ほわいどんちゅーだんす②
「凛蘭さんおはよう!」
移動すること僅か100m。
ロータリーをグルっと回って駅の階段へと近付けば、西側の階段前に立っている凛蘭さんが見えた。
なるほど、ここと先程までボク達が居た場所だと、丁度死角になっていてお互いに目視出来ない場所だ。
うん、連絡手段があるって素晴らしいね。
「あ、なづなさん、せりさん。おはよう御座います。今日はよろしくお願いします。」
おはよー。
おぉ…凛蘭さんの私服姿初めて見た。
透け感のある黒ベースの小花柄膝上丈のワンピースに、ゆったりめのデニムのジャケットを羽織って足元は黒のソックスにダークグレーのスニーカー。
凛蘭さんは身長もあるし手足が長いから、覗く肌の色がとても映える。
ほうほう、これはカッコかわいいね。
うん、すごく似合っている。
こういうの、なんていうんだっけ? え〜と… なんか、ほら、団子のタレみたいな言い方が…甘ダレとか、辛味噌…? とか? あったよね?…なんだっけ?
…まぁいいか。
紗羅さんが『凛蘭さんはロリータ風のが好み』みたいな事言っていたから、もっとフリルの多いふわふわした服装をイメージしていたのだけれど…なるほど、普段から着ている訳ではないのか。
それに…考えてみればロリータ風の服では自転車に乗るの、きびしいよね。
「二人はお揃いの色違いなんですね。…かわいい…。」
ん?!
かわいいって言った?!
言ったよね?!
んっふっふ、でしょ〜?
なづな可愛いよねぇ〜似合ってるよねぇ〜。
インナーは黒地にラインの入ったコンプレッションウェア、ボトムスも七分丈のランニング、それにTシャツとショートパンツを重ね着してパーカーを羽織っている。
引き締まった体型のなづなは、こういうスポーティな格好もよく似合うのだ。
ちなみにボクもラインの色が違うくらいで、まぁ同じ様な格好をしているのだが…似合っているかどうかはわかんないな。
あ、でも髪型だけは似合ってると思うよ。
ポニーテールのアレンジなのだけれど、細い三つ編みや編み込みで結い上げてあるらしい。朝、なづなに髪を弄らせてって言われて、任せたらこんなんなった。正直、自分ではどうなっているのかわからないのだが…ママには好評だったので似合っていると判断しました。
「凛蘭さん、ここから少し走る事になるんだけど、大丈夫? 疲れてない? 」
「はい大丈夫ですよ。それに今日は、お母さんの自転車を借りてきたので、余裕です。」
お母さんの自転車だから余裕?
どういう事?
傍に停められている自転車を見ると、スカートでも乗れるであろう変形フレームは、随分とゴツくて如何にも頑丈そうだが、凄く重そうだし、タイヤも径が小さくて長く走るのには向いていなさそうだけれど…
「あ、なるほどね。これなら余裕だ。」
え、なんで…あ、あぁそういう事か。
凛蘭さんの身体の陰で見えていなかったけれど、サドルの下に黒い箱の様な物が付いている。これはあれだ、電動アシストってやつだ。
この辺の大人達は、ほんの僅かな距離でも必ずと言っていい程、移動の時は車を使う。買い物でも外食でも遊びに行くにしても、だ。自転車やバイクを使うのは、学生や若い人に限られると言っても過言ではない。そして若者が使う自転車と言えば、大抵がスポーツタイプ…ロードやクロスと言ったタイプで、女の子が通学に使うのだってシティサイクル…所謂ママチャリだろう。それゆえに電動アシスト自転車などというハイカラな物は、ほぼ目にしないと言ってもいい。
何しろボク、実際に使用されている電動アシスト自転車を見たのは初めてだから!
そりゃね、ホームセンターや自転車屋さんで見た事くらいはあるけれど、街中で見た事なんて一度もなかったんだもん。ボクの中では都市伝説レベルのアイテムだったんだよ。
…あとでちょっと乗せてもらおう。
「じゃあ、そろそろ行こうか。私が先導するから、ついてきてね。」
なづなが先頭、凛蘭さんを挟んで最後尾がボクという列になって実質10分程度のサイクリングに出発だ。
大通りを避けて住宅街の中を突っ切る様に走ったとはいえ、さすがは田舎の住宅街である。全くと言っていい程、車とすれ違いもしなかった。信号の無い道を選んでいるのもあってか、なんのストレスもなくスイスイと目的地へと向かって行く。
というか間もなく到着だ。
「はい、とうちゃ〜く。」
ん、着いてしまった。
「意外と近かったですね。」
まぁ自転車だしね。
凛蘭さん家から駅までの距離の3分の2あるかどうかってぐらいだもの、そんなものでしょう。
「まずは御自宅の方にご挨拶してからレッスン場に行こうか。」
ですね。
今回は突然のお願いだったにも関わらず練習に混ぜてくれたし、凛蘭さんを連れて来る事も快諾して貰えた。正式な生徒ではないのにだ。ありがたい限りである。
レッスン場の横に適当に自転車を停めて、隣接している先生の御自宅へ。
背の低い生垣に沿って歩けば、ほどなく門扉のない庭への入り口が見えて来る。
いやぁ…何度見ても凄い庭だ。
そして先生の家というのもまた凄くてさ、なんでも画家だった先生のお祖父様が建てた家らしいのだけれど、築70年を超える平屋の日本家屋なんだ。一度じっくり拝見したいものだ…。
ああ、そういえば、うちのパパが小学生の頃、先生のお祖父様がやっていた絵画教室に通っていたと言っていたから、ボク達は親子二代で此方のご家族にお世話になっている訳だ。
ちなみにこの家は、パパのお母さん…ボク達のお祖母様だね…の妹さんの旦那さんの実家でもある。
つまり、再従兄弟のお祖父様のお兄さんの息子さんご夫婦が、ボク達のダンスの先生なのだけれど…わかる? わかんないよね、ボクも言ってて混乱しそうだもの。
…あれ? これ、前にも同じ様な説明した気が…?
…まぁいいか…。
玄関の呼び鈴を押し、待つ事しばし。
奥の方から『はいはい!』と快活な声が返って来る。が、人は出て来ない。
あれ?
なづなと顔を見合わせて首を傾げ、もう一度呼び鈴を
「おや!なづなちゃんに せりちゃんじゃないか!いらっしゃい!」
うおぉぉ?!
びっくりしたぁ!?
突然庭の方から声をかけられて、すンごい驚いたよ!危なく玄関に突っ込むところだった!
「ああ!そういや今日来るって言っとったね!わざわざこっちに寄ってくれたんかね!」
庭の奥から近づいて来て、かっかっかっと笑うこの人は…先生のお母様で、先生のお師匠様でもある。齢90にもなろうかという年齢にも関わらず、ダンスの競技会にも参加している様なお元気なお婆ちゃまだ。
「ご無沙汰しております大叔母様。」
マナー的にはどうかと思うけれど、軽くカーテシーでご挨拶。
「そう畏まらんで、『ばあちゃん』でいいってよぅ。」
あ、はい。
…と、そう言われてもねぇ…これも昔から何度も言われている事だが、なかなか『おばあちゃん』とは…呼び難い、よなぁ…だって血縁者ではないんだし…いやまぁ、親しくさせてもらってはいるのだけれど。
それにさ、先生の師匠だもん、あまり馴れ馴れしいのはちょっと、ね。
「おーい、鈴代さんとこの嬢ちゃん方が来てるぞー、お~い。」
大叔母様が玄関から中に向かって呼びかけると、再び奥から『はいはーい』という声が返って来て、今度はパタパタという足音が近づいてくるのが分った。
「はいはい、お待たせしました…あら!なづなちゃん!せりちゃん!いらっしゃい!あれ? スタジオの方に旦那いたでしょう? あ、先にこっち来たの? 」
練習着の上にエプロンという出で立ちで現れたのは先生の奥さんだ。ふむ、どうやら奥で家事をしていらっしゃったらしい。急かしちゃって悪い事をしたかな?
因みにこの方もダンスの先生である。ていうか現役のプロダンサーなのだ。
ウチのパパよりも年上のはずだが、流石に現役ダンサーだけあって、とても若々しい。むしろ怖いレベルだ。
「はい、先に御挨拶に、と思いまして。」
なづなの言葉に合わせて、ママに持たされた少し厚めな菓子折りの包みを『母からです』と言って奥さん先生に手渡すと
「あぁ、ばっちりしごけって事ね。アリッサさんも鬼ねぇ。」
…などという、不穏な呟きが聞こえて来た…。
え…、何、どういう事?
A.M.09:10
微加筆致しました。




