ママとおしゃべり
ママの正体とは…?!
「あ、あ来た来た。」
「お疲れ様、どうだった?」
昇降口、中等部玄関ロビーに到着すると、光さんと菫さんが立ち話をしていた。わざわざ待っててくれたのか。待たせちゃってごめんね?
「うん写真撮影の方はバッチリ。」
「先生が撮ってくれるんだって。」
「まあ。それなら安心ね。」
そのあと先生に言われた監督の話とか、撮影に携わりたい子を募ってみようかという話が出た事等を報告しておいた。
「演出ね…やった事ある子なんていないでしょう?」
いないだろうねぇ。
でも、関わった事のある兄姉がいるとか、自身もそっち方面に興味があるとか、そんな子がいるかもしれないし?聞くだけ聞いてみようかなって。
それにさっき出た演出チーム案、もしかすると意外なところから、意外な才能を引っ張り出せるかもしれない。
「そうね。案外向いてる子、いるかもしれないわよ?満さんなんかカメラワーク凝りそうな気がしない?」
あぁ確かに!少年漫画好きだもんね。派手なカメラワークとか色々思いつきそう。
明日の事を話しながらロータリーに向かって歩いてゆくと、学院の名前が入ったワゴン車が体育館の前に横付けされているのが見えた。
明之星にもあんな車あったんだ。
あ、運動部の用具とか運ぶ為の車かな?
…って事は練習試合でもあるんだろうか?
新学期早々、忙しいねぇ。
丁度バスが来たけど、あれは光さん達の方だね。
「良いタイミングね。」
「ホント。なづなさん、せりさん、お先に。また明日ね。」
そう言いながら小走りにバスへ向かって行く。
あ、あ、後ろ向きに走ったら危なかいよ菫さん!
前向いて、前!ひぃ…!ハラハラするっ…!
無事にバスに乗り込んでくれてひと安心ですよ、ホントにもう。
お、ボク達の方も来た。
前のバスの窓から手を振っている光さん達に手を振り返し、最寄り駅行きのバスにボク達も乗り込む。
ガラガラだから何処に座っても良いんだけど、座れる時は何故か決まって、後方扉の直ぐ後ろに座っているんだ。
特に理由はない。
いやホントに。
何故ここなのかもわからない。他の席に座った事もあるんだけれど、何かしっくりこなかったんだよね。落ち着かないというか、此処じゃない感というか…。
そういう事ない?
うん、どうでもいいね。
因みにこの席だとボクは窓際に座ってる。
何故かって?
簡単だよ。ボクはいつも なづなの左に居るからね。
まぁ、これには理由があるんだけれど、今はもう癖みたいな感じになってるから全然意識しなくてもそういう位置取りになるね。
バスに乗ってしまえば家までは15分もかからない。
いつもの様に取り留めのない話に興じていれば、あっという間にボク達が何時も使っているバス停に到着する。
最寄り駅、スクールバスの終着点のひとつ手前のバス停で下車すると、もう家は目の前だ。
見慣れた小道を通り、古めかしい潜戸を抜けて玄関へ
今日もママは家にいるらしい。
「「ただいま〜、」」
「おかえり〜〜。」
あれ?縁側の方?あ、洗濯物かな?
「手伝う〜?」
「こっちは大丈夫〜。」
そっか。なら後で畳むのを手伝えばいいか。
ママが、廊下の奥、掃き出しガラス戸からヒョイっと顔を覗かせて、ほぼお約束的な言葉を掛けてくれる。
「うがい手洗いの励行。」
「「らじゃ!」」
洗面所へ直行して、うがい手洗い。まぁこれも習慣化しているので何時もの事だけど。
「こっちはいいから、着替えておいで。」
「「は〜い。」」
先んじて言われてしまったのでは仕方ないので2階にある自室へ向かう。
制服を脱いでハンガーに吊るし…パジャマはまだ早いよね?ロングTシャツでいいかな?
大きなサイズのロングTシャツに、貫頭衣よろしくスッポリと頭を通す。あ〜…楽。
髪の毛を首の後ろ辺りで緩く結んで、くつろぎモード完成!
なづなの方に目を向けるとやっぱりロングTシャツを選んだみたいだね。ちょうどすっぽり被ったところだった。
む…自分で着てる時は何も感じないのだけれど、なづなを見ると…ロングTって、ちょっとエッチだね?
大きめだから、襟ぐりが広くて鎖骨は全開だし、腕を動かせば肩からずり落ちてしまうし、ロングと言っても太腿の中ほど迄の長さしかないので、ミニワンピみたいなモノだし。
ああ、いかんいかん。
そういう目で見るから、そう見えちゃうんだよ!
なづなも言ってたじゃないか。邪念があるからだって。
「降りる?」
「そうだね。一旦降りようか。」
ウチは仕事柄、洗濯物が多いから畳む物は大量にあるんだ。特にシーツとタオルは山の様にある。
なんの仕事か気になる?いや、そんな珍しいお仕事じゃないよ?
う〜ん。シーツやタオルはヒントになるかなぁ?
あ、ホテルとか旅館とかじゃないよ。
「ママ、手伝うよ。」
「シーツのアイロンかけ出来る?」
失敬な。
「出来るよぅ。」
「なら任せた。」
ママがものすごい勢いでタオルを畳みながら、ボク達に指示を出すのはいつもの事なんだけれど、よくもまぁ手元も見ずにあれだけ高速で畳めるものだなぁ…。
しかも全然ブレないんだよね。角もピシッと揃っていて下ろしたてみたい。
ボク達はボク達でシーツにアイロンをかけまくって端から畳んでいく。2人で畳むと簡単に綺麗に畳めるんだよ?知ってた?レジャーシートなんかにも応用出来るから結構重宝するんだ。キャンプとかピクニックとかね。
ボク達がシーツを畳み終える前にはもう、ママは別の事を始めている。プロの主婦って凄いよねぇ。
「どう?終わった〜?」
「もう終わるよー。」
「終わったらリビングにおいで〜。」
「「は〜い。」」
まさに今たたみ終わったところです。
ピシッと四隅が整えられ、皺ひとつ無いシーツの山。
我ながら美しい。ムフーーー。満足。
「せりは、こういうの好きだよねぇ。」
そうだね。好きなんだと思う。
自分の持ち物は自分しか見ないし使わないから、ここまでしなくても良いけれど、他人が使う物って綺麗な方が良くない?使って貰う時にさ、気分良く使って欲しいじゃない?手に取った時に“ おお、綺麗だな” って思ってもらえたら嬉しいでしょ。
「じゃ、リビング行こう。」
スルーされた!?
「お疲れ様〜。お茶入れたよ〜。」
わーい、ありがとうママ〜。
ソファーに腰かけお茶を飲んでいると、お茶受けのお菓子を持ってきてくれたママがボク達の前に座った。
なんかジーっと見られてるんだけど…何?
「…なんか普通ね?」
「普通…?」
変、ではなく、普通?
「朝あんなだったのに、随分と普通じゃない?」
ぅふっ!!
なづなが咽せた。
ボクは耐えたよ!
「あ、あれから話してね、落ち着いたんだ、よ。」
「そうそう、他にもいろいろあって、それどころじゃなくなっちゃったって部分もあるんだけど… 」
「ほう?」
あ、“他にもいろいろの部分” に食い付かれたっぽい。
「いろいろの辺り、詳しくplease 」
ぬぅネイティブの発音。
先ず、教科書の配布トラブルの事を話したんだけど、
「そのへんは、すずなに聞けばより詳しくわかりそうだから良いわ。他があるんでしょう?」
…お気に召さなかったらしい。
「あとは、新歓祭でなんか色々やらされる事になったとか、クラスメイトの子の眼鏡がすっごく良い品だった話とか… 」
「生徒会執行部のお姉さまに呼び出しくらった、とか… ?」
「何それ?」
言い方が不味かっただろうか…?
「呼び出されたって言っても、個人的にお話したいから時間取って欲しいって言われただけなんだけど…。」
「執行部の子に?」
「うん。セリナ様…百合沢セリナ様って方。」
「ほほぅ。どんな子?」
ボクが知る限りのセリナ様の事と、今日お話しした時の状況を詳しく説明して、呼び捨てにされたり “お姉さま” は付けるなって言われたりした事も話した。
「執行部の子って事は可愛いんでしょ?」
執行部の子だと可愛いの…?え?やっぱり容姿も選考基準に入ってるの、執行部って?!
「そんな基準は無かったはず、だけど…?」
なづなも首を捻っている。
だよね?
「容姿は関係ないわよ。ただ、代々可愛い子が多いのよ。容姿端麗、眉目秀麗。勿論、優秀な子ばっかりだけどね。」
「セリナ様も綺麗だったよ。北欧系の顔立ちで赤毛なの。あ、スタイルも良かった。」
「ほほう。そんな子に目をつけられた、と。」
ふふん、流石は我が娘。いや、この場合は我が娘に目を付けるとは中々やるじゃないか、というべきか。
…とか言ってますけどね、執行部絡みで呼び出されたとは限らないんだからね?
「十中八九、いや、ほぼ確実に執行部の勧誘よ。」
断言出来る要素なんてあった?!
「せりは今、セリナ様って言ったわよね?」
「え?うん。」
「本人がそう呼べって言ったんでしょ?」
「うん。そうだけど…?」
実際は様も要らないって言ってたけどね。
「なら確定じゃない。」
だからなんで?
「明之星で “お姉さま” を付けないって事は?」
極、親しい間柄…?
「お姉さまを付けずに呼ぶのは、下の学年の子がお願いして呼ぶ事を許して貰うのが普通なのよ。上級生から命じられる事なんて殆どないわね。」
え!?そうなの?!
思わず なづなを見たら、なづなも驚いていた。
「ママが知ってる限りだと、すずな以外は十数人しかいないわよ?」
すずな姉ちゃんも上級生から命じられたんだ。
少ないとは言っても、一年に1〜2人はいるのかな?
ってか、ママ、詳し過ぎじゃない!?
「そりゃ、同級生が明之星の教師やってるもの。知ってるに決まってるでしょ。」
いやいやいや。それでも人数まで把握してるとか!どんな情報網持ってるの、その先生!そもそも同級生の教師って誰よ?!ママと同い年の先生って、そんなに居ないはずだけど?
うん…?
同級生って言った?
「…同級、生?」
「うん。同級生。」
「ママってアメリカの学校卒業してるんだよね?」
「そうよ?」
「じゃ、外人の先生…?で、同い年?」
「ああ、違う違う。彼女日本人よ。」
はい?ますますわからない。帰国子女なのかアメリカの学校に留学経験のある先生か…?
「何言ってるの。明之星の同級生に決まってるでしょう。」
…え?
…なん…?
明之星の同級生…?
「あれ?あなた達、知らなかったっけ?」
え…?…何を?
「ママ、明之星のOGよ?」
…え?
ええぇーーーーーーー!?
ママもOGですから。
正確にはアメリカではOGとは言わず
Alumnaというらしいです。




