あわーくらするーむ②
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
私事では御座いますが少々身辺が立て込んで参りまして、来週から更新頻度を落とさざるを得ない状況となってしまいました。
折角お読み頂いているにも関わらず、この様な無様を晒すのは如何にも情けなく思うのですが、どうか皆様、お見捨てにならず今暫くお付き合い頂けると幸いです。
次週以降の更新ペースとしましては、週3回更新を目標としております。
拙い作品にお付き合い下さっている皆様、どうか以後も何卒よろしくお願い致します。
「おはよー。」
教室の奥、窓際に2人いる。
今日一緒にお手伝いをしてくれる2人だ。
保坂椿さんと、間島満さん。
眼鏡っ娘の椿さんと、無雑作な三つ編みがキュートな満さん。
2人とも陽の光とは無縁そうな、どちらかと言うと図書室とか美術室に居そうな感じの子だね。
なんでお手伝いを買って出たんだろう?
「なづなさん、せりさん。今日はよろしくね。」
「こちらこそよろしく、椿さん、満さん。」
お。名前で呼ばれた。
ボク達の事は知っていても、名前まではちゃんと覚えていないって人も結構いるのに、。
鞄を机に置き2人のところに向かう。おぉ窓際は随分と明るいんだね。…あれ?ボク今迄一度も窓際の席になった事なくない?いつも廊下側か良くて真ん中だったような…?出席番号順だと前の方だから仕方ないとしても、席替えとかあったよね?去年は一、二、三学期でそれぞれ席順変わったよね?あれ?…去年ずっと廊下側だったぞ?んん?
「せりさんって、本当に表情豊かね。」
椿さんがクスクスと笑う。
そ、そう?そういえば昨日も言われたっけ。
「桂さんの言っていた通りね。何か考えている時は一歩毎に表情が変わるって。」満さんまで…
そんなに?…なづなも頷いている。そうなのか…。
桂ちゃんの、って事は桂ちゃんの友達?待てよ、桂ちゃんとはずっとクラスメイトなんだから、ボク達ともクラスメイトだったはず…いや部活関係…はないな、たぶん。桂ちゃんは運動部だし、彼女らは文化部にしか見えない、ってこ「せり。」
「ん?なに?」
「なんか、明後日の方向に考えが飛んでる気がする。」
む。そうですかね?
「2人は桂ちゃんとお知り合いだったの?」
続けて なづなが質問した。
「ううん、昨日初めて。でも色々話してくれたわ。」
あ、そうですか。…ああ!なづながほーら見なさい、斜め上に思考が飛んでたでしょ?って顔してる!ぐぬぬ…その通りです。
「今日のコレも桂ちゃんの、薦め?」
「立候補していた様だけれど?」
「ううん、なんとなく、かな。」
「私も、なんとなく、やっておこうかなって。」
ふうん…あれかな?委員とかはやる気は無いけど、単発の係ならやるよってスタンス?自分の活動を優先したいタイプの人、かな?
「私、こう見えても結構力あるのよ。」ちょっとはお役に立てると思うわ、とガッツポーズをして見せる椿さんだが…
ごめん、正直、力がある様には見えません。無理して肩とか腰とかイッちゃわない様に気をつけて。お願いだから。
そんな雑談に興じていると、なづなが椿さんを凝視しているのに気づいた。なんだろう?
椿さんも見られている事に気づいたようで、
「な、なにかしら?なづなさん?」
「…ちょっとごめん。」
ずいっと椿さんに近付き、じぃー…と見つめている。
時折、横に移動したりしてるけど、何を…?
「あ、あの、なづな…さん?」
椿さん、なづなの視線攻撃に耐えられず悲鳴にも似た声を上げてる。まぁ可愛い。
「せり、これ、どう思う?」
椿さんを15cmくらいの所から見つめたまま、ボクに質問をして来た。これ?これってどれの事…?ん?もしかして、これか?
「失礼。」
一言断って、ボクも近付いた。
あ、椿さん逃げないで、よく見えない。OK、大丈夫。
んん?これ…
「…鼈甲?」
「本物だと思う。それにここ、たぶん模様じゃなく白甲の紅染を組んである。ほら。」
「…芯はプラチナっぽいね。」
「え?何?どういう事?」
満さんは、さっぱりわからないといった顔でボクらを見比べている。
「あぁ、うん。ごめん。えっと、椿さんの眼鏡なんだけど、もの凄く良い物だ、って話。」
「へぇ〜そんなに…。」
「うん、凄く。ね、椿さ… 」
椿さんを見たボク達が固まった。
蒸気が出てるんじゃないかって程、顔を赤くして、両手を胸の前で組み、口は半開きで虚な眼は虚空をうっとりと見つめ、はぁ、ふぅと荒い呼吸を繰り返していた。
ああああれ?どどどうしたの?大丈夫?!
「椿。椿、帰ってきな。」
そう言ってぺしぺと椿さんの頬を叩く満さん。
かなり気安い間柄なんだろうな、ペシペシ叩く手に遠慮が全くない。笑いながら叩くわ、揺するわ。
暫くして復活した椿さんは、上気した顔をパタパタと仰ぎながら「これは…凄い破壊力だわ… 」って呟いていたけど、何のこっちゃ…?
「で、結局なんだったの?」
と説明を求めてきたのは満さん。
「え〜とね、さっきも言ったけど、椿さんの眼鏡が凄く良いもの、なの。」
「うん。かなり手の込んだ逸品だと思う。」
「そうなの?!」
椿さんが驚いている事に驚いた。ええ、知らなかったんですか…?
「これ、おばあちゃんが中等部の入学祝いにってくれたものなんだけど…。」
これを贈るって、そうとう愛されてるんじゃない?
「そんなに…凄いの?」
「凄いも何も、下品な言い方だけど、高いよ。」
「古いもの、とか?」
「ううん。骨董とかっていう意味じゃなくて、よい素材を高い技術で丁寧に細工してある、高級品。」
ええ…と、自分の眼鏡を見つめて冷や汗を流している。まぁ、普段使いしてた物が高い物だったって突然知ったらそうなるよね。わかる。
「ちょっと解説して?出来ればわかり易く。」
満さんからのリクエストが来た。了解です。
「まず素材なんだけど、鼈甲…は、わかる?」
「飴でしょ?」
そりゃ鼈甲飴ってお菓子です。砂糖です。
「簡単に言えば亀の甲羅を磨いたものだよ。」
「亀の甲羅?」
「そう。商取引が禁止されているからもう取れない動物の一部なの。象牙と同じ。」
「ぞうげ…?」
おっと、これも説明が必要なのね?けど後回し後回し
「今持ってる分しか材料が無い。もう材料が買えない。だから高い。」
「話を進めると、その鼈甲の中でも黒甲って言う希少な色の部分に、白甲…白い鼈甲を赤く染めたパーツを組み込んでいるの。」
「寄木細工みたいなものって言えばわかる、かな?」
「はぁ…。」
おっと、微妙な反応。満さんは今ひとつピンと来ないみたいです。椿さんは、漠然とだけど価値が高いものだと認識してはいるみたい…う〜ん…。
お婆様の想いが伝わりきっていないのは、なんかヤダなぁ…孫が大好きで、せめて良い物を使って欲しくてプレゼントした、普段、身に付けられる物。
「…あんまりこういう言い方はしたくないのだけれど…ピンと来ないみたいだから… 」
「たぶん、100万円以上、する…もっと高いかもしれない。」
「「ひゃっ…!!」」
今度は2人が固まった。
「想いって、口にしてもなかなか伝わらないからね。こういう形にして贈るんだよ。」
「値段で愛情は測れないって言うけど、お婆様の想いは、少なくともこの値段以上だと、思う。」
「わ、たし、こんな高いの普段使ってた…の?」
「…大事にしまっておこう…。」
…え?!
「それはダメ!」
ビクッと椿さんの体が跳ねた。
なづなが、強い口調で続ける。
「それは、ダメ。だよ。」
「お婆様はね、いつでも身に付けられる物を、選んで贈ったの。」
「想いの籠った品を、身につけてもらえる様に。普段、身体から離さない物を選んだの。」
「それを使わないなんて、ダメ、だよ。」
「で、でも、こんな高いもの… 」
「そうだなぁ…例えば、椿さんが好きな人にプレゼントを贈ったとする。その人は読者が好きだから、ブックカバーにしよう、そう思って手作りのブックカバーを贈った。」
「でも、その人は贈ったブックカバーを使ってくれていない。何故使ってくれないのか聞いたら、勿体ないから家にしまってあると言う。これ、嬉しい?」
「…大事にしてくれているなら嬉しいんじゃ… 」
「大事にされてるか分からない、のに?」
「家でほったらかしになってるかもしれないでしょ?」
「…あ。」
「だったら、いつかボロボロになるとしても、いつも手元に持っていてもらえた方が良くない?」
「会う度に、使ってるよって見せてくれる方が嬉しくない?」
「よくプレゼントにネックレスとか、腕時計とか指輪、男性相手だったらネクタイとか贈るでしょ?あれも同じ理由だよね。」
椿さんが神妙な顔をしている…。
う、む…ちょっと説教くさかったかな…
「…そう、だね。うん…そうだよ。」
「私が、大事に使えば良いんだよね。」
大事に使ってあげれば、道具は応えてくれる。お婆様の想いは、きっと椿さんを守ってくれるよ。
”想い“には、そういうチカラが有るんだよ。
「使ってあげた方がお婆様も喜んで下さるよ。」
そうそう、道具は使ってあげないと。大事にされた道具は魂が宿って神様に成るんだよ。
「はぁ…なるほどねぇ。」
ん?突然の納得意見。満さんだ。
「想いを込めた品ね。確かに使ってもらった方がいいわね。おまじないとかって、そういう物だもんね。」
んん?
「御守りもそうよね。」
んんん?
「髪の毛を編み込んだミサンガとか。」
んんんん〜?
「効きそうよね。」
言わんとする事は理解らないでもないけれどもなんか違う気がする、ズレてる気がするんだけど…
「…髪の毛は既に呪いの域だね。」
「なづなさんも、こういう贈り物貰った事あるの?」
「え…私は… 」
口籠って、チラリとボクを見た。
「せりさんは?」
「ボクは貰ったし贈ったよ。」
「え!?どんなもの?!」
「凄く綺麗でね、可愛いんだ。」
「綺麗で可愛いの?…服?」
お、椿さん良い発想するね。でも残念。
机の下でなづな の手を取り、指を絡める。ぎゅっと握り返してくる手が熱い。
なづなと繋いだ手を持ち上げて
「ボクの1番大事なものは何時も側にあって、ボクの1番好きな人には、ボクを全部あげたから。」
満さんは、おぉ〜流石噂の双子ちゃん、ってなんか感心してたけど、たぶん正確には理解してないよね。それはそれで好都合なので、敢て説明はしませんよ。
けど、椿さんは意味を理解したっぽい。
両手で口を覆い、目を細め頬を赤らめてボク達を見ていた。ボクは唇に人差し指を当てウインクしてみた。
コクコクコク、と頷く椿さん。伝わったみたい。
ひとつ理解った。椿さんって薄い本とか好きな人だ。
もしかしたら、自分で描いているのかもしれない。
ゴンッ!
うおっ?!凄い音!?何事?!
なづな が机に額を打ちつけた音だった。
「な、なづな?!どうしたの?!大丈夫?!」
「なづなさん?!」
「何何?!どうしたの?」
慌てて呼び掛けたら、プルプルと小刻みに震え出し、続いて、ううぅぅぅ〜〜って唸り出した。
顔を覗き込もうと、頭を下げてみれば何かをぶつぶつ呟いてる。何?何て言ってるの?
顔を近づけると グリン! と、こっちを見て
「せり のバカ…。」