おやすみ お姉ちゃん⑤
真・お風呂回 その二
「あ、ちょっと、もうやめ…て?」
え?もう良いの?続けて脚もいこうと思ってたんだけど、腕だけでいいの?
「いや、ちょっと血行が良くなり過ぎたっぽい。頭痒くなってきちゃった。う〜……駄目だ、頭洗おう。」
湯船から起き上がって洗い場で頭からシャワーをかぶり始めた。よく湿らせたところでシャンプーを手に取って泡立て、髪ではなく頭皮をマッサージする様に洗う。
なんか洗っている間中、あ“〜、とか、う”〜とか唸ってたんだけど、よっぽど痒かったんだろうね。
なづなと二人で浴槽の縁に顎を乗せて、洗い場のすずな姉ちゃんを眺めながら今日の事を反芻してみる。
昨夜とても哀しい夢を見て、朝なづなに告白して、友達の前で宣言して、屋上でもう一度告白して、蓬お姉さまに注意されたりセリナ様に呼び出しくらったり、新歓祭の責任者押し付けられたり椿さんが失神したり椿さんが失神したり椿さんが失神したり。
…椿さん失神しまくってますが大丈夫なのかな…?
まぁそれは置いといて。
濃い一日だったなぁ…。
「明日は教科書の受け取り、出来るのかな?」
「出来ると思うけど…どうするんだろう、ね?」
今日みたいに代表が取りに行くんだろうか?
「たぶん、学年毎、クラス単位で受け渡しすると思うわよ?私は高等部の事しか知らなけど。中等部も同じでしょ。」
クラス単位でって、クラス全員でゾロゾロ移動して、個人で受け取るの?
「じゃない?納入された教科書、全部体育館に運んだからね。そこに取りに行くのが一番効率的だもの。」
それもそうか…ていうか、最初から全員で受け取る様にすれば良かったんじゃない?なんで代表者が受け取るなんて方法にしたんだろ?
あれ?去年はどうやって受け取ったっけ?
「去年は教室に行ったら、机の上にあったんだよ。」
あぁ朝始業前に配られてたんだ。
疑問に思わなかったけれど、あれ誰が配ってくれたんだろう?先生方?それともボク達みたいな係の人がいたのかな?
むぅ、ボク達の知らない所で頑張ってくれている人がいるんだねぇ…。
「学生が学び、成長する為のサポートをするのが学校や教師の役目よ。生徒の為に頑張るのは当たり前。」
おお、カッコいい!
「自主独立の精神を養う為に、というお題目で生徒に丸投げする場合もあるけどね〜。」
お、おお…カッコイ…イ…?
髪を洗っている すずな姉ちゃんを眺めている間に結構温まり過ぎてしまった様で、ちょっとのぼせ気味になっている。
あ〜…少し冷まそうか…
再び浴槽の縁に上がって、ひと休み。隣を見ると なづなも浴槽の縁に上がって冷却中だ。パタパタと手で顔を扇いでいる なづなの左手首に目が留まる。
出てる…。
久しぶりに見たな…。
偶にしか見ないのだけれど、見る度に胸がキュッと痛くなる。わかっている。アレは以前のもので、今世のものじゃない。わかってはいるんだけれど…。
…なづなの左手首には、荊棘が巻き付いた様な紅い痣が浮き出ている。身体が温まったり、熱が出たりした時だけ見えるようになる痣。
前の世界での、ある戦いで引き千切られた…傷跡。ボクの仲間だったヤツが、つけた傷。
以前のボク達は敵同士だったから、その時は特に何かを感じる様な事はなかった。でも、こっちに来てあの痣を見た時に…凄く、辛くなって…泣いてしまった。何も知らない今世の なづなは、傷じゃないから、全然痛くないからって一生懸命慰めてくれたんだけど、その優しさがまた痛くて…。
…それから暫くの間、なづなはリストバンドを付ける様になってたっけ。
何度も見てる内にボクも平気なフリが出来るようになって、なづなも いつの間にかリストバンドをしなくなったんだよね。もう随分と前の話…初等部に入る前くらいだったかな?ある意味、ボクのトラウマだ。
ボクが見ていた事に気づいたのか、痣を隠す様にして
「あ、ごめんね?」って。
…違う。違うんだよ。
ボクは、なづなの左手を取って痣を撫でて
「傷じゃないんだよね?痛くないんだよね…?」
「…うん。傷じゃないし、痛くもないよ?」
何度も言ったじゃないと。でも以前の事を知っているから、痣の原因を知っているから、心が納得してくれないんだ。でもそれを言う訳にいかない。
「前にも言ったかもしれないけどさ、せり にもあるよね?痣。」
突然すずな姉ちゃんが話に割り込んできた。
え?ボクにもある?思わず手首を確認してしまったけれど痣なんてない。今まで一度も見た事ないんだから、ある訳がない。
ていうか、そんな事言われたっけ?
「あ、言ってなかったか。え、と。あぁ出てる。ここ、ここ。平べったい菱形の痣。」
すずな姉ちゃんが指差したのは、左の肩甲骨と背骨の間、心臓の裏あたりだろうか?
…見えない。当たり前だけれど。
「…ホントだ…ある。何これ…。」
なづなが小さく呟く。凄く困惑しているのは伝わってくるのだけれど、なんでそんなに困惑してるのかわからない。え?もしかして、結構酷い痣なの?
「ううん。小さい痣だよ。3cmくらい?なづな と同じ様な紅いやつ。普段は見えないけどね。」
え、いつから?いつからあったの?
「さあ?生まれつきじゃない?」
「少なくとも三つくらいの時にはあったわ。」
「あんた達が水疱瘡か何かで熱出した時じゃなかったかな?身体を拭いてる時に見つけたんだよね。」
「ママは知ってたから、それより前からあったはずよ?」
普段は見えない…出てる、って言ったよね?
生まれつき?
じゃあこれ、前世の…傷?
知らない…こんな所に傷を受けた覚えは…ない。
まだ思い出してない時期の傷なんだろうか?
「でも良いわよね、お揃いでさ。」
…は?すずな姉ちゃん、何を突然…
「形と場所は違うけどさ、温まると浮き出るなんてカッコいいじゃん。私も欲しかったなぁ。私だけ仲間外れなんだもん。」
…ボクにとっては以前の辛い記憶でも、すずな姉ちゃんにとっては、お揃いの、姉妹の証みたいに感じるのか…。
「そっか…お揃いか… 」
なづながボクの背中、おそらく痣に、触れて呟いた。
「すずな姉ちゃんは痣なんかなくったって私達の大事なお姉ちゃん、だよ?」
「ほんとにぃ?仲間外れにしない?」
「しないよぅ。ね?せり。」
しないしない。前世の繋がりなんてなくたって、今、この世界では血を分けたボク達のお姉ちゃんなんだから。
「大好きなお姉ちゃんを仲間外れになんて、しないよ?」
「ホントにホント?」
ああ、これはギュッてしろって事だな。
洗い場におりて膝立ちで、正面からすずな姉ちゃんに抱きつく。素肌の密着感がとても心地良い。
まるで吸い付いて来るみたいな、もの凄い安心感と包み込まれる様な安定感。ママにハグされた時に似てるけど…これが母性というものだろうか?
すずな姉ちゃんの腕の中って本当に安心する…ボクって、まだまだ甘えん坊なのかなぁ…?
ボクが離れると入れ替わる様に なづながハグをする。
すずな姉ちゃんの頭を胸に抱く様な抱擁だ。
…うわぁ…なづなの膨らみが すずな姉ちゃんの頬で、すずな姉ちゃんの膨らみが なづなのお腹で、むにゅってして、うわぁ、2人とも綺麗だなぁ…どこかの絵画展か写真展にでも出したら、入賞間違い無しって感じだよ。
「う〜ん、至福。」
と言いつつも、なづなの背中をさわさわしながら、なかなか離れようとしないあたり余程嬉し楽しいのだろうな、と思う。
「なづなは少し高反発気味なのが良いわねぇ。」
んん?
「せりの微妙に低反発なところも良いモノだし…。」
「甲乙付け難いわ。」
抱き枕の評価じゃないんだから。
「なんなら今夜、添い寝するよぅ?」
…なづなが乗っかったよ…
「…そうだね、すずな姉ちゃん頑張ってたもんね。膝枕でも抱き枕でもなるよ?」
まぁ建前なんだけれどね。
なんとなくボクが甘えたいと言うのが正しいかな?ここ最近…と言うかすずな姉ちゃんが先生になってから、忙しくて前みたいにはボク達と関われなくなってたからね。そりゃ毎朝毎晩、会話もするし一緒に過ごす時間もあったけれど、翌日の準備とか学生の頃とは雲泥の差だったもの。
偶には、べったりくっついて甘えてみたいなって…ちょっと思っちゃった。
「そっか、添い寝かぁ。魅力的ねぇ。」
「ボク達のベッドなら3人でも余裕だよ?」
「あ、そうね。それは良いわね。」
少し考えていた すずな姉ちゃんが、きゅっとなづなを抱き直して、くくくっと笑って
「…可愛い妹達め。よろしい、妾はヌシらに今宵の伽を所望するぞえ。」
「仰せのままに。お姉様。」
ふふふ、
今夜は『小』の字になって寝ようね。
いつになったら『おやすみ』するんだ…
追記:
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
当方の勝手な事情でありますが、少々執筆ペースが遅くなります。
大変申し訳ございません。
出来る限り早いペースで投稿したいとは存じますが、当面、二日に一度、一日置き程度のペースになると思われます。
今後もお付き合い下さると幸いです。
よろしくお願い申し上げます。
武運




