いってきます
夢でも…逢えたなら、言いたい事は山ほどある。
「ね、ウチにおいでよ。」
ボクにそう言ったのは短い黒髪の女の子。
16〜7歳くらいだと思う。
よく、あの子と一緒にいたヤツだ。
そのセリフ何度目だよ。
来る度にウチに来いウチに来いって。
いや行かないよ。
「いいじゃん、おいでよ!どうせ行く所無いって言ってたじゃない。」
…確かに言ったけどさ。
「まぁお茶くらいしか出せる物ないんだけどさ。」
そりゃね…ボク達みたいなのが出て来た所為で世界中大混乱だもん。仕方ないよ。
それでもこの国は、かなりマシだと思うよ?
まだ流通はあるし、政府だって機能してる。
防衛組織や警察が健在だから治安も落ち着いている。何よりこの国を襲っていた連中の大半はボクがぶっ潰したから。
もう大規模攻勢に出る様な余力はないはずだ。
残ってたって、出て来たらその都度ブチブチ潰してけば、そのうち根絶出来るんじゃない?
大陸の方じゃ地下帝国?とかいう連中が暴れ回って都市のいくつかが更地になったとか、どっかの島だか半島だかは大穴があいたとかって聞いたもん。
そのうちこの国にも手ェ出して来るかもしれないね。知ったこっちゃないけれど。
ボクに関わらなきゃほっといてやっても良い。
でも、ちょっかい掛けてくるんなら容赦しない。
端からブチコロスだけだ。
「ね、おいでって。」
なんでそんなにボクに構うのさ?
「…あたしが、寂しいから…かな。」
はぁ?自分が寂しいから、ボクに慰めて欲しいっての?バカじゃない?
「ち、違うよ!慰めて欲しいんじゃないよ!」
じゃあ、なんなの?
「…あたしの家族、最初の侵攻で…死んじゃってね。避難所で小さい子の面倒見てたりしたんだ。」
最初の侵攻?ボクが蹴散らしたあの雑魚組織の事か?
「そこでね、あの子に会ったの。」
「いろいろ話したよ…本当にいろいろ。」
「キミ、あの子の妹なんだってね。」
……そうらしいね。
残念ながら、ボクには一緒に居た時の記憶がないからね。姉妹だって言われても、あんまり実感がないよ。
「うん、聞いた…小さい頃引き離されて、そのままだったって。」
………ふぅん…。
「あの子ね、ずっとキミの事心配してたんだ。『ご飯食べてるかな?病気してないかな?』って。」
…ボクが病気にかかる訳ないじゃん…って、知る訳ないもんね。ボクがそういう身体だって事。
「あの子があんまり妹、妹って言うから、ちょっと羨ましくなっちゃってさ…『あんた、あたしの妹になりなさい!』って言っちゃってね…。」
は?いきなり何言ってんの?
「わ、わかんないけど、思わず言っっちゃたの!」
…わかんないのかよ…。
まぁ、とにかく。
ボクは行かないから、さっさと帰ってあんまり此処に近づくな。避難所でチビ供の面倒見てれば良いよ。
「…そっか。残念。また来るね!」
だから、来んなって言ってんじゃん…。手を振りながら去って行くアイツを横目で見ながら溜息を吐く。
2〜3日して、またアイツが来た。
パン焼いたから持って来たとか言って。
へぇ、こんなの作れるんだ。
あ、美味しい。
………
……しまった…
ボクの斜め前に座っているアイツの顔をチラリと見たら…あー…なんか、すっごいニコニコしてる…。
迂闊に口に出して言っちゃったよ…
失敗したかもしれない。
それからというもの、3日と開けず此処に来るようになって、一方的に喋ってはまた来るねって言って帰っていく。だから来んなって言ってるのに。
まぁホントに色々喋っていくもんだから、別に知りたい訳じゃなかったのに街の事に詳しくなっちゃったよ。
特に、面倒見てるっていうチビ供の事。
幼稚園の先生になった気分だとか言ってたっけ。
手がかかるけれど、みんな可愛いとか、お姉ちゃんとか先生って呼ばれるとなんだか嬉しいとか。
ホントに色々教えてくれるんだよ。頼んでないのに。
最初はウザイだけだったんだけれど、いつのまにか、別にいいか、これも悪くない、次は何持ってくんのかな、なんて思い始めている自分に驚いたものだ。
…ところで、幼稚園ってなに?
そんな感じで季節3つくらい経ったある日。
何キロか先で戦闘してる馬鹿がいてさ。段々とこっちに近付いて来たんで、ちょっと気にしてたんだ。
街外れに在る高めのビルに登って眺めてたらさ、見た感じ機械化歩兵っぽい何かが獣人?みたいなのを追いかけてるっぽい。
これ以上近付かれると街に被害が出るかも…。
…ちょっと待て。
…何を考えてるんだボクは?
街なんて関係ないだろ。
街の人間なんてどうだって…
今更街なんて…クソ!
何でアイツの顔がチラつくんだ!あの子が死んだ時のアイツの顔が!
あの子を押し潰した瓦礫の山を半狂乱になって掘り返そうとしていた、あの顔が…!
わかった、わかったよ!
街には近付けさせない!
チビ供には手出しさせない!
それで良いだろ!
…この程度の距離なら10秒もかからない。
脚に力を込めて一気に、跳躍!
ゴンッ!
あ、強く蹴り過ぎた。ビルの屋上陥没しちゃった。
まぁいいか。ボクんじゃないし。
どうせ誰も住んでないし。
住んでても関係ないけど。
おっと、見えた。…なんだアレ?蟹?みたいな戦車?
なんでもいいや。
このまま突っ込んで蹴り潰す!
激突寸前に反転して足から、蟹の上に!ダブルスタンプ!!
ドゴン!!!
先ずひとつ!
ん?六肢の関節は断裂してるけれど、装甲は原型保ってるね?意外と頑丈?
しかもこれ、案外デカいな。自立型の機械兵?乗り物?
言葉通じるかな?
「おい、お前ら。何者だ?」
…答えないね。
答える気がないのか、話す機能がないのか?
脚の下にいるのを除いた蟹が、一斉にボクに照準を合わせた。ふむ…?一、二、三、四、後方に一…残り5体。後ろのが指揮官機だろうね。あれだけ形状が違う。…じゃ、あれ以外は要らないか。
一番近くにいた蟹の腹の下に潜り込んで、伸び上がる様に、殴る!
ゴンッ!
うわ、硬った!
ふわりと宙に浮いた蟹目掛けて跳躍して、もう一発!
ガゴォン!!
今度はちゃんと衝撃が通ったらしい。脚の付け根や装甲の隙間らしきところから、オイルと火花と、なんか体液みたいなのが噴き出した。
なるほど、体液があるんなら簡単だ。
三体目の腹の下に移動して、掌で腹に触れて衝撃波だけを、透す!
バン!という音と共に関節が弾けた。
やっぱりね。
中は金属製の骨格に絡みつく様な筋繊維みたいなモノ、それに緩衝用らしき体液で満たされているっぽい。神経系が見当たらないところを見ると、この体液が情報伝達系を兼任しているのか?
何にせよ、やり方が判れば後は作業みたいなモノだ。
近づいてバン、近付いてバン。
なんかガンガン撃ってきてたけれど、当たらなければ如何という事はないどころか、当たっても大した事はない。それ以前に擦りもしない。
この程度なら走る必要すらない。
ボクには “アストラル・ジャケット” っていうバリアーみたいなのがあって、並の攻撃じゃ届かないからヘーキヘーキ。
最後の一体は、どうやら逃げの体勢に入った様だけれど、逃げられるとでも思ってるのかね?
逃がすわけないじゃん。
トンッと軽く跳んだだけでも一瞬で追い越せる程度の速度しか出ないドン亀…ドン蟹の分際で。
蹴っ飛ばしてひっくり返し、腹の装甲にあった隙間に指をかけて…せーのっ
ふんぬぅ!
メキメキメキッ!バキンッ!!
よっしゃ、取れた取れた。
さぁて、どんなのが乗ってんのかな?
…なんだこれ…?
頭…生首?
目も耳も口もない。
その部分からはコードの束が伸びているだけ。
グロい。
…この蟹、人間の脳を制御装置にしてるのか…。
部品扱いかよ。
…なんだろう、ムカムカする。
ボクの居た研究所ってのも大概だったけれど…
この蟹を作った連中はダメだ。
潰さなきゃ。
生かしておいちゃダメだ。
そう決めたなら、早速行って根絶やしにしたいところだけれど…どこ行けばいいのかな?
まぁいいや。先ずはこの蟹、完全にぶっ壊しておこう。自己再生とか、バックアップのAIが付いてないとも限らない。脚をもいで装甲も割って、内側から衝撃波ぶち当てて、生首も引っこ抜いて。
バラバラにしてトドメに火ィつけて。
…これで良し。
あ、追っかけ回されてた獣人は?
忘れてた。
辺りを見回して…あぁいたいた。
良かった、巻き込んで潰しちゃったかと思ったよ。
近付いてみたら獣人っていうか虫人?だった。
筋張った細い手足に外骨格の様な硬い皮膚。
瞼のない眼は複眼の様だ。蟻…かな?
「おい、生きてる?」
ヒューヒュー言ってる…これはダメかな?
「お前、どこから来たんだ?」
『…西の方』
コイツ…喋ってない…テレパス?
『そう…声帯がない、から… 』
「そっか。で、さっきの連中は何?」
『わか、らない…私、たちの…敵… 』
わかんないかぁ…
「お前の仲間は?いるの?」
『みんな…散り散り、に… 』
って事は、コイツのいた組織?はもう無いのか。
『お願い…みんな、を、助け… 』
「何でボクが、そんな…いや… わかった。どうせついでだ、見かけたら手ぇ貸すよ。助けられるかはわからないけれど。」
『あ…りが、と…』
ヒューヒューという呼吸音が段々と浅くなっていく…
これは、もう…。
「トドメ…欲しい?」
『………………』
「わかった。」
なんか放っておくのも気が引けたんで、取り敢えず埋めておいた。
墓って程ちゃんとしたものじゃないけれど、まぁ、なんとなく。
さて、このまま行っても良いんだけれど…一言、言っておくか…パンやらお茶やらいっぱい貰っちゃったしなぁ。自家製プリン?とか、ハンバーグ?だっけ?あれ美味しかったな。
街外れのいつもの場所に行ったら、アイツが居た。
なんで居んの…。
まぁ丁度いいや。街の中まで行かなくて済んだ。
「あ。よかった、帰ってきた。」
またこんなところまで来て…危ないから来るなって何度言えば
「今日はサンドイッチ作って来たよ。」
聞いてくれる?!
「お茶も持ってきてるよ。キミの好きな緑茶。飲むでしょ?」
…飲む。
なんか…すっかり餌付けされた気分だな…。
その後は、いつも通り一方的に喋っては、たまにボクが相槌を打つって感じだったね。
こんなんで楽しいのか?って思わなくもないんだけれど、本人は楽しいらしい。ホントよくわからない。
「さて、そろそろ戻らなきゃ。」
そう言ってコップなんかを片付けて立ち上がり
「また来るね。次はお菓子焼く予定!」
期待しててね、と言って歩き出した。
…ちゃんと言っておかなきゃ…
「待って。」
ボクから声をかけた事が意外だったのか、ひどく驚いた顔をしている。
「もう、来なくていいよ。」
そう言った直後、凄く悲しそうな顔になって
「……なんで、そんな事言うの…?」
…しまった…言い方間違えたか…。
「…ちょっと行かなきゃいけない所があって、ここを離れる。…だから、もう来なくていいよ。」
来てもボクはいないからね。
「どこに行くの…?」
「西の方。遠いところ。」
「どのくらい、かかるの?」
「…わからない。」
「…帰って来るんだよね…?」
帰って来る?ここへ?ここに居たのは単なる気紛れで…特に意味は……いや…。
ここには あの子が眠ってるんだっけ。
ボクがここに居る間、ずっとアイツが言ってた事。
一緒にいた記憶はなくても、あの子はずっとボクのお姉ちゃんだったって。どんなに拒否されても、ボクの姉妹であり続けようとしてたって。思い続けようとしてたって。
…正直、姉妹って、まだ、よくわからない。
大事なモノって言われても、よくわからない。
ボクが黙っているとアイツは歩み寄ってきて
おずおずと両手を伸ばし
ボクを、抱きしめた。
最初は何をされているのか理解らなかった。
攻撃された訳じゃないって事以外は。
耳元で、小さな嗚咽が聞こえる。
泣いている、のか?
なんで?
別にボクが居なくなったって、何が変わる訳でもないだろうに。
「違うよ…全然違う… 」
だから何が…
「妹がっ!」
!?
「…妹が、遠くに行って、帰って来ないなんて…言われたら…悲しいに決まってるじゃない… 」
…妹って…あの子は
「あたしの、妹、よ。」
何を言って…
「あの子は、あたしの妹なの。血が繋がってなくても、あの子は姉妹なの。」
「あの子の妹なら、あたしの妹よ。」
そんな屁理屈…
「屁理屈でも何でも…キミは、あたしの妹なの!」
「…大事な、妹…なの… 」
……わかったよ、もうそれでいいよ……。
それから暫く、自称お姉ちゃんはボクに抱きついたまま、ぐすぐすと泣いていた。
「…帰って、来るよね…?」
…わかんないよ…
「そんなに大変な事、しに行くの?」
まぁ簡単じゃあないだろうね。
「……待ってるから。」
いや、だから、また来れるかどうか…
「待ってる。ずっと。」
…………
「ちゃんと、おかえりって言うから。」
「帰って来て…。」
「お願いだから…。」
…わかったよ。また来るから。
「帰って、来るの。」
…はいはい…。
「…きっとだよ?」
わかったって…。
ゆっくりとボクを解放し、数歩下がって
「…すぐに行くの?」
うん。これから直ぐに。
「そう…気をつけてね…。」
…うん。
「…ちゃんとご飯食べてね?」
…うん。
「風邪ひかないようにね?」
…うん。
「それから、それ…から… 」
…じゃあ、行くよ。
「…あ… 」
一瞬、手を伸ばし、すぐに引っ込めて胸の前でグッと拳を作り、何かを押さえ付けるように…
「…いってらっしゃい… 元気で。」
…最後くらい、言っても良いかな…。
「行ってきます。」
直後、ボクは思い切り跳躍した。
西へ。
「…行ってきます…か。」
また面倒な約束しちゃったなぁ…
待ってるって言ってたし…また戻って来なきゃならないのか…。
まぁ、あの子の魂?がここに居るって言ってたし…。
あいつのハンバーグ?食べたいしなぁ。
終わったら帰って来るのも悪くないかな…?
…帰って、来る…?
帰って来る、ねぇ。
まだ、ピンとこないけれど。
血の繋がったお姉ちゃんとの魂?と
自称お姉ちゃん?
“2人のお姉ちゃん” が待ってるらしいから。
面倒だけど、
帰って来る事にするよ。
前世の
ほんの一部
こんな事がありました、程度の事。




