら、もっと広範囲で赤くなっていると思う。
でも、あの跡の周囲にはその痕跡がなかった。
触れる程近くで見たのだもの、見紛うはずないわ。
誰が付けたか…なんて、考えるまでもないわよね。
最愛の姉以外いないでしょーーーー!
あれだけラブラブっぷりを見せつけてくれたんだもの、それ以外はないわ!
絶対そうよ!決まりね!
どんな風に付けたのかしら?
お風呂でとか、ベッドでとか…
わ…わぁ…
べ、ベッドでって…
まって、それって、つまり…
そ…そういう事なのかしら?
……いやいや、私ってば何を考えてるの!?ク、クラスメイトでそんな、エ、エッチな事を妄想するなんて
でもでも、せりさん達の距離が近いのは事実だし、もしかして…もしかしたら、もしかするんじゃ…なんて思っちゃうのよ!
…ふう…。
まぁ真実はどうかわからないけれど、せりさん と なづなさんが、その、抱き合っていたら…きっと綺麗なんだろうなぁ、なんて、思うのよね。
極め付けが教室でのアレね。
体育館でのアクロバットの後、なづなさん がね、せりさん にお説教したんですよ。
あんなに人の目がある所、先生方もいる様な場所で普通に考えたら危険だと思われる様な行為を行うのは駄目だろう、と。
もう、お姉さまと呼ばれる学年なんだから下の子の模範になる様な、お手本になる様な行動をするべきだ、と。
やるなとは言わない。けど、TPOは弁えるべきだと
それはそうね。その通りだと思います。
でもそれなら、仔細は聞いていなかったとはいえ、制止しなかった私達も悪いんじゃないかしら?
なづなさん は私達に矛先を向けないし、せりさんは
言い訳もせずにお説教を受けていたわ。
あまり長引く様なら助け舟を出そうか、なんて考えていたのだけど…なかなかタイミングがね。
暫くお説教が続いて、せりさんが俯いてシュンとしちゃってね。“しょんぼり“ ってこういう感じよねって姿で、言っちゃなんだけど、まぁ可愛いのよ。
垂れた犬耳と尻尾が見えた気がしたくらいですもの。
たぶん周りにいた子達も似た様な事考えていたと思うわよ?
でもね、いつのまにか せりさんの表情が緩みだしてね
…笑っている、と言うほどではないけれど、少し嬉しそうな顔をしていたの。
それを見た なづなさんがね。
「ちゃんと聞いてる?」って。
もちろん せりさんも
「はい、聞いてます!」って答えるじゃない
そしたら今度は なづなさんが…
「その割には顔が緩い…はぁ…いや、何を考えてるかは大体わかるけど…。」
…わかるんだ。凄いわ、さすが双子ですね。
私には、なんで嬉しそうだったのかさっぱりわからないんだけど…後で聞いても大丈夫かしら?
問題はその直後なんですよ!
なづなさんは その後も少し強めの口調でお小言を言ったのだけれど、それに対する返事がまた…
「うん、わかってる。ごめんね?」
って、
正座した状態で、
俯きがちに顔を伏せて、
小首を傾げて、
上目遣いで、
弱々しく。
…なにそれ可愛い!
ずっきゅーーーーんって音が聞こえたわ。
なづなさんも撃ち抜かれたんでしょうね。ふらふらと席に戻って、手で顔を覆ったまま天を仰いでいたわ。
本当に凄い…なんの計算もなくナチュラルにあんな事をやってのける…天然素材って恐ろしいんですね…。
実の姉の なづなさんですら致命的なダメージを負っているんですもの。私に抗う術などないんですよ。
もう、まともに顔を見られなくて背中向けちゃった。
ホント反則だと思う。
カワイイは正義だって言うけれど…
罪な可愛さっていうのもあるのね。




