おはようお姉ちゃん④
寝てるよー
起きるよー
夢見たよー
脱げたよー
ううん…
柔らかい
いい匂い
ふにふにしてる。
これは…なづなじゃないな。
なづな とは感触が違う。
もっと柔らかい。
ゆっくりと目を開けるれば、そこには…
堂々と起立する山脈が眼前に。これは!?
「おっっぱ…?」
…あ、すずな姉ちゃんか。
え?すずな姉ちゃん?!
あれ?脱げてる?!脱げてるね!
この頬に当たる感触は、素肌だよね?!
何でボクすずな姉ちゃんに抱かれてるの?!
あ、いや、昨夜添い寝するって言って、三人で寝たのは覚えてるよ?!
忘れてないよ?!
ホントだよ?!
なづなは?
あ、すずな姉ちゃんの背中側から抱きついてるのか。手だけ見える。
まてまて。まず落ち着こう。
昨夜は普通に3人でベッドに入って、おしゃべりしながら眠りについた。おやすみって言ってから、1分もしないうちに眠っちゃったと思う。
ボク寝付き寝起きは良いからね。えっへん。
それから……。
ええと。
…さっき目が覚めた。
よし。
何もわからないって事がわかった!
だめじゃん。
ん?あれ?そういえば、ボクは寝間着を着たまんまだね?
って事は、ボクは自分で脱いではいないんじゃない?
おお、脱ぎ癖疑惑は格段に薄まったじゃないか!
そして、なづなとボクの間に寝ていた すずな姉ちゃんが脱げている。
すずな姉ちゃんも “自分に脱ぎ癖はない” って断言してたから、これは なづなの仕業だという事だね…!
自分だけでなく、周りの人間まで脱衣させるとは…恐るべき技の冴え…。
いったい、どうやってるんだろうね?
………
ところで。
今何時なんだろ?。
すずな姉ちゃんが寝てるんだから六時半にはなってないはず。いつも六時半前後に起きてるからね。
時計は…見えるところには無い…かぁ。
と言っても、今現在のボクの視界は、すずな姉ちゃんんの母性の象徴6割、テラテラと光る薄紅色の唇周辺が2割、残りは近過ぎて見えない肌色の部分だ。目を動かせば辛うじて天井が見えるかなぁ〜って程度。
腕の上からしっかりと抱かれているので、上半身は、ほぼ動かせない。脚も絡め取られている。
肘から先は自由になるけれど、すずな姉ちゃんの腰回りを撫で回す以外に出来る事ないよ、これ。
いや、撫で回してどうする。
ボクが嬉し楽しい以外にメリットがないじゃないか。
あれ?!…最大級のメリットだった!やったね!
……………
…だからぁ。
まだ寝惚けてるのかボク?
思考がアッチ行ったりコッチ行ったり、めちゃくちゃだ。ちょっと落ち着けって。
ふぅ…はぁ〜…。
少し落ち着いたら気付いちゃった…。
なんかクラクラしてるなぁ…
微妙に気持ち悪い。
思考が散漫になってるのは間違いない。
睡眠時間が足りてない?
もしかして、まだ夜中で…半覚醒状態なのかな?
いや、下手をすると夢って事もあり得る。
なら、もう少しだけ、眼を瞑って、いて、も……
………………
……………
…………
ぐぅ。
…ん。
また、寝てたのか…。
さっきより随分と気分が良い。
やっぱり、変な時間に半端に起きちゃったんだな。
…え〜と、何でさっきのが夢じゃなくて “半端に起きた” と言えるのか説明すると、ですね。
今、ボクの状況が、さっきより一歩進んでいるから。
です。
両手は開放されてほぼ自由になります。
脚はちょっと、すずな姉ちゃんの脚に絡め取られていますが…右脚は動かせるね。
問題は首ですよ、首。
がっちりと抱え込まれていて、まるで動かせません。
視界も完全に塞がれていて薄らぼんやりした光が辛うじて知覚出来る程度です。
感触からして、おそらく。
おそらくね?
胸に押さえつけられているんじゃないかな、と。
瞼の辺りから両頬にかけて感じられる弾力と、しっとりとした肌の吸い付くような感触。そして鼻腔をくすぐる甘いけど爽やかな香り。
なづなのコンデンスミルクの様な甘い香りとは少し違う、レモンミルクみたいな、香り。
すごく…安心する。
いやいや、このままだとまた眠りそうだ。
少し体を離そうと、すずな姉ちゃんの腰あたりに手を添えて頭を持ち上げようとしたんだけれど…グッと力を込めて一向に離そうとしない。
「…はなさ…ない…… 」
え?何?
「……から…こんど………ら… 」
聞こえない…寝言?
「…すずな、姉ちゃん…?」
「…ん。」
頬ずりの感触を髪に感じながら耳を澄ます。
う〜ん、やっぱり何か言ってるんだけれど…聞こえないなぁ…。すずな姉ちゃんが寝言を言ってるなんて珍しいから凄く気になる。
少しずつ身体を捩って、なんとか、もう少し、よく聞こえる位置、に…
「……おはよう、せり。」
「…おはよう、すずな姉ちゃん……。」
起きちゃったじゃないかーー!
うう、もうちょっと上手に動けばよかった…。
「ねぇ、せり?」
「なぁに?」
「私、脱げてるわよね?」
「…脱げてるんじゃない?見えないけれども。」
「あんたがやったの?」
「…この状態では無理だと思うよ?」
「だよねぇ。」
ぐりぐりと頭を撫でられる感触だけは伝わってくるのだけれど、相変わらず視界はほぼゼロだ。
しかも普段より執拗に念入りに撫でられている。
「あの、すずな姉ちゃん?」
「うん?」
「何故ボクは撫で倒されているのでしょうか?」
「…さあ?」
さあって。
「…せりが可愛いから?」
おおぅ…あ、ありがとう?
でも、たぶん直接の理由は違うよね?
「何か…ヤな夢でも見たの…?」
「ん〜…ちょっとね、ぼんやりとしか覚えてないんだけど…寂しい感じの夢、見ちゃった。」
なるほど。ちゃんと覚えていればこれは夢だからって思えるけれど、よく覚えてないと “寂しかった“ とか “悲しかった” という感覚だけが残るから意外と厄介だったりするんだよね。わかる。
すずな姉ちゃんの背中に手を回すと背後に居る なづなにも手が触れた。
「ボクはここにいるよ?なづなも、ちゃんといるから、大丈夫。」
今は寂しくないでしょ?
「そうね…。」
「そうだよぅ。」
あ、なづな 起きたんだ。
「おはよう、なづな。」
「おはよー。」
「おはよ〜…すずな姉ちゃん…。せり〜…。」
声しか聞こえないけれど、どんな顔しているのかは手に取る様にわかるね。
すずな姉ちゃんがボクを解放し、仰向けになるように寝返りをうって、両脇のボク達を抱き寄せた。
ふひぃ…やっと解放されて視界がひらけたよ。
あ、やっぱり すずな姉ちゃん脱げてますね。
「うんうん。可愛い妹におはようって言えて、言ってもらえる。あたしは幸福だ。」
…ん?
思わず すずな姉ちゃんの顔を見てしまった。
何か、何かが引っ掛かったのだけれど、それが何なのかがわからない。なんだ?何が気になった?
「何?どしたの?せり?」
いや、なんか一瞬、違和感というか、懐かしい感じというか…あれ?ボクは何にそれを感じた?すずな姉ちゃんは何時も通りの言葉を発しただけだ。そう、いつも通りの。…そのはずだ。
「私、なんか変な事言った?」
「…ううん。全然。」
「…うん。言ってないと思う…いつも通り、だよ?」
「だよね?せり?」
う〜ん、わかんない。
「わかんないからいいや。大事な事ならそのうち思い出すと思う。たぶん。」
それはそうだ。でも思い出さないまま放って置いて手遅れになっても知らないぞ、とカラカラと笑われた。
「ところで、すずな姉ちゃん。」
「ん〜?」
「脱げてる事については不問で良いのでしょうか?」
「あ。そうだった。なづな?」
「え?私?」
キミ以外に誰がいるというのかね。
「今のこの状況を見るに、どうも脱衣犯は なづなクン、キミのようなのだが何か釈明はあるかい?」
「え、え〜…そんな事言われても…自分で脱いでるのは、なんとなく自覚してるけど…。」
あれま自覚はあるんだ。
「うん。暑いな、邪魔だなって思う時がある。」
「あと、せりって少しひんやりしてるから、直接触りたいんだと思う。」
ひんやりしてる?
「ああ、そうかもね。せりって なづな に比べると少し体温低いからね。」
え?ボク体温低いの?!
「正確には、なづなの方が高めなんだけどね。」
コンマ3℃くらいの差だけど、なづなくらい皮膚感覚が鋭いと相当な差に感じるんじゃないかって。
なんとそうなのか、知らなかったよ。
それは良いとして、ボクは冷感枕代りにされた上に枕カバーは邪魔だからと剥がされていた訳ですか。
なるほど?
「まぁ、なづなの隣に他の人を寝かさない様にすれば、ほぼ問題ないわね。」
ん?
「いや、脱ぎ癖はまぁ仕方ないとして。」
仕方ないのか。
「脱がし癖?は隣にいる人が標的になるみたいだから、なづなを端に寝かせて、せりだけが隣になる様にすれば他の人に被害が及ぶ事はないわ。これで解決よ。」
は?え?なんの話?ボクだけが隣になる様にって?
どういう事ですかね?
「…もしかして、あんた達忘れてるの?」
な、何を?
「中間考査の後に何がある?」
中間テストのあと?一学期には…特に泊まる様なイベントはなかったと…
「…あ…!」
なになに?なづな 何か気付いた?
「修学旅行…?」
…ああ!
そうか2年生なんだから修学旅行があるのか!
「せいぜいクラスメイトを剥かない様に気をつけなさいな。」
そ、それは避けたいね!?
「さあ、そろそろ起きても良い時間よ。着替えて降りましょう?」




