あわーくらするーむ 菫 裏話
教室に入れば、自分の席の直ぐ後ろに長いプラチナブロンドの髪の少女が後ろを向いて腰掛けているのが見える。
「ごきげんよう、せりさん。」
「ごきげんよう菫さん。」
あら?少し元気がない様な?困ったような顔をしているわね。何かあったのかしら?
…なづなさんが机に伏して唸っているけど、困り顔の原因はこれよね。どう見ても。
「なづなさん、どうしたの?」
「…ちょっと、色々あって…よくわからない内にこんな状態に…。」
…全然わからない。
“ちょっと色々”の部分が原因なんでしょうけど、そこはボカすのね。当たり前か。
昨日1日一緒に居て結構濃いめの交流をしたとはいえ、知り合って1日しか経ってないクラスメイトにホイホイ話さないわよね。
それは仕方ない。仕方ないけど。
「うん。なるほど。わかんない。」
取り敢えず感想は述べておこう。
体調不良ではなさそうだし、おそらく気分的なものだろうから、口を出しても解決はするまい。
話題を変えて執行部入りの話なんかをしているうちに光さんが登校して来た。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう光さん。」
「ね、どうしたの?」
あれ、って、こっそり なづなさんを指差して首を傾げた。気になるわよね。
「さあ?」
私は肩を竦めて、せりさんに視線を送った。
「元々の原因はボクなんだけど、今、こうなってる理由は不明です…。」
大元は せりさんなのね。
何か言っちゃちゃんだとは思うけど、内容が判然としない上に、単一要因ではないっぽい。
で、その複合的要因によって なづなさんが沈没していると。うん。わからん。
ま、私に解決出来る程度の事だったら2人で乗り越えちゃうでしょうし、下手な助言なんかして拗らせても拙いもの。
ひとつわかったのは、なづなさんってば、せりさんと話す時だけ顔を背けるのよ。なるほど?
あら?光さん、なづなさんを廊下につれだして…アドバイスするのかしら?…あ。あれは違うわね…何かに気付いたっぽいけど、どういう状況かわかったという事かしら?
ならこっちも、ちょっとだけ背中を押しておくとしましょうか。光さん程は上手く出来ないでしょうけど
「顔を見るのがイヤなのね。」
そう呟いたときの、せりさんの顔ったら。
この世の終わりみたいな、絶望を絵に描いた様な顔するんですもの。
余りに可愛らしくて声に出して笑ってしまいそうだったわ。もう必死で噛み殺したわよ。
せりさんと言葉を交わしている内に段々と良い時間になっているらしく、クラスメイトが移動をし始めている。
そんな中で未だ教室内にいるのは…鈴代姉妹が気になっている子達ね、きっと。さっきからチラチラと窺ってはいるけど、近づいて来ようとはしない。
遠巻きに見て満足しているのかしら?
まるでアイドルだわ。うふふ。
わからなくもないけど。
でも、仲良くなった方がもっと楽しいわよ。
昨日1日だけで随分見方が変わったもの。
あら?満さんと椿さんも残っているわね?
随分と気にしているふうだけど……あ。
もしかして、私が来る前に交流があって、彼女達とお話ししている間も様子がおかしかった、とか?
…ありそうな話ね。後で聞いてみようかしら。
光さんの方はどうかしら?
まだお話し中?
う〜ん…ここからでは見えないわね…。
教室の中の人数も随分と減ってきたし…時間もたっぷりあるとは言い難い…どうしたものかしら?
あ。椿さん、残ってる子達に声をかけて回ってる。
もしかして、せりさんが話し易い状況を作ってくれようとしてるのかしら?
私達の意図とはたぶん少しズレているのだけど、望む状況は同じものだから、これはありがたいわ。
あ、こっち見た。
取り敢えずOKサインを送ってみたらOKサインを返してくれた。うん、後でお話ししておかないとね。
情報の擦り合わせは必要だもの。
椿さんが出て行くのと入れ替わる様に、光さんがドアのの陰から顔を覗かせた。
その向こうに、なづなさんの姿が見える。
準備OKね。了解。
「何にしてもそろそろ移動しないといけないわね。」
そう言って せりさんの方に向き直り
「そうだね。移動しようか。」
立ちあがろうとする せりさんの肩を抑え、もう一度座らせる。え?って顔してる。つくづく可愛いわね、この子。
「せりさん。私達、先に行っているから、後からゆっくり来てね。」
そう言い置いて小走りにドアに向かい、陰に隠れていた なづなさん肩を叩く。
「ちゃんと話して来てね。あっちで待ってるから。」
コクリと頷いて教室に入って行ったけど…大丈夫なのかしら?ちゃんと会話出来るのか…心配だわ…
少し離れたところに光さんと椿さんと…なんか他にも5〜6人いるのだけど?…え?
みんなウチのクラスの子よね?
「え、と?みなさん、どうしたの?」
なんとなく理解ってはいるのだけど敢えて聞いてみた。
「なづなさん姉妹が2人きりでお話ししているのでしょう?きっと何か起こるに違いないもの。」
是非、目撃しなければ。ひとりがそう主張すれば、ほぼ全員がその通りだと頷いた。
「お二人の逢引きを見たいのは解ります。」
ちょ…椿さん?
「ですが、騒いでしまってはお二人のお話しの邪魔になってしまいます。決して声を立てずに見届けなければなりません。」
鑑賞会をするつもり?!
せりさん…あなた達、アイドルというより珍獣扱いされているわよ…
本人達は気にしなそうだけど。
まぁ、私達もこっそり見ているつもりだったのだから、人の事は言えないわよね。
椿さんが注意事項を述べ終わると、皆が前後のドアに移動し始めた。素早く音もなく。…なにこれ。
「椿さん、光さんちょっといい?」
「はい?なんでしょう?」
「ええ、もちろん。」
私が教室に来る前。どんな遣り取りがあって、あの状態に陥ったのか…椿さんに問うてみた。
光さんも気にはなっていたはず。
けれど、わかった事と言ったら、せりさん達が予想以上に博識である事だけだったわ。
椿さんが興奮気味に語ってくれたのだけど、お婆様から頂いた入学祝いの品が特別なもので、それに込められた想いがどんなものなのか、諭されたのだそうだ。
椿さん自身は、あまりに特別な物だったので大事に保管しようと思ったのだけど、贈った人の気持ちを考えたら使わないなんてあり得ない、と叱られたらしい。
なるほどね…贈った人の気持ち、か。
プレゼントを貰った時は “嬉しい、ありがとう”とは思うけれど、相手がどんな事を考えて贈ってくれたかなんて…想像した事もなかった…。
そんな事にまで考えが及ぶなんて。
ほら、光さんも驚いているじゃない。
…本当に同い年なのかしら?サバ読んでいたりしない?サバ読んでいるにしては容姿は幼過ぎるけれど。
あ、と。
話が逸れちゃった。
なづなさんが、ああなったのはお話している最中。
せりさんの告白の様な台詞の直後、らしい。
突然、机に頭を打ち付ける様に突っ伏したのだそうな…。
う〜ん?
告白みたいな…?
それなら昨日も体育館でやっていたわよね?
恥ずかしいと言うなら、目撃者も多数いた中での行動だったのだから、今日の状況よりもずっと恥ずかしいはず…。
何故、今日に限って?
ああ、ダメダメ。考えたって答えなんて出る訳ないんだから。下手な考え休むに似たり、よ。
今は2人の行動を見守りましょう。
何故か私も、みんなに混じってドアの陰から覗き見しちゃっているのだけど、何かしらコレ。
イケナイ事をしているみたいでドキドキしてきちゃった。妙な一体感まで生まれている気がするのだけど?光さんも両膝を着いて両手で口を抑えて食い入る様に見つめている。
昨日の体育館でも嬌声あげてたし、意外とこういう場面はお好みなのかしら?初めて知ったわ。
最初こそ俯きあって顔を見ようとしなかった2人だけど、とうとう せりさんが動いた。
なづなさん の頬を両手で包み強引に顔を上げさせたのよ!思わず声が出ちゃうところだったわ。
椿さんが隣にしゃがんでいる子と、お互いの口を抑え合っているけど、気持ちは凄くわかる!
だってこれラブシーンでしょ?!
映画なんかで見る様なラブシーンよね?!
だって見てよ、前のドアに貼り付いてる子達なんて、膝を突き合わせて、両手の指を絡め合って、顔だけ教室の中に向けてるのよ?
もじもじ悶えてる子もいるし!
「ボクを、見て。」
〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
聞いた?!今の聞いた?!
ボクを、見て。ですって!
見ているこっちの心臓が保たないわ!
せりさん!今度は なづなさんの手を胸に抱くみたいに押し当ててっ…!声は小さ過ぎて聞こえないけど、何かを囁いている…少し照れた顔で大事なものを抱えるみたいに。
…なづなさんの雰囲気が…変わった?
さっきまでの照れた様な、焦った様な余裕のない感じとは随分違って見える。ここからだと斜め後ろ姿になってしまうので表情は見えないのだけど、身体から硬さが消えた…気がする。
せりさん、何を言った…何かした?
ああ、もう。
映画みたいにカメラアングル変えられたら良いのに!