ほわいどんちゅーだんす⑯
確かに『競技ダンス』というのは見てもらう事が大前提の競技であるから、衆人環視の中で踊り、そしてその中でも特に目立たなければならないという…恥ずかしがり屋さんには相当に高いハードルのあるスポーツなのだ。
当然の事ながら衣装も動いた時の美しさを念頭に、見られる事を目的として制作されている。注目されるための服な訳だ。
なので…どれほどカッコよかろうと、どれほど好みのデザインであろうとも、このドレスを纏ってダンスフロアに立つ勇気は…ちょっと、ないなぁ。
あくまでボクは、の話だけれど。
「せり は注目されるの苦手だもんね。」
「え? そうなんですか? 」
「そうなの。この子、教室の前に出て話すのもイヤなんだって。」
「…意外ですね…。」
『意外』!
それこそが意外!
い、意外ですか?!
え、嘘、ボクって目立ちたがりに見えてるの?!
「い、いえ、そういう訳じゃなくて、」
どういうわけ?!
「その…注目されるのには慣れているのかな、と思っていたので…。」
とととんでもないです!
目立ってしまう事に対しては諦めているのであって、決して注目される事に慣れている訳ではないんです!容姿で見られるのは仕方ないと割り切れるけれど、他の事で注視されるのはちょっとね!かなりね!遠慮したいんですよ!
この差って理解ってもらえるだろうか?!
ボクの問いにこてりと首を傾げる凛蘭さんの頭の上に『?』マークが浮かんで見える。
…まぁそうでしょうね!
ニュアンスの違いは伝わりづらいから!
「目立つのは仕方ないけど自分から目立とうとは思わない…程度に考えてくれて良いと思うよ。ざっくりだけどね。」
うん、かなりズレがあるがそんな認識でも構わないです。正直、上手に説明するのは難しいと思うので。
…で、それは良いとして。
さっきから なづなは何をクネクネ動いているのでしょうか? 座ったままで腰をくにゃくにゃと…なんかあやしいよ?
ほら凛蘭さんも頷いてる。
「え? あやしい? ホントに? 」
で、なんなの? どこか痒いとかって訳じゃないんでしょう? そんなんだったらボクに『掻いて』って言えば済む話だもの。
「や、さっきのベリーダンスの動画がね…どういう風に動かしてるのかなぁって。」
あ〜…なるほど。
あの不思議な動きを再現しようとしてたのか。一回見ただけで? いや無理でしょ?
そもそもどういった動きなのかもよく解らないのに真似出来るはずが…なづな だからなぁ…『こうかな? 』とか言ってやって見せそうな気がしないでもないが…いや流石に無理だろう。
「あ。もしかして、こうかな? 」
しばらくクネクネしていたと思ったら徐に立ち上がり、ゆっくりとだがクルクルと8の字、というか∞マークの様に腰を回し始めた。
…嘘でしょ?!
え、出来てるんじゃない?!
「ん〜…難しいね…これに足と肩も動かすって…凄いなぁ、全然出来る気がしないよ。」
いやいやいや!
充分スゴイから!
確かに動画と比べちゃったらまだまだなのだろうけれど、誰に教えてもらう訳でもなくここまで似た様な動きが出来るというのは驚くべき事なんだからね?!
「全然ぎこちないもの、全然だよぅ。」
そりゃあ、いきなりヌルヌル動かれたら習ってる人の面目丸潰れじゃん。ぎこちないのが普通なんだってば。
…
……
………あ。
思い出した。
っていうか忘れてた。
なづな!さっきのアレ!
アレ教えて!
「…アレ? アレって…どれ? 」
ほらアレだよアレ。
さっき なづながやっていた…こう、腕をぬるっと動かしていたじゃない? アレですよアレ。
「あぁ。なにかと思えば、これね。」
立ったままの なづなが、先程やっていたぬるっとした動きを、今度はステップを含めて全身でやって見せた。
そう、それそれ!
動きそのものはナチュラルターンという初歩のステップで、今迄も散々やっていたものだ。
なのに…なんだろう、滑らかというか…随分と違って見えるんだよね。まぁ普段はボクも一緒に踊っているので、あくまで印象の話なのだけれど。
「別に難しい事なんてしてないんだよ? せりだって普通に出来てた事だからね。」
出来てた?
ボクも?
「うん。今思えばなんだけどね。」
今思えばというのならば、随分前の話って事か…。習い始めたばかりの頃にあんな動きが出来たとは思えないから…いつ頃の話なんだろうか…? いや、それはこの際どうでもいい、どうしてそんな動きになるのかが知りたい!
「だから簡単なんだってば。分かり易く言えば緩急を付けているだけだよ。」
緩急…え? 緩急付けてたの?!
いや、確かに一本調子って感じでは無かったけれども…それだけ? えぇ…?
「付けてたよ〜。そうだなぁ…せりには『入り』と『抜き』を絶え間無く連続させてるって言った方が想像つきやすい? 」
んんん?!
「あ、停まってないんですね? 」
「お。凛蘭さん正解。」
停まっていない…緩急を付けて動き続ける…なんか当たり前の事を言われただけみたいな気がするんだけれど…。
「鋭く入って、ゆったりと進み鋭く抜く。これをずっとやっているだけ。で、大きく動くと滑らかな動きに見えるんだよ。こんな風にね。」
そう言ってさっきのナチュラルターンを2度ほどやって見せてくれた。
なるほど動きが連続しているな。でも…あのぬるっとした感じとは少し違わないか? 滑らかではあるんだけれど…粘度に差があるっていうか…腕だけでやった時はもっとこう、ヌメッとしていた様な…うぎぃ!上手く言葉に出来ない!語彙力の無さが恨めしい!
「それは密度の差だね。」
密度。
「同じ三拍で、全く同じ動きで、30cmの距離を動くのと60cm進むのじゃ見え方が違う、ってだけだよ。」
…ああ!
密度ってそういう事か!
なるほどなるほど!
じゃ、じゃあ停まっていないというのは…?
「“とめ”ないで“はね”や“はらい”からそのまま次の字に繋げる、って感じかな。草書体みたいな? 」
…そ…!それだぁ!!
草書体の字同士を更に繋げたみたいな感じ!そうか、そうか!あのぬるぬるした感じは、確かに、草書体で筆を滑らせている なづなを横で見ていた時の感覚に近いかもしれない!
なんか腑に落ちた気がする!
まぁ腑に落ちただけで、直ぐに出来るかって言われると…ちょっと自信ないけれど。
「せり なら直ぐ出来るって。ほら。」
そんな風に言って微笑みボクに向かって手を伸ばす なずな。
まさか…今直ぐにやって見せろ、と?
…くっ…!そんな信頼に満ちた慈母のような眼で見つめられたら『出来ない』などとは言えぬ…、言う訳にはいかぬ…!
ふぅ、とひとつ息を吐いて なづなの手を取って立ち上がり、背筋を伸ばしてホールドの構えを取る。
…どれ、ちょっと試してみましょうか。




