あわーくらするーむ
制服を着て、お互いの身だしなみをチェック。
なんとなく、いつもより丁寧に。妙に照れ臭い。
普段やっているよりもゆっくりと、なづなの襟を正しタイを整えスカートのプリーツを揃える。ずっと裸でいたというのに、服を着ている今の方が照れ臭いとか、意味がわからない…。
平常心平常心。
上から下まで眺めて、問題ないね。よし。OK。
「これで良し。」
なづな の顔を見たら、スイ〜〜っと目が泳いで
「あ、りがと… 」
…やめて!頑張って平静を保ってるのに!また耳が熱くなってきちゃったよ!
今度は なづながボクの身だしなみチェックをしている。ボクの正面に立って襟に指を滑らせ、タイの長さを整え…あ、眼を伏せると一段と睫毛が長く見えるなぁ…。
スカートの手を添えプリーツのヒダをなぞる。
なづな 髪が短いから、綺麗な頸とせ制服の隙間から覗く背中へのラインが艶かしいな
「よしっ。」と呟き立ち上がった彼女と目が合った瞬間、なんか眼が勝手にスイ〜〜っと彷徨ってしまった。
「ありが…と。」
「う、うん…。」
あ、あ、こういう事か。なづな も似た様な事考えていたのか、あぁ、うん。こ、これは仕方ないね!
「…童貞か。」
リビングで頬杖をつきながら、ボク達を眺めていたお姉ちゃんの言葉である。
どどど童貞ちゃうわ!いや本来の意味なら間違ってないけど、そういう事ではなくてですね、もうちょっと言い方があるんじゃないかと思うんですよお姉様!
「あんたらさぁ…ちゃんと覚悟決めたんだから、もっとシャンとしなさいよ。」
今更照れちゃって、もう、ガン見してたくなるじゃない。いい加減にしなさいって、理不尽!
「そ、そんな事言ったって… 」
「決意も覚悟もあるけど、このふわふわした気持ちの整理がつかないんだよぅ… 」
キョトン顔のお姉ちゃんが、はぁっ、って溜息を吐いて
「じゃあ、一つだけアドバイス。2人は気持ちを確かめ合った。でもそれは、これからお付き合いを始めるって訳じゃないのよ。いい?今迄通りの生活に約束が加わっただけなの。わかる?」
…そうか。確かにボク達の関係は変わらない。お互い自分の気持ちを相手に伝えただけだ。お付き合いという行程だって必要ないじゃないか。ボク達は既にひとつ屋根の下に住んで居るんだから。そもそもボク達は気「だからっ、状態と気持ちは別なんだってゔぁ!」
……だよねー。
「ちっ…。だめだったか。」
ちっ、って言った。
ちっ、って言ったよこの人!
口先で丸め込むつもりだったよ!
危うく丸め込まれるところだったよ!
あ、丸め込まれておけば良かったのか!?
「まぁ、気持ちばっかりはどうしようもないからね。自分で折り合い付けるしかないのよ。」
「わ…わかっては、いるんだけ、ど。」
「顔を見ると、その…あの時の…どうしても、思い出しちゃって… 」
「なづな の気持ちは なづなの中にしかないんだから、
私には解決は出来ないわ。」
「…あ。対抗措置なら、ない事もない…。」
「そ、それ!どういうの?!」
なづな、食いつくなぁ。そんなにいつもと違うんだ。
ボクとの事で浮ついちゃってるんだと思うと、なんかちょっと嬉しい。それだけ、あの告白が なづなにとって大きなものだったって事だもの。
…なんだか、ふわふわした気持ちが、さっき迄の照れや羞恥みたいなのと違う…あったかい感じになってる…?なんだろうね?これ。
「…無理だよっ!」
「だよねっ。」
なんだなんだ?
なんの話してたんだっけ?
あ、そうだ。ふわふわした気持ちをどうにかする方法がないわけじゃない。みたいな話してた筈だ。
で、なんで なづなは真っ赤になってむーむー言ってるの?すずな姉ちゃんは爆笑してるし。なんか揶揄われたのかな?
「…対抗措置?ってなんなの?」
笑い続けているすずな姉ちゃんに質問してみると
「恥ずかしいなら、“もっと大きな恥ずかしい”で上書きしちゃえばいい、って… 」
答えたのは なづなだった。
「お薦めはしないって言ったでしょう?」
「されても出来ないよっ?!」
また赤くなった。
「…いったいどんな方ほ「なんでもないっ!」
顔を真っ赤にして出て行っちゃった…。
姉ちゃんを見れば、まだ笑ってる。何言ったの…
「やるって言い出さなくてよかったわ。」くっくっく
「後で、なづなに聞きなさい。教えてくれるかはわからないけど。」
とんでもない方法なんだろうなぁ…。
「せりは、落ち着いているみたいね?」
「…うん。なんか、よくわからないけど。さっきより落ち着いてきた。」
まだ、ふわふわしてはいるんだけれど。
「自分より焦っている人が居ると、かえって冷静になるの法則。」
なにそれ。
「周囲の人がパニックになった時、1人だけ冷静に物事を俯瞰出来る様になったりする事があるのよ。なんとかいう心理現象だったはずだけど、忘れちゃった。」
へぇ…そんなのあるんだ…。
「…ありがとう、姉ちゃん。」
「どういたしまして?」
なにに対してのお礼なのかわからなかったのだろう。返事が疑問系だった。
姉ちゃんが、ママが、普段通り接してくれるというだけで、たったそれだけの事で、ボク達の心は、想いは守られている。姉ちゃんもママも、否定しないでくれた。背中を押してさえくれている。
ありがとうね。愛してるよ。
「いたいた。」
洗面所で、猛烈な勢いで顔洗ってた。なづなが。
「…ふぅ…。あ〜…もう。」
「まだ落ち着かない?」
まだ少し顔が赤いな。さっきよりは随分マシな気もするけれど。
「ううん…大丈夫。」
「さっきの、なんて言われたの?」
あ、また耳が赤くなった?
「…後で、話す…。」
これは、もしかして。
「さっき姉ちゃんが言ってた“もっと大きな恥ずかしいで上書きする“ってやつ。成功してるんじゃない?」
えっ?と顔を上げ、鏡越しに目を合わせる。
「…や、ってないよ?あんなの、出来るわけ… 」
「いやだから。姉ちゃんの提案そのものが、なづな を恥ずかしがらせる為のものじゃないのかな、と。」
なづなの顔が驚愕に染まってゆく。
「そんな、事…え?でも、あれ?そういえば… 」
「なんかさ、なづな途中からボクとの事より、姉ちゃんの提案の方で赤くなってた気がするんだよね。」
「…そ…う、かも…。」
「姉ちゃんも“やるって言い出さないでよかった“って言ってたもん。やらせる気があった訳じゃないと思うんだ。」
何を、かは知らないのだけれど。
あーーーーーうーーーーーって唸りながら、上を向いたり下を向いたり首を捻ったり。
合点がいった様な、いかない様な複雑表情をしてる。
面白い。
別の話題で気分転換というのは良くある方法だ。
勿論、今回の場合は根本的解決にはならないけれど、頭の中に居座った気持ちをインパクトのある何かで一時的に打消す、というのは有効な気がする。
気持ちを落ち着けて向き合う迄の時間を稼げるから。
…姉ちゃん、狙ってやってるのかな?
上書き大作戦で、一応の平静を取り戻した なづなとリビングに戻れば、姉ちゃんは既に朝食を終え出発準備を整えていた。
「すずな姉ちゃん、もう出るの?」
「出るよ〜。先生ってねぇ、生徒よりやる事が多いのよ。大変なのよ〜。」
「え、でもバスはまだ… 」
「だから車。」持っていく物もあるし、だそうだ。
そっか。今日は一緒に行けないんだ。
「じゃあママ、行ってきます。」
いつものハグ。
「ん。」ボク達にもハグを要求する。
要求されなくてもするよぅ。
2人で左右から挟み込む様にハグして、頬にキスする。
「「いつもありがとう。大好き。」」
「「行ってらっしゃい。」」
一瞬目を丸くした後、んふーーーっと息を吐き、満足!という表情を浮かべた。
ボク達も朝食をいただいて、学校行かないと。
新しいクラスの最初のお仕事しっかりやらないとね。
配布される教科書用に学生鞄と予備でスポーツバッグも持って行く。準備は万端。
ママ達に行ってきますして、玄関へと向かう。
「なづな、せり。」
玄関でママに呼び止められた。
「はい?」
「どう?落ち着いた?」
…心配させちゃってるなぁ…
「まだ完全には…でも大丈夫、せりが一緒だから。」
「ボクは平気っぽい。いつも通り、とはいかないけれど。」
「ならいいわ。気をつけて行ってらっしゃい。」
「「行ってきます。」」
少し早めに出たお陰で、バス停にはまだ生徒の姿は無い。通常授業が始まれば、この時間でもそこそこ人がいる様になると思う。朝練とかあるしね。
今日に限って言えば、空いているのはありがたいかもしれない。今朝の、あの羞恥の揺り返しが来ないとも限らない。幸い今は平常心を保てているけれど。
バスは通り慣れた道を進み、学院のロータリーを回り校門脇のバス停に停まった。
…ふぅ…大丈夫。
落ち着いてる。
「せり。」
「ん?」
「…私達の下駄箱、こっち。」
そうだったー!
ついつい一年生の時の下駄箱に来ちゃったよ!
「…大丈夫?」
「うん…大丈夫。今のは、つい癖で。」
「そう。なら良いけど…。」
大丈夫、大丈夫。2年生の教室は3F。覚えてる。大丈夫。落ち着いてる。
昨日も来てるけど、階段を上がった先。3Fの端。ここがボク達の教室。
2年1組。これから一年間通う場所。
引き戸を開けて元気よく
まずは挨拶。
「「おはよう」」